第20話 告白

文字数 1,359文字

 有希は気が気ではないのに、生野は時間をかけて、もぐもぐと咀嚼し、コーラをごくごくと飲んでから、やっと言った。
「うまいぞ。食べないのか?」
「だから……!」
 じれる有希に、生野が説明する。
「テイクアウトするって言って、出来上がるまでカウンターで待ってただけだよ。そしたら、出来たハンバーガーとポテトを持って来てくれた。
 後のことはウェイトレスにまかせて、すぐに引っ込んじゃったけど、短い間にばっちり見て来たぜ」
 
 それを聞いて、少しほっとする。ハンバーガーの包みを開けると、食欲をそそる香りがして、ようやく一口かじる。揚げたてのフライドチキンが、とてもおいしい。
 あっという間にハンバーガーを平らげた生野が、ぽつりと言った。
「これでも俺、落ち込んでるんだぜ」
 思わず横を見ると、少しうつむいた生野は笑っていない。眼鏡の奥の目は、意外にまつ毛が長い。
「もうバレてるかもしれないけど、俺、お前のことが好きなんだよ」
「え……」

 不意に生野がこちらを見て、目が合った。彼らしくない弱々しい笑顔で言う。
「なんて言われても困るよな。彼氏がいるんだし。いろいろ無神経なことして、悪かったな」
「そんなことは……」
 迷惑だと思ったことは確かだが、思う人に思われない寂しさは、有希も十分に知っている。
 
 生野は、目を伏せて話す。
「前にも言ったけど、お前の、群れない自由な感じが、なんかいいなって思って。あと、見た目もけっこう、いや、思いっきりタイプだし。
 俺、ゲイなんだよ。多分、生まれつき」
 さらりと言ってから、くすっと笑う。
「お前がどっちなのか、イマイチ判断がつかなかったけど、カマかけたら、すぐにそうだってわかって。お前って素直だよな。
 でも、同時に彼氏がいるってこともわかって、ちょっとがっかりしたけどな」

 なんと答えればいいかわからない。有希は、一口かじっただけのハンバーガーを膝に置く。
「お前の彼氏が、どんなやつなのか気になって、どうしても見てみたくなって。馬鹿なことをしてると思いながら、たいしたやつじゃなかったら、俺にも勝ち目はあるかも、なんて思って。
 でも、実際に見てみたら、なんていうか、きちんとした大人で、堅実そうで、俺なんか全然駄目だって思い知らされたよ」
 
 生野の言葉に、胸が痛くなる。有希も、伸に気持ちを受け入れてもらえるまでにはいろいろなことがあったし、愛し合っている今でも、「彼」の存在はぬぐい去れない。
 いくら望んでも、どうにもならないことがあるのだ。
 生野が顔を上げて、じっと有希の顔を見つめた。そして、切なげな表情で言う。
「なんでお前が、そんな泣きそうな顔してるんだよ」
「だって……」
 とても他人事だとは思えないから、などとは言えないが。
 
 何も言えずにいると、生野が、いつものにやにや笑いに戻って言った。
「まぁ、そんな感じだけど、今言ったことは忘れてくれ。って言っても忘れるのは無理だろうけど、気にしないでくれ。
 なんか急に感情が高ぶって、カミングアウトしちまった。でも、ただ俺が言いたかっただけだけで、お前にどうこうしてもらいたいってわけじゃないから」
 こういうときに、気の利いたことが言えない自分が、本当に嫌だと思う。いろいろな思いが複雑に絡まり合い、涙がこみ上げ、そういう自分が、ますます嫌だ。
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