デビルのいいがかり

文字数 1,565文字

 それで、どうしてぼくはそのとき「ノー」と言えなかったのかというと、あいつはぼくよりずっと体が大きいし、ケンカはとても強かったからだ。
 とにかくぼくは怖くて逆らえなかった。
 情けないけれど…

 ところがしばらくすると、どういうわけかあいつは、真っ赤な顔をして怒って帰ってきた。
 そしていきなり大声で、こんなバカげた事を言い始めたんだ。

「てめえよくもおれ様に、こんなふざけたイカサマ自転車を貸しやがったな。この先の歯医者のある角を曲がろうとしたら、前の車輪が犬のくそをふんづけてすべって豪快に転んだんだ。おかげで買ったばかりのリーバイスのジーンズがもろに破れた。しかも買ったばかりのナイキのスニーカーにも大穴が開いた。どうしてくれる! 弁償しろ! いいか、ええと、ジーンズが一万千五百円で、スニーカーが四千九百円で、合計で、ええと、ええと、ええと、あ~も~! おれは足し算大っきらいなんだ! だからとにかくもう、お金たくさんだ。いいか、これはみんなお前のせいだぞ! いいか、絶対に弁償してもらうからな!」

(だいたい勝手に人の自転車をハイジャックして勝手に乗り回したあげく、勝手にこけたくせに、むちゃくちゃなことを言う! そもそも犬のくそくらい、ちゃんと自分の細い目をばっちり見開いて、ちゃんと前を見て、ふまないように気をつけろっての!)

 ぼくは内心そう思ったけれど、怖かったのでそれについては何も触れず、とりあえずあいつが文句を言い終えて、思わず自転車から降りたそのすきに、ぼくは引きつった作り笑いをしながらも朗らかに、「冗談じゃないよ♪」とかいって、それからうやむやのうちに自転車を取り返し、そして自転車にまたがると、速攻で走って逃げた。

 もちろんあいつは真っ赤な顔で早速走って追いかけてきたけれど、やっぱり自転車の方がずっと速いし、それにあいつは太っているし、それでぼくが振り返ると、案の定すぐにくたびれたみたいで、あきらめててくてくと歩き始めていた。

 だけどあいつはとてもしつこいから、また出くわしたらきっと「弁償しろ」とか、ごちゃごちゃ因縁を付けてくるにちがいない。

 それでぼくは(どうしようどうしよう…)と思いながら、そのままずっと自転車で走って、とりあえず、遠くへ逃げることにした。

 それからしばらく走り、子供たちが遊んでいたお猿の公園前を通り過ぎ、そして草スキー公園近くの坂道にさしかかった。

 それでぼくは自転車のギアを坂道用の「1」に変えようとした。
 だけどどういうわけか、ギアが変わらなかった! 

 それで仕方がないのでぼくは重たいギアのまま、大汗をかいて、その坂道を上るはめになった。
 しかしそこで、さらに悪いことが起こってしまったんだ。

 何と、ギアが完全にイカれてしまった! 
 その上、いきなりチェーンも外れ、だからぼくの自転車はそこで完全に動かなくなった。

 ギアがイカれた原因はもちろん、デビルのやつがこけたことだ!
 そしてぼくは自転車はこわされるわ、しかも「ジーパンとスニーカー代を弁償しろ」とか、めちゃくちゃな因縁まで付けられるわ。

 もう、最悪!

 それで最悪はともかく、それにデビルのジーパンやスニーカーの件もさておいて、ともかくぼくの自転車は、その場所でカンペキに動かなくなっていた。
 だからぼくはそこで、呆然と立ち尽くす以外になかったんだ。

 そしてこれが、〈それはぼくの自転車が、茶トラ先生の家の前の坂道でカンペキに動かなくなり、ぼくがそこで立ち往生しているときだった〉という話につながるんだ。
 つまり、偶然にもそこが茶トラ先生の家の真ん前だったというわけだ。

 とにかくこれが、ぼくが茶トラ先生に出会ったきっかけだった。
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