デビルの相談事1

文字数 1,856文字

「だから母ちゃんは、どんどん食欲がなくなってきて、食べても全部はいちゃうし、それで、今は何だかミイラみたいにやせ細ってしまったんだ。もうほとんど飯も食えねえしよう。それに、みぞおちと背中が痛い痛いなんかも言ってるし…」

 ぼくは茶トラ先生の実験室へ田中君を連れて行き、紹介し、それから彼は、お母さんの病状を先生にくわしく話した。
 もちろん茶トラ先生は、例によって「頭脳透視装置」でも使っているかのように、デビルの話を根掘り葉掘り聞きまくった。

 いつ頃から食欲がなくなってきたのか。
 いつ頃から吐くようになったのか。
 いつ頃から痛くなったのか。
 どの辺が、どういう風に痛いのか。
 それはだんだん悪くなっているのか。などなど…

 そしてデビルからの根掘り葉掘り話を聞き出したのち、しばらく真剣な表情で考えこんで、それから茶トラ先生はこうつぶやいた。

「そいつは多分、末期の膵臓がんだな…」
「ねえ、茶トラ先生。どうしてそんなことが分かるの? で、どうしてそんなに医学に詳しいの? で、膵臓って? それに末期の膵臓がんって?」
「膵臓は胃の裏側で背骨の前にある小さな臓器だ。アミラーゼやペプシンという消化酵素なんかを出したり、インスリンというホルモンを出したりする臓器で、インスリンが出なくなると糖尿病になったりするし、もちろん膵臓にだってがんが出来ることもあるんだ。そして末期の膵臓がんとは、治療がとても難しい膵臓がんということだ」
「ねえねえ、どうしてそんなに医学に…」
「わしが医学に詳しいか?」
「うん!」
「そうか。わしはまだ、このことをお前さんには話していなかったな」
「何?」
「実は…わしは、物理学科に入学する前に、ある大学の医学部を卒業しておるんだ」
「え~、じゃ、茶トラ先生は本当はお医者さんなの?」
「わしはもともと、物理学に興味があった。しかし親の言うことを聞いて、いやいやながら医者になった」
「いやいやながら医者になった?」
「いや、まあそれは言いすぎだな。一時は医者にあこがれた時期もあった」
「で?」
「だが、わしが医者になってしばらくして、両親は死んでしもうたのだ。それでわしがこの屋敷を相続し、多少の遺産もあったので、食うのに困らんようになった」
「うらやましいぜ。おれもそんな生活、やってたいぇな!」
「いやいや、田中君。何か有意義なことをやってみたいという明確な志がなければ、遺産で生活するなどといっても、ギャンブルに手を出したり、はたまた贅沢三昧のあげく、結局は借金まみれになるのがおちだ」
「そうかなぁ」
「そうだ。多分そうなる。少なくともわしはそうなっておっただろう」
「え~、茶トラ先生が? 信じられない!」
「あ~、それでわしは、あらためて志を持とうとし、それでもともと憧れておった物理学を目指したんだ。もちろん、可能な限り質素な生活を心がけたつもりだ」
「うんうん。茶トラ先生の生活がとても質素だってことは、ぼくもよ~く知ってるよ。スーツを何度も何度も塗り替えて、いろいろ使ったしね」
「そうだ。わしは、無駄な金は一切買わん主義だ」
「へぇー、だけど初めて聞いたよ。茶トラ先生のそんな話」
「だが実はわしは、医学の知識はあっても、医者として働いた経験は、そう長くはない」
「だけどさぁ、イチロウの話だと先生は大先生で、だから母ちゃんの病気のこと分かるんだろう。だったらお願いだよ。なんとかしてくれよ!」
「末期の膵臓がんの治療か…」
「それってやっぱり難しい病気なの?」
「う~ん。それならばまずは調査をせねばなるまい…」
「また調査なの? で、調査なら今度は何色のスーツ?」
「わしが物理学会で着たスーツがある」
「例の茶トラスーツ? あれはだめだよ。派手で場違いだよ。それにあとは、紅白まんじゅうスーツだろう? で、茶トラスーツは塗りたくないわけだし、それじゃ、白い方のスーツをグレーにでも塗り替えるくらいがちょうどいいんじゃじゃないの?」
「お前さんはぺらぺらと言いたいこと言うなあ」
「だってそうじゃん!」
「わかったわかった。それもそうだな」
「おめーらいったい何の話しやってんだ?」

 それから例によって染めQで、無難なグレーのスーツが一着仕上がった。
 ただしそれを着るのはデビルだが…

「ところで、田中君の親父さんの歳はいくつだい?」
「父ちゃんは三十八だよ」
「よし。それじゃさっそくタイムエイジマシンに入ってもらおう」

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