愛しのゆりちゃん

文字数 2,217文字

 それはぼくがゲシュタルト先生のところで空手を習い始め、しばらく過ぎた頃のこと。
 昼休みにとつぜんデビルが、少し深刻そうな顔で、ぼくのところへやってきた。
 それでぼくはデビルに声をかけた。

「どうしちゃったの? またお母さん、具合悪くなっちゃったの?」
「母ちゃんは、ばりばり元気さ」
「そりゃ良かった」
「じゃなくて、おれが元気ないんだ」
「そういえば給食、少し残してたよね。田中君が給食残すなんて考えられないよ」
「おれも考えられねえよ」
「ねえ、どこか具合でも悪いのか?」
「おれ…、苦しいんだ」
「え! 苦しい? 息が苦しいの? だけどタバコはもうやめたんだろう?」
「そうじゃない! おれ、切ないんだ!」
「切ない? そりゃまたどうして?」
「実は…、ゆりちゃんのことなんだ」
「ゆりちゃん? ぼくと一緒に空手習ってる、あのゆりちゃん?」

 ぼくが通っているゲシュタルト先生の空手道場に、ゆりちゃんという女の子が来ていて、可愛くて、とても空手が強くて、そしてぼくらとは同級生だった。

「そうだ。ゆりちゃんだ!」
「ゆりちゃんはちっとも切なそうじゃないよ。いつもばりばり元気いっぱいだよ。空手もばりばりだし」
「切なそうじゃない? 空手もばりばり? おまえどうしてそんなに鈍いんだ? ばりばり切ないのはゆりちゃんじゃなくて、おれだ!」
「田中君が切ないんじゃ、それじゃゆりちゃんはぜんぜん関係ないじゃんか!」
「あ~~~~~も~~~~~~~~~~! どうしておまえはそんなにおたんこなすなんだ! おれがゆりちゃんのことで切ないんだ! 分かったかこのイシアタマ!」
「だけど一体どうしてゆりちゃんのことで、田中君が切ないの?」
「おいおまえ! おれにそこまで言わせる気か?」
「わかったよわかったよわかったよ。あはは。つまりぃ…、田中君はゆりちゃんのこと、好きなんだね!!」
「おい、みんなに聞こえるじゃねぇか。そんなに大声出すな!」
「分かったよ分かったよ。だけどぼくに、一体どうしろっての? だったら自分で勝手に告白すれば?」
「そんなことこわくて出来ねえから、お前に相談してるんじゃねえか!」
「ぼくに相談? でもぼく、キューピット苦手なんだよな」
「おまえに相談するってことは、要するにあの先生に相談しろってことだ!」
「あの先生? ああ、じゃあ、茶トラ先生になにか機械でも作ってもらって、ゆりちゃんを田中君のこと好きにならせろとでも言うの? それとも茶トラ先生に惚れ薬でも作ってもらうのかい?」



「わしは科学者だ! 断じてキューピットなどではない! 惚れ薬を作るなども、まっぴら御免だ!」
 その日の放課後、ぼくはしぶしぶ、そしてデビルは期待に胸を膨らませ、さっそく茶トラ先生のところへと相談に出かけた。(もちろんダサいケイタイ風無線機で連絡…)

「だけど田中君がかわいそうだよ」
「そんなことより、最近わしはとても重大なことを発見したんだ」
「何? それもしかしてそれ、タイムエイジ惚れマシン?」
「馬鹿なことを言わん。そんなことより! あ~、タイムエイジマシンは空間に高エネルギーの電磁波を照射して空間のひずみを作り、それで時の流れを制御する。あ~、制御とはつまり、操ることだ。で、あ~、タイムマシン機能は空間の時の流れを、そしてエイジマシン機能はその人間の体内での、時の流れを制御するんだ」
「で、ゆりちゃんの体内の心はどう制御するの?」
「人の話は最後まで聞け! それにわしにはそのゆりちゃんとやらの心など、制御は出来ん!」
「はぁ」
「で、実は最近この地域で、地殻に強いひずみが生じているんだ」
「ひずみ?」
「そうだ。あ~、地殻のひずみとは、地面の奥深くに強いストレスがたまっているということだ。そして地殻のひずみは電磁波を発生する。実は最近、わしはタイムエイジマシンをオーバーホールしておったのだが、その際、空間のひずみによって発生する電磁波を検出出来るよう改造した」
「また魔改造?」
「えへん! するとマシンが何らかのひずみに起因する、異常な電磁波を検出したんだ」
「茶トラ先生、それってもしかして、ゆりちゃんに対するおれの切ない切ない心のひずみから出た電波じゃないんすか?」
「もう二人とも! 話の腰を折らん! で、その異常な電磁波を解析した結果、それはこの地域直下にある地殻の、強いひずみに起因するものであるということが判明したのだ」
「へぇー、で、茶トラ先生。地殻がひずむと、どうなるの?」
「だから近々、直下型の大地震が発生することが予測されるのだ」
「え~!」
「それはおそらくこの地域に、壊滅的な被害をもたらすであろう」
「で、ゆりちゃんはどうなるんだよ、先生。地震でやられちゃうのか? なあ、茶トラ先生!」
「ねえねえ田中君、ゆりちゃんのことはしばらく置いといてさあ。これはゆりちゃんだけじゃない、みんなの大問題だよ!」
「う~ん…」
「それで、ええと、ねえねえ茶トラ先生、その直下型大地震っていつ起こるの」
「いつ起こってもおかしくはない。しかしその時刻を正確に予測することは不可能だ」
「どうして不可能なの」
「地震とはそういうものなのだ。とにかく直前まで、正確な予測は出来んのだ」
「で、どうするの?」
「しかしその地震を回避する方法は、ないわけではない…」

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