第2話 生野

文字数 1,160文字

 昨夜の伸との行為を思い返し、にやにやしていると、突然、屋上に上って来る階段へ続くドアが開いた。有希は表情を引き締め、あわてて立ち上がる。
 ドアの向こうから現れたのは、同じクラスの生野公太だ。大学までエスカレーター式で、裕福な家庭の子息が多く、のんびりした校風の中で、彼は押しが強く、成績優秀で、クラス委員長も務めている、ある意味異色のキャラクターだ。
 
 その生野が、真っ直ぐこちらに歩いて来る。ほかに人はいないので、有希に向かって来ているのだろうが、何か委員長に注意されるようなことをしただろうかと、少し不安になる。
 長身で眼鏡をかけた、一見無表情な生野が近づいて来ると、妙な威圧感がある。
「おぅ」
 生野が、こちらに向かって軽く手を上げた。やはり、有希に用があるらしい。
「何か用?」
 見上げる有希を見て、生野がにやりと意味ありげに笑った。
 
「……え?」
 生野は、まだにやにやしながら言う。
「お前今、エロいこと考えてただろ」
「なっ……」
 内心ぎょっとする。なぜわかったのだ。だが、有希は反論する。
「何を馬鹿な。そんなわけないだろ」
「そうか? 今、めっちゃエロい顔してたぞ」
 そう言いながら生野は、有希と並んでフェンスにもたれかかった。
 
「エロい顔なんてしてないよ」
 ムキになる有希に、生野はふふっと笑う。そのまま何も言わないので、有希はもう一度聞いた。
「何か用?」
 生野は、笑いをたたえた表情のまま有希を見下ろす。
「いや、別に。さっき階段を上がって行くのが見えたから」
 見えたからって、なんで用もないのについて来るのだ。訝しむ有希に、生野が言った。
「お前って、変わってるよな」

 ますます意味がわからない。いったい、自分のどこが変わっているというのか。
 黙ったまま見上げていると、生野が言った。
「人との距離感っていうか。みんなとしゃべってたと思ったら、いきなりふらりと一人で屋上に来たり」
 そう言いながら、足元の床を指す。
「変わってるかな」
 自分は小さい頃から、ずっと普通にそうしているのだが。
「変わってるよ。普通は、みんな一人になるのを嫌って群れたがるだろ」

「そうかもしれないけど……」
 そこで、ふと気づく。
「そういう生野こそ、一人でこんなところに来てるじゃん」
 生野が、声を上げて笑った。
「そう言やそうだな」
 さもおかしそうに、いつまでも肩を揺すって笑っている。
 
 何がそんなにおかしいのだ。せっかく、伸のことを考えて幸せな気分に浸っていたのに、突然やって来て、人の邪魔をして……。
 そう思って横目で生野をにらんでいると、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り出した。
「やべぇ、行こうぜ。次、化学だっけ? 昼休みの後に化学とか、だるいよな」
 しゃべりながら生野は、先に立って、速足でドアへと向かう。有希も、急いで後に続く。
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