第96話 包容力

文字数 785文字

 それから伸は、思いがけないことを言った。
「ユウは、お母さんによく似ているね」
「えっ、顔が?」
 伸が笑う。
「顔もだけど、性格っていうか、観察眼があって、包容力があるところ」
「包容力?」
 今の今まで、泣き虫で気ままな自分に、包容力があるなどとは考えたこともなかった。
「そうだよ。ユウはいつも、父親みたいな年の俺のことを優しく包み込んで安心させてくれる」

「そうかな……」
 いつも、めそめそして甘えて、包み込んでもらっているのは自分のほうだと思うが。
「そうだよ。今だって、こうして」
 そして伸は、さらに思いがけないことを言った。
「ユウには、そういうところを活かした仕事が合っているかもしれないね」
「へぇ……」
 それは、どんな仕事だろう。クラスメイトの中には、明確に将来のビジョンを描いて、それに向けて準備している者もいたが、自分には、これと言ってやりたい仕事もないし、働いている自分の姿など想像出来ない。
 大学で勉強しているうちに、何か見えて来るものがあるだろうか……。だが、以前、伸も言ってくれたように、それについては、これからゆっくり考えることにしよう。
 
 有希は体をずらして、伸の顔を見る。
「伸くん」
「うん?」
 見つめ返す伸は、本当に素敵でセクシーだと思う。
「僕のことも癒して」
「ユウも疲れてるの?」
「疲れてないよ。でも……」
 伸が心配そうな顔をする。
「何かあった?」
「うぅん。何もないよ。ただ……」

 有希はうつむき、ため息をついてから言う。
「僕の体が、伸くんを欲しがって、癒してほしいって言ってる」
「あ……」
「ねぇ。僕の体が、今どんなふうになっているか知りたい?」
 顔を上げると、伸の熱を帯びた手のひらが頬に触れた。
「あぁ。ぜひ」
 有希は、伸の手を取って、自分の胸に持って行く。
「じゃあ、服を脱がせて」
 伸が、有希の目を見つめたまま、シャツのボタンに指をかける。(終)
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