第21話 なれそめ

文字数 1,225文字

 あわてて顔を背けると、生野が言った。
「それって、どういう涙? 俺のために泣いてくれてるとか?」
 有希は、目元を拭いながら言う。
「……両方」
「両方って?」
「生野の気持ちと、僕の気持ち」
「お前も辛いの?」
 そう聞くと言うことは、やっぱり生野も辛いのだ。
 
 鼻をすすりながら、再び涙を拭っていると、生野が言った。
「俺のせいだな。ごめん」
「違うよ!」
 有希はあわてて言う。
「そうじゃない。生野の気持ち、すごくよくわかるから。でも……」
「えっ、もしかして彼氏とうまくいってないのか?」
「そういうわけじゃないけど……」

 やっぱり、うまく説明出来ないし、生野に言えることでもない。どっちにしても、自分が泣くのはおかしい。
 とにかく、涙を止めなくては。そう思い、有希は深呼吸をする。
 生野が言った。
「彼氏が作ったハンバーガー、せっかくだから食べろよ」
 あまり食欲はなかったが、言われるまま再び食べ始めた。生野も、フライドポテトを食べ始める。
 
 生野が言う。
「彼氏と付き合い始めてどれくらい?」
「半年か、もうちょっとかな」
「へぇ。付き合い始めたきっかけは?」
 有希は、口にポテトを放り込む生野をまじまじと見る。
「何?」
「そういうの、聞きたい?」
 そんな話を聞いて、辛くないのだろうか。
 
 だが、生野は言う。
「なんだよ。話したくないのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
「じゃあ聞かせろよ。別にいいだろ?」
「いいけど……」
 自分だったら、片思いの相手の恋愛話を聞くなんて絶対に嫌だと思うが、生野は、そうではないのだろうか。
 
 有希は、コーラを一口飲んでから答える。
「去年、パークレストランのアルバイトに応募したんだよ。でも、面接のときに緊張して具合が悪くなって。
 そのとき、伸くんが介抱してくれた。結局アルバイトはしなかったけど、それがきっかけ」
 事実は、少し違うのだが、簡単に人に理解してもらえるようなことではないし、話せることでもないので、便宜上そういうことにして、母にも同じ説明をしたらしい。「らしい」というのは、有希は、そのときのことを覚えていないからだ。
 
「へぇ。そうなのか」
 生野は、言ったままを信じてくれたようだ。
「じゃあ、しょうがないな。俺がお前のことが気になるようになったのって、三年になってからだし」
 何気ないふうに言ってポテトを頬張っているが、生野の自分に対する思いが真剣なもので、今、なんとか吹っ切ろうとしているのかと思うと、胸が痛い。
「生野……」

 生野が微笑んだ。
「そんな顔するなよ。俺の話、聞いてくれてありがとう」
「僕も。……ありがとう」
 生野は、最後のフライドポテトを口に入れると、紙の容器を握りつぶした。そして、コーラを飲み干して言う。
「さて。帰るわ。明日また、学校でな」
 ベンチの横のごみ箱に、空いたカップや包み紙を捨てると、生野は、ひらひらと片手を振って、ゲートに向かって歩いて行った。
 有希は、黙って見送ることしか出来なかった。
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