第15話 更衣室

文字数 1,258文字

 どうしよう……。有希は更衣室で、もう何度も見た制服のブレザーやズボンのポケットを調べ、ロッカーの中をかき回す。
 火曜日の体育の授業が終わった後で、有希は、まだジャージを着たままだ。伸からもらった大切なチェーンを、体操着に着替える前に外し、確かにロッカーにしまったはずなのに、授業が終わって、再び着けようとしたところ、どこにも見当たらないのだ。
 伸に校則違反になるのではないかと言われたのに、どうしても外したくなくて、シャツの下に着けていたものを、さっき初めて外したのだが。
 
「どうかしたのか?」
 青くなってうろうろしていると、すでに制服に着替えた生野に声をかけられた。生野に話しかけられるのは、いつかの朝以来だ。
「それが、大事なものを失くしちゃって……」
「財布? それともスマホか?」
「違う。プラチナのチェーンだよ。ロッカーに入れたはずなのに」
「なんでそんなもの……」
 そう言いながらも、一緒になって、ロッカーとロッカーの隙間や、ごみ箱の中を探してくれる。
 
 いつの間にか、更衣室の中には誰もいなくなり、やがて、次の授業開始を告げるチャイムが鳴り始めた。有希は、生野に言う。
「ごめん。教室に戻っていいよ」
 だが生野は、あちこちに目を向けながら言った。
「俺も探すよ。大事なものなんだろ?」
「でも……」
 生野が、有希を見て、にやりと笑った。
「次、俺の嫌いな化学だし」

「ごめん……」
 自分は、彼に対して、ずいぶん冷たい態度を取ったのに。
「いいって。きっとどこかにあるはずだから、早いとこ見つけようぜ」
 ロッカーは暗証番号をを設定してロックすることが出来るようになっているので、誰かが抜き取ったということは考えられない。
 自分が、うっかりどこかに落としたのだろうか。あんな大切なものを失くすなんて、自分は、なんと馬鹿なのだろう……。
 
 ロッカーの中にきちんと入れたとばかり思っていたので、これ以上どこを探せばいいのかわからない。情けなさと絶望で、涙がこみ上げる。
 鼻をすすりながら、こぼれた涙をぬぐったとき、生野が突然、大声を上げた。
「あぁっ!」
 驚いて目を向けると、彼は、有希の足元を見ている。
「ちょっと、そこどいてみろ」
「え?」
「いいから、ちょっと」

 訳がわからないまま脇によけると、生野が、ロッカーの前に置かれているスノコの一端を持ち上げて立てた。そして、スノコの向こう側に屈んだかと思うと、すぐに立ち上がって、有希に向かって手を差し出した。
「ほら」
 指でチェーンをつまんでいる。
「あ……」
「スノコの隙間から落ちたんだよ。だけどお前、そんなに大事なものを落として、なんで気づかねぇの?」

 そう言いながらも、差し出した有希の手のひらにチェーンを載せてくれる。
「ホント、間抜けだよね」
 ほっとして、再び涙が溢れ、有希は何度も目元をぬぐう。
「ありがとう。なんてお礼を言っていいか……」
「お礼なんて別にいいけど、ちょっと聞いてもいいか?」
 有希の顔を見ながら、生野はにやにやしている。なんとなく、嫌な予感がする。
「……何?」
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