第94話 プロポーズ

文字数 736文字

「そうだね。結婚だね。伸くん、結婚しよう!」
 有希は、うれしくなって伸にしがみついた。正直なところ、そこまで深く考えてはいなかったのだが、一生一緒にいたいと思っていることは間違いないから、それはやはり、男女で言うところの結婚ということになるのだろう。
「でも、失敗しちゃったな」
「え?」
 有希のつぶやきに、伸が聞き返した。有希は言う。
「だって、そういうプロポーズみたいなことはさ、伸くんから言ってほしかったのに、うっかり自分で言っちゃった」

 それから、ふと思い出して言う。
「そう言えばさ、僕が記憶を失くした後で、もう一度付き合うことになったとき、伸くん僕に『四の五の言わず、一生、俺のそばにいろ』って言ったんだよ」
「えっ、そんなことを?」
 伸は、ぎょっとしたような顔をしている。
「そうだよ」
 本当は有希が、一言一句そのように言わせたのだが。
「考えてみたら、あれってプロポーズだよね」
「あ、あぁ」

 伸から手を離して、有希はあお向けになる。
「なぁんだ。伸くん、ちゃんとプロポーズしてくれてたんだ。もちろん僕は、『はい』って言ったよ。『一生、僕をそばに置いてください』って」
「そうなのか……」
 呆然としている伸に向かって、有希はさらに言う。
「このベッドで愛し合った後で、そう言ったんだよ。それで、その後、もう一度したんだ」

 あんなに素敵な思い出を、伸が覚えていないのは寂しいが、自分が覚えていればいい。絶対に、一生忘れない。
 そして、何度でも伸に話して聞かせるのだ。ただし、自分が言わせたことだけは内緒にして。
 あのときのことを思い返しているうちに、早くも体の奥が妖しく疼き始めた。さっきは数時間後などと思っていたのだが。
「ねぇ。伸くん」
「……うん?」
「また、したくなっちゃった」
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