第52話 時期

文字数 1,027文字

 大きな手提げを持って入って来たのは、伸の母だった。後からついて来た伸は、呆然として言葉も出ない様子だ。
 伸の母は、食卓で、食べかけの寿司を前に座っている有希を見てぽかんとしている。
「……あら。西原くん……」
「あっ。こんにちは……」
「近くまで来る用事があったから、ついでにお惣菜を……」
 そう言いながら伸の母は、不審そうに二人を見比べる。伸と有希は、お揃いのセットアップを着ている。
 
「あっ、僕も、近くまで来て……」
 近くまで来たからと言って、お揃いの部屋着でくつろいでいるのは明らかにおかしいが、なんとかごまかさなければと有希は必死だ。
「お店の残り物だけど、伸、まだ肩が……」
 伸の母も動揺しているようで、どこか言動がおかしい。そこで、ようやく伸が口を開いた。
「お母さん。僕たちは、その、親しくしているんだ」
「……そうなの」

 そう言ってから伸の母は、手に持っていた手提げを、伸に向かって突き出した。
「まだ料理をしたり、買い物に行ったりするのは大変だろうと思って、適当に見つくろって持って来たのよ」
「あぁ。ありがとう」
 伸が手提げを受け取る。
「じゃあ、お母さん、もう行くわ。用事の途中だから」
 それから伸の母は、有希のほうを向いて、硬い笑顔を見せて行った。
「ごゆっくりね」
「はぁ……」


「伸くん」
 伸の母が出て行ったドアを向いたまま立ち尽くしていた伸は、有希の声に、ようやく振り向いた。まだ呆然とした表情で戻って来ると、ゆっくりと椅子に腰かける。
 有希は、不安になって、再び呼びかける。
「伸くん……?」
「あぁ。大丈夫だよ。いや、びっくりした……」
「僕も」
 まさか、伸の母がいきなり訪ねて来るとは思わなかった。だが、十分予想出来ることではあったのだ。
 ただ、二人とも、それを失念していただけで。
 
 伸が、虚空を見つめたまま言った。
「やっぱり、話をしないとな」
「……え?」
 伸が、有希の顔に視線を移す。
「俺たちのこと、母に話すよ。もう、そういう時期に来ているんだ」
「時期?」
「俺たち、ずいぶん長い付き合いになるし、俺は、これからもずっとユウと一緒にいたい。今話をしなくても、いずれまた、こういうことは起こるだろうし、母だって、俺たちがただの友達じゃないことは察したはずだ」

 有希は、真剣な表情の伸を見つめ返す。
「いいの?」
 伸が微笑む。
「いいに決まってるだろ」
「伸くん……」
 不意にまた、涙がこみ上げ、有希は、そんな自分に呆れる。伸の気持ちが、とてもうれしい。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み