25年後の未来へ

文字数 1,760文字

 次の日の午後、ぼくは約束どおり茶トラ先生の実験室へ行った。
 先生はめずらしく、ズボンにカッターシャツなどという、意外と普通の格好をして、「フーコー振り子」という不思議な振り子を使った実験をしていた。

 実験室には吹き抜けの部分があり、そこの高い天井から、細いワイヤーでボーリングのボールのようなものがつるしてあり、それがゆらゆらと揺れていた。

「この振り子で、地球の自転が分かるんだ。こう見えてもこれはとてもすごい振り子なんだぞ。で、これはわしが昨日の夜中に作ったものなんだ」
「へぇ~」

 それから茶トラ先生は、振り子の説明やら自慢話やらをしていたが、ぼくは妹のことが少しだけ心配だったので、こう言って先生の話を急停車させた。

「ええと、あいつ、ちゃんと医者になってくれるかな?」
「それなら大丈夫だ。あの娘ならきっとやるだろう」
「ほんとうかなあ。昨日はすこし勉強してから、そのあとはマンガ読んでたよ」
「まあ多少の息抜きも必要だろう。とにかくこつこつとやって、じっくりとピラミッドを積み上げることだ」
「『砂の城』にならなきゃいいけど…」
「心配するな。お前さんの妹だろう」
「そうだね。そりゃ、ぼくの妹だもん♪ ところでぼくら、これからどうするんだっけ?」
「もちろん未来へ行く。二十五年もすれば、亜里沙ちゃんは立派なお医者さんになっておるだろう」
「それじゃ、タイエイジマシンで二十五年後へ出発だね。でもそんなに遠い未来へ行くなんて、何だかわくわくするな」
「そうだな。わしもだ。ところでわしは今日、遠い未来へ行くにあたり、きちんとやるべきことをやってきたんだ」
「やるべきこと? それって?」
「わしは今日、公証人役場へ行ってきた」
「公証人役場? 何それ? で、何で?」
「公証人役場はいろんなことをする役所だが、大切なことの一つに『遺言を遺す』ということがある」
「遺言?」
「そうだ」
「じゃ、茶トラ先生、死んじゃうの?」
「人間はいつか必ず死ぬものだ」
「うん…」
「いやいや、今すぐわしが死ぬと言っておるのではない」
「そうだよね」
「それでだ。実はわしが死んだ後も、この家と土地を永久に他人には譲らんという遺言を遺したんだ」
「へぇー、でもどうして?」
「二十五年後、ここがマンションにでもなっておったら大変だ」
「マンションになってたら、どうなるの?」
「多分、この家は取り壊されて、しかもこのタイムエイジマシンは、わけの分からん作業員に、『何でこんなところに証明写真?』とか言われて粗大ゴミにでも出されるだろう。そしてそんな未来にわしらが行ったとしたら…」
「行ったとしたら?」
「どうなるか、わしには想像もつかん」
「そうか。ぼくら、粗大ごみの処分場に埋まってたりして…」
「そういうことにもなりかねん」
「それで、この家と土地を永久に他人に譲らないという遺言をした?」
「そういうことだ」

 それからぼくらはタイムエイジマシンで、二十五年後のある平日の午後へと出発することにした。
 茶トラ先生の話では、内科のお医者さんというのは、強いて言えば午後の方が時間に余裕があることが多いらしい。
 だからぼくらが行くのは、そういう時間帯がいいと言うのだ。

 それからぼくらはタイムエイジマシンに入った。
 茶トラ先生はデビルのお母さんが入院している病院から洗いざらい奪ってきた例の資料を持って(切除標本の入った、花見用のアイスボックスも!)マシンに入り、それからリモコンでいろいろと機械の操作をし、25年後と入力し、そしてマシンをスタートさせた。

 それから少しして、タイムエイジマシンが動き始めた。
 機械がブーンとうなり、鏡の両側にある青いランプが光り始めた。

 するとカーテンのすきまから、西日が動き始めるのが分かったけれど、それがどんどん速くなり、しばらくするとめまぐるしく昼と夜が変わり始め、そしてマシンの速度が上がると、昼と夜の区別も分からなくなり、そのうちに、マシンの中が寒くなったり、暖かくなったり、じめじめしたり、暑くなったりした。
 季節が変わっているのだろうとぼくは思った。
 そして、たくさんの季節、年月が過ぎ、しばらくするとマシンが止まった。


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