第86話 寝息

文字数 829文字

 その日は日曜日で、しっかり愛し合った後、二人はお揃いのセットアップを着て、夕食のビーフシチューを食べている。有希のリクエストに応えて、伸が前日から仕込んで作ってくれたものだ。
 有希は、スプーンを口に運びながら話す。話は、そろそろ終盤に差しかかっている。
「温泉は、すごく楽しかったよ。初めて、酔った伸くんを見たし」
 伸が、驚いたように顔を上げる。
「俺、酒を飲んだの?」
「そうだよ。伸くん、ビールを一本飲んで、酔い潰れちゃったの。アルコールに弱いところも、酔うと甘えん坊になるところも、かわいかった」

「え……。俺、甘えん坊になるの?」
 どぎまぎする伸に、有希は、ついにやにやしてしまう。
「そうだよ。一人じゃ歩けないから、布団まで連れて行ってって、すごくかわいいんだから。それでね」
 照れくさそうな顔をしている伸の顔を見ながら、さらに続ける。
「一緒に露天風呂に入る約束をしていたのに、伸くんが寝ちゃって、ちょっとがっかりしていたんだけど……」

「ごめん。悪かったね」
 まるで、さっき起こったばかりのことのように、伸が謝る。
「だけど、夜中に起きて、約束通り露天風呂に入って、それで、お湯の中で、した」
「えっ……!」
 ぎょっとしている伸を見て、有希は声を上げて笑った。
「月がきれいな夜だったんだ。月の光に照らされた伸くんの体がまぶしくて……。
 お湯の中でふざけ合っているうちに、そういう気分になっちゃって、つい。ねぇ。そのときのことも、くわしく話してあげる……」
 
 
 話し始めて間もなく、例のごとくベッドに移動し、再び体を重ねた後、遅くまでかかって、伸が記憶を失うまでの話をした。苦しかった日々を思い出して有希が泣くと、伸が優しく抱きしめてくれた。
 伸の裸の胸に顔をうずめて泣いているうちに、いつの間にか眠ってしまった。ふと気づくと、辺りはまだ暗く、伸は、有希を抱きしめたまま眠っていた。
 その安らかな寝息を聞いているうちに、いつしか有希も、再び眠りに落ちたのだった。
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