第26話 お願い

文字数 680文字

 なぜ急に学校に来なくなったのか聞きたかったが、生野が何も言わないので、もりもりピザトーストを食べる彼を見ながら、有希は、コーヒーフロートのアイスをちびちびと掬って舐めた。
 あらかた食べ終わった頃、ようやく生野が切り出した。
「俺、学校をやめることになった」
「えっ、どうして!?
 ふぅと息を吐いてから、彼は話し出す。
「親の会社が倒産したんだよ。それで、引っ越すことになって」

 有希は、スプーンを受け皿に置いて言った。
「引っ越すって、遠くなの?」
「それは、まだわからない。もしかすると、愛知の親戚のところに行くかもしれない」
「そんな……」
 思わずつぶやいた有希を見て、生野がにやりとした。
「あれ、俺との別れを惜しんでくれてる?」
「それは、まぁ……」
 突然のことに驚いたし、親の会社が倒産したというのは心配だ。別に仲たがいをしたわけではないし、遠くに引っ越すかもしれないというのならば、なおさら。
 
「今のお前の言葉だけでも、けっこう満足だけど、ちょっとお願いしたいことがあってさ」
「何?」
「あのさ。ちょっと照れくさいんだけど、引っ越す前に一度、一緒に出かけないか? 思い出作りっていうか……」
 有希は、うつむいて、きまり悪そうに人差し指で頬を掻いている生野の顔を見つめる。
「いいよ」
 有希の言葉に、生野が顔を上げた。
「やった」


 生野は、行きたい美術館があるのだと言った。今、好きな画家の個展が開催されているのだと。
 絵画鑑賞の趣味があるとは、少し意外だったが、考えてみれば、生野のことは何も知らないのだ。次の土曜日に行く約束をし、そのときのために連絡先も交換した。
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