失われた時を取り戻すために

文字数 3,051文字

 ある日、ぼくは茶トラ先生の実験室で茶トラ先生と、だらだらとだべっていた。すると突然、コンコンとドアのノックの音がした。だいたい茶トラ先生の実験室は基本的に(テロリスト以外は)出入り自由だから、誰もドアをノックしない。まあ、テロリストもノックしないだろうけれど。
 で、珍しいこともあるもんだと思いながら、茶トラ先生が「どうせ何かの物売りだろう」とかいう言葉を背中に聞きながら、ぼくはドアのところへ行き、少しドアを開け、おそるおそる隙間から外を見たら茶トラ先生みたいな人と、その後ろに立派なお爺ちゃんとお婆ちゃんが立っていた。
 ぼくは最初、茶トラ先生みたいな人は、茶トラ先生のドッペルゲンガーかなとも思ったけれど、それだったらタイムエイジマシンで未来からやってくるだろうから、マシンのカーテンを開けて出てくる。ドアコンコンなんてあり得ない。それでぼくはその人にこう言った。
「あのぉ~、どなたですかぁ?」
「こんにちは。あ~、私は茶トラ先生にアタゴ先生と呼ばれている、え~、茶トラ先生並みに風変わりな者ですが、あ~、茶トラ先生はおられますかな?」
「あ、はい。ええと、ねえねえ茶トラ先生。茶トラ先生がアタゴ先生って呼んでいる、茶トラ先生並みに風変わりな人が来てるけど」
「おおそうかそうか。アタゴ先生か。じゃ、お通しして」
 それでそのアタゴ先生という人と、それからお爺ちゃんお婆ちゃんも一緒に実験室に入ってきた。それから茶トラ先生はタイムエイジマシンの横に立ち、アタゴ先生を出迎えた。
「おぉ、これはこれはアタゴ先生、お久しぶり。ところで、あ~、先生の開発されたタイム人力車の調子はどうですかな?」
「え? このおじさん、タイムなんとかかんとかなんて作ってるの? すごいじゃん。だから茶トラ先生のお友達なのんだね?」
「そうだ。アタゴ先生はタイム人力車という古風なタイムマシンを作っておられる。しかもそれは凄まじいもので、わしの開発したタイムエイジマシンでは事実上困難な過去へのタイムトリップも可能なんだ」
「え~! すごいじゃん! だったらきっとアタゴ先生は、ここにおられるお爺ちゃんお婆ちゃんを若返らせたくてここへ来たんだよ。そうでしょう、茶トラ…、じゃなかった、アタゴ先生?」
「あ~、君は茶トラ先生のお弟子さんかい? それにしても君は、凄まじく頭の回転が早いなあ」
「だからええと、つまりこういうことでしょ。ええと、ここにおられる立派なお爺ちゃんお婆ちゃんをエイジマシンで若くする。そしてアタゴ先生のタイム…、ええと…」
「タイム人力車だよ」
「そうそう。だからアタゴ先生の作られたタイム人力車で、若返ったお二人を過去へ連れて行くんだ!」

 それからアタゴ先生と、茶トラ先生とぼくと、そしてお爺ちゃんお婆ちゃんは実験室でしばらくいろんな話をし、そしてタイムエイジマシンへ入って若くなるんだけど、どうして若くなって、それから過去へ戻りたかったかについては、お二人が詳しく話をしてくれた。
 実は何と、その方は冤罪で何十年も苦しんでおられたのんだ!
 それがどんな罪で、どういう経緯で何十年も服役することになったか。どういう経緯で無罪を勝ち取り釈放されたか。そのこといついて述べておられたけれど、ぼくはそれを言うつもりは毛頭ない。個人情報だし、述べたところでどうにもならない。すべて済んだことだ。だからどうにもならない。
 いや、でも最小限のこと、つまり簡単に言うと、何度も再審がなされ、その戦いの中で奥さんと知り合い、獄中結婚され、やがて無罪を勝ち取り、晴れて自由の身になったらしいんだ。
 実はその方は、二十代でその事件に巻き込まれ、そして誤認逮捕され…
 いやいや、それはもういいんだ。そんなことより、その方が望んでおられたのは、もしも叶うなら…、の話であるけれど、それは「失われた時」を取り戻したいということらしいんだ。二十代から初老までの、その長い長い大切な数十年間を。
 だけどそれを取り戻すには、タイムマシンでもなければ…
 でもタイムマシンならアタゴ先生もすでに発明しておられた。それが聞くところによるタイム人力車だ!
 そのタイム人力車は、とある偉大な音楽家を現代へ連れてくるために蒸気自動車風にしたり、仲間と過去へキャンプに行くためにタイムキャンピングカー風にしたり、はたまた「動く家」にして火星へ行ったりしたけれど、結局またオリジナルのタイム人力車の仕様に戻していた。それはアタゴ先生の気まぐれだったらしいのだけど。それと、アタゴ先生のタイム人力車には「どこへでも行ける」というすごい機能も備わっていたらしい。
 それで、ともかくそのタイム人力車で、お二人の失われた時を取り戻すためには、そのタイム人力車で彼らが希望される過去へ送り届ければいい!

「だけど過去へ戻していただくだけでは、私の望みは叶わないのです。たとえ先生が開発なさったというタイム人力車で、私の若い時代へ帰ることが出来たとしても、私はもうこんな歳ですし、あと何年生きられるかも分かりません。私は二十歳代で誤認逮捕され、二十代、三十代、四十代、五十代そして…、それもう私の人生の大部分は刑務所の中だったのです。だから私が二十歳代の、あの若かった時代へ帰ったとしても、私自身がこの歳ではもはや…」

 その方はそんなことを言われた。ぼくはなるほどと思った。いやいや、それは当たり前だ。
 それは失われた時…
 だからそれをどうやって取り戻せるのか。
 だからそのためには、その方々を二十歳代の時代に、その二十歳代の姿で送り届けてあげる必要がある。
 そして二十歳代の姿は、エイジマシンで実現できるけれど、過去へ戻るということについては、茶トラ先生の作品であるタイムエイジマシンだと、戻った時代でお二人がシカトされてしまうという難点がある。
「ねえねえアタゴ先生。先生の作ったタイム人力車で過去へ言ってもシカトされないんでしょ。だって過去へ戻るためのタイムマシンでしょ。そのために人力車の姿に仕上げているんでしょう?」
「あ~、イチロウ君といったね。君は賢いね。そうだよ。そもそもタイム人力車は、私が過去へ行って、過去の人を連れ戻すために作ったんだ。それで、私のタイム人力車で過去へ行っても、そこの人と普通に会話ができるんだ。だからその点では、茶トラ先生のタイムエイジマシンは豪快に欠陥品じゃないかな」
「何を言いますか、アタゴ先生! わしの作ったタイムエイジマシンは、ちゃんと未来へは行けるし、何と言っても年齢を変えられるのだから、そんじょそこらのタイムマシンとはわけが違うわい!」
「そんじょそこらとはこれまたご挨拶ですな。それでも私のタイム人力車では、あ~、どこでも…」
「あぁぁぁ~もう!ケンカはやめなよふたりともいい歳こいて! とにかく!茶トラ先生のタイムエイジマシンで若返って、それからアタゴ先生のタイム人力車で過去へ戻ればいいだけじゃん!」

 とにかくそういうわけで、ぼくが茶トラ先生とアタゴ先生の論争、というか大人げないケンカをぶっ壊して、それから、立派なお爺ちゃんお婆ちゃんはタイムエイジマシンで見違えるような「若い二人」になって、そしてぼくらにお礼を言ってから、とても嬉しそうに帰っていったんだ。
 これからアタゴ先生のタイム人力車で、お二人が望まれる過去…、つまり彼らが青春時代を過ごした時代へ行き、そして失われた時を取り戻すんだね。

 失われた時を取り戻すために 完
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