第27話 美術館

文字数 1,214文字

 その小さな美術館は、住宅街の路地を入ったところに、ひっそりと建っていた。
「こんなところに美術館があるなんて、ちょっとわからないね」
 有希の言葉に、生野は、どこか得意げに言う。
「だろ?」
「前にも来たことあるの?」
「あぁ。今日で三回目かな」
「そんなに」
 どうりで、わかりにくい場所にあるのに、少しの迷いもなく歩いて来られたわけだ。
 
 入り口に、「夭折の画家・香堂黎展」とある。
「こうどう、れい?」
「あぁ」
 夭折というからには、もう亡くなっているのだろう。入場料を払って中に入ると、ほかに客はなく、細長い部屋の壁に、たくさんの絵が展示されている。
 それらはすべて、繊細なタッチで描かれた、油彩の人物画だった。
 
 背の高い生野の後ろに続いて、絵の前を進む。生野が静かな声で話す。
「何年か前に、初めてネットで見つけて、この人の絵が大好きになったんだ。三十代で亡くなっていて、絵の数はそれほど多くないけど、ここで、定期的に個展が開催されるたびに見に来てる」
「へぇ……」
 描かれている人物は、どれも愁いを帯びた表情をして、どこか儚げでありながら、何か心に訴えかけて来るものがある。
 
 先を進む生野が、一枚の絵を指して言った。
「これ、見てくれよ」
 生野が脇によけたので、有希は、正面に立って絵を見つめる。それは、白い壁の前で椅子に座り、こちらを見つめている少年の絵だ。
「俺が一番好きな絵。初めてネットで見たのもこれなんだ。ちょっとお前に似てないか?」
「えっ?」
 思わず横を見ると、生野は、じっと絵の少年を見つめている。
 
「クラス替えがあって、お前を見たとき、誰かに似てるなって思ったんだよ。いつも目で追っているうちに、お前のこと、なんか面白いやつだなって思うようになって、しばらくしてから、この絵に似てるんだって気づいたときには、もう、好きになってた」
 正直なところ、有希には、自分と絵の少年が似ているのかどうか、よくわからない。だが、生野にとっては、二人はよく似ていて、惹きつけられるものがあるということなのだろうか。 
 生野が、有希を見て微笑んだ。
「お前と一緒に見に来られてよかった」


 すべての絵を見終わった後、生野は、香堂黎の絵の絵葉書を何枚か買い、美術館の外に出た。駅に向かって歩きながら、生野が言った。
「これ、俺からのプレゼント」
「え?」
「俺は画集を持ってるから。いらなかったら、後で捨ててくれ」
「捨てないよ! 捨てるわけないだろ」
「そうか? ならいいけど。はい」
 生野が、絵葉書が入った袋を差し出したので、有希は、反射的に受け取った。
「ありがとう。大切にするよ」
「あぁ」

 有希が絵葉書をしまうのを待って、生野が言った。
「駅の向こうに、雰囲気のいいカフェがあるんだ。そこで食事にしようぜ。
 それからその後、川沿いの遊歩道を散歩しよう」
 有希は茶化す。
「やけにロマンチックだね」
 生野が、ぽつりと言った。
「最初で最後のデートだからな」
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