主治医を探せ!

文字数 2,400文字

 それからぼくらはタイムエイジマシンに入り、6カ月前の雑然とした茶トラ先生の実験室へと戻った。

 ちなみにゆりちゃんの顔色は元どおりにばっちり良くなり、ぼくが見る限り、元のようにとても元気そうだった。(デビルから見ると、そうではないのだろうけれど…)
それからゆりちゃんが、紹介状なんかを茶トラ先生に手渡した。

 その、未来の自分からの紹介状を読んだ茶トラ先生もやっぱり愕然として、だけどそれからすごく冷静になり、そして茶トラ先生はなぜか、まずはゆりちゃんに、ここにあるタイムエイジマシンがどういうものなのか、ということから説明を始め、そしてそれからも延々と、その他のいろんなことの説明をした。

 つまりゆりちゃんがタイムエイジマシンで6カ月後の未来へ行き、6カ月後の「ゆりちゃん」になり、そしてそこで未来の茶トラ先生に、白血病と診断されたということも…

 だけど、6ヵ月後の未来の血液の状態を書いた紹介状なんかを持って、どこかの病院へ行ったとしても、おそらくそこの先生は「なんじゃこら!」とか「そんなバカなことがあってたまるか!」とか「SFじゃね~んだからさぁ」とか言って真に受けないだろうと、茶トラ先生は言い出した。

 どうせその先生はそれから採血して「問題ない」とか、「調子が悪くなったらまたおいで」とか無責任なことを言って、それでゆりちゃんは追い返されるに決まっているというのだ。

 だけどそれから少し考えた茶トラ先生は、「そうだそうだ、あの人だ!」といって、「メーデルハーデル先生」という、不思議な名前の人物のことを思い出した。

 その「メーデルハーデル」という変な名は、ゲシュタルト先生同様、茶トラ先生が気まぐれで思い付いたらしい。

 なんでも茶トラ先生とゲシュタルト先生が飲み屋で酒をのんでいたら、たまたまゲシュタルト先生の五十年来の親友だとかいうそのメーデルハーデル先生も来ていて、それで思い切り意気投合し、そして本当の名前はちゃんと聞いたらしいのだけど、茶トラ先生はそれを豪快に忘れてしまい、そしてそれ以来その人のことを「メーデルハーデル先生」と、茶トラ先生が勝手に呼んでいるらしかった。
 何でも、目が出て歯が出ているかららしかったけど、それはどうでもいい。

 で、そのメーデルハーデル先生は、とある大きな病院の血液内科の大先生らしく、そして血液内科とは、白血病なんかの患者さんの治療も専門でやっているところらしい。
 つまり願ってもないような人材だ。

 とにかくメーデルハーデル先生ならゲシュタルト先生のことも、茶トラ先生のことも良く知っているし、タイムエイジマシンのことを、
「そんな夢みたいなたわごとがあったたまるものるか!」なんて頭の固いことを言ったりもせず、そして「ゆりちゃんの6ヵ月後の未来の検査結果」のことも、
「そんなバカな話があってたまるか!」なんて、これまた頭が固いことも言わず、きっとそのことを真に受けて、しっかり診てくれるだろうと、茶トラ先生は考えたのだ。

 そういうわけで茶トラ先生はゆりちゃんの未来の病気のことを、そのメーデルハーデル先生宛の紹介状に書いた。

 そして茶トラ先生は、ゆりちゃんとご両親を実験室へ呼び、しっかりと状況の説明をした。
 ただし、未来のどうたらこうたらは、信じてもらえなさそうだったから、そのことは御両親にはうまく言いつくろい、ただ「知り合いの医者から預かった」と言って、メーデルハーデル先生宛の紹介状を渡し、そしてゆりちゃんはメーデルハーデル先生のいる病院へ行くことになった。

 それからゆりちゃんはメーデルハーデル先生の病院に入院し学校を休み、それからしばらくしたある日の昼休み、ぼくはデビルにゆりちゃんの状況を話した。

「結局田中君のカンは的中だったんだよね」
「う~ん…、だけどおれ、そんなカン、持ってるのがうらめしいよ」
「どうして? 田中君の勘のおかげでゆりちゃん、ずいぶん早く病気を発見できたし、この病気の治療は、早ければ早いほどいいって、茶トラ先生も言っていたよ」
「そうじゃなくて、おれにはそんなカンなんかが無くって、そしてゆりちゃんは病気にならなけらばよかったんだよな…」
「そうかなぁ。だけどたしかにそうだよね。病気になんかならなければ一番だったよね」
「そうだ! なあイチロウ、タイムエイジマシンでずっと過去へ、たとえば何年も前へ行ってさあ、そこからゆりちゃんを…、つまりゆりちゃんが病気になるずっとずっと前から治療するってのはどうなんだ?」
「たしかにそれはグッドアイディアだけど…」
「だろう?」
「だけどそれは多分だめなんだ」
「どうしてだめなんだ?」
「実は、過去は変えられないからんだ。それはね、実は茶トラ先生が一度自分でそんな実験したらしいんだ。タイムエイジマシンで三日前へ戻って、それからベッドでぐーぐー寝ている自分をバットで殴り殺したんだって」
「そんなことをやったのか?」
「冗談だよ」
「おどかすなよ」
「で、本当は殴り殺そうとしただけなんだ」
「で?」
「だけど出来なかったってさ。とにかく過去を変えてしまうと、そこから先の、すでに決まっている『歴史』を変えることになってしまうから、不可能なんだってさ。だけど未来なら変えられる。決まってないから。わかる?」
「ややこしい!」
「まあいいよ。だけどそんな過去へ行かなくたって、きっとそのメーデルハーデル先生が最善をつくしてくれるはずだから…」

 実際、メーデルハーデル先生は最善をつくしてくれたみたいだった。
 だけど急性骨髄性白血病という病気はとても手ごわい病気だ。

 だから、何だかぼくがタイムエイジマシンで1年後の未来へ行ったときに見た、あの、病院のICUに入っていたゆりちゃんの状況になりはしないかって、ぼくも不安でいっぱいだったし、デビルも心配で心配で、夜も眠れないみたいで、授業中にぐーぐー寝ていた。
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