第43話 初めての体勢

文字数 942文字

 事情を説明すると、母は渋々ながら、泊まることを認めてくれた。電話を切って、心配そうに見つめている伸に言う。
「今夜だけならいいって。でも明日からは泊まらなくても、怪我が治るまで毎日来るからね」
 伸が、ほっとしたように微笑む。その顔を見て、有希も微笑む。伸が喜んでくれていることが、とてもうれしい。
 
 それから有希は、おもむろに立ち上がり、伸のそばまで行った。椅子に座ったままの伸が、不思議そうに見上げている。
 有希は言った。
「伸くん。今日はまだ、してなかったね」
 そして、伸の左肩に手を置くと、かがみ込みながら、伸にキスをした。伸は、キスに応じながら、有希の腰に左手を回す。
 こんな体勢でするのは初めてだ……。
 
 
 いつもならば、このままベッドに移動して、もっと先の行為まで進むのだが、伸が怪我をしている今日は、そういうわけにもいかない。有希は、唇を離した後、火照る体を起こして言った。
「伸くん。ご飯はどうするの?」
 伸も、キスの後の切なげな表情を浮かべたまま言った。
「病院から帰って来る途中で、母に言われてスーパーに寄って、出来合いのものを買って来たんだ」
「そうか」
「たくさんあるから、ユウも一緒に食べよう」
「うん」


 冷蔵庫の中には、パックに入った総菜や、レンジで温めればすぐに食べられるような食品がたくさん入っている。有希は、伸を振り返って聞いた。
「伸くん、何にする?」
「じゃあ、カレーにしようかな。ユウも好きなのを選んで」
「僕は……ナポリタンを食べてもいい?」
「いいよ」
「あと、サラダも一緒に食べようね」


 レンジの前で、カレーが温まるのを待ちながら、有希はにやける。こういうの、なんだか楽しい。
 もちろん、伸の怪我は心配だが、利き腕が使えないのだから、ここは僕が食べさせてあげないと。スプーンで掬ったカレーを伸の口元まで持って行って、「あーん」とか……。
 
 だが、そう提案した有希に、伸は言った。
「そんな、大丈夫だよ。スプーンやフォークなら、左手でもなんとかなるし」
 有希は、にやにやしながら言う。
「伸くん。恥ずかしいの?」
 すると、思いがけず、伸の顔が見る見る赤くなった。
「ばっ……馬鹿な。いや……恥ずかしい」
 うつむく伸を見て、有希は、声を上げて笑った。
「伸くん、かわいい」
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