第60話 傲慢

文字数 787文字

 伸の話によれば、伸の母は、カフェの営業中に倒れたのだという。意識はあったようだが、店に居合わせた常連客でもある近所の人が、心配して病院に連れて行ったところ、大事を取って入院することになったのだと。
「その人が、レストランに電話をくれてね。母に俺の番号を聞こうとしたら、知らせなくていいって言って、教えてくれなかったからって」
 きっと伸に心配をかけたくなかったのだろう。
「それで、お母さんの具合は?」

「ただの過労だけど、血圧が高いって」
 それから、声のトーンが落ちた。
「ストレスのせいもあるかもしれないって言われた。やっぱり俺のせいかな……」
 つまり、カミングアウトしたことか。有希は言う。
「そんな。それを言うなら、僕のせいでもあるよ。考えてみたら、いきなりいろんなことを言い過ぎて、お母さんをびっくりさせちゃって、よくなかったかもしれない」

 伸の母に説明するつもりが、心ならずも最後は、彼女の前で、伸とお互いに対する気持ちを語り合うことになってしまった。息子がゲイだと知っただけでも十分にショックなところを、あれでは刺激が強すぎたのではないか。
 伸が、しょんぼりした声で言った。
「それは、俺も同じだよ」
「伸くん、ごめん」
「ユウのせいじゃないよ」

 どれだけ伸のことを愛しているかを話せば、きっとわかってもらえるなどと思っていた自分は、なんと傲慢だったのかと思う。ただ自分の気持ちを押しつけているだけで、それによって相手がどう思うかなど、まったく考えていなかった。
 目の前で、自分の息子が同性の恋人と睦言を交わすのを聞いてうれしい母親など、どこにいるというのだ。そんなことにも考えが及ばない自分は、本当に馬鹿だった。
 有希が一緒に話をすると言ったことを、伸が喜んでくれたので、有頂天になっていたのだ。そのせいで、伸の母だけでなく、伸にも悲しい思いをさせてることになってしまった。
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