第17話 約束

文字数 1,115文字

 有希はあわてて言う。
「そんなの駄目だよ。無理に決まってるだろ」
「なんで?」
「なんでって……」
 そんなこと、伸が承知するはずがない。伸は二人の関係を公表していない。
 社会的な立場があるし、それは有希も納得していて、伸とのことは母にしか言っていない。生野にだって言うつもりはなかったのに、勝手に探り当てられてしまったというか……。
 
「伸くん、いや、彼に迷惑がかかるからだよ」
 生野がにやにやする。
「へぇ。『伸くん』っていうのか」
 あぁ、また口を滑らせてしまった。有希は、心の中で歯噛みする。
「とにかく、直接会うなんて絶対に駄目だし、僕が彼のことをべらべらしゃべったなんて思われたら困る」
 もしもそれで、伸に嫌われてしまったらどうしてくれるのだ。本当に勘弁してほしい。
 
「別に会わせてくれとは言ってねぇよ」
 生野は平然と言う。
「ただ、ちょっと離れたところから一方的に眺めてみたいなぁ、なんて」
 何が『なんて』だ。勝手なことを。
「なぁ、伸くんってどこに住んでんの? 」
「ちょっと、その呼び方やめろよ」
 有希が抗議しても、生野は相変わらずにやついている。
「別にいいじゃん。『伸くん』は、お前のこと、なんて呼んでんの? ユウキか、ユウか、ユウくんか……」
「やめろったら!」

 有希が声を荒げると、生野は、白けたような顔になって言った。
「そんなにムキにならなくてもいいじゃないか。ちょっと見るくらい、別にいいだろ? お前の自慢の彼氏の顔を、一目拝ませてくれよ」
「別に自慢なんかしてないだろ!」


 結局、口が減らない生野をうまく言い負かすことが出来ず、遠くから伸を見ることを約束させられてしまった。そうこうしているうちに、授業終了のチャイムが鳴り始めた。
 また授業をサボってしまった。有希は、まだジャージのままだ。
「着替えるから、先に教室に戻っててよ」
 生野の前で着替えるのは、気まず過ぎる。
「わかった」
 生野は、あっさり答えると、さっさと更衣室を出て行った。
 
 
 自分のようなことを、温室育ちと言うのだろうか。母はいつも、大きな心で有希を受け止め、守ってくれるし、伸も、優しく穏やかに有希の話を聞いてくれる。
 友達はいるが、あまり深い付き合いをして来なかったので、言い合いをしたり、意見をぶつけ合った経験もほとんどない。だから、ディベートのようなことは苦手なのだ。
 その日の放課後、生野と駅まで歩く間に、伸がフォレストランド内のレストランで働いていることを聞き出され、明日の放課後、伸を見に、一緒にフォレストランドに行くことを約束させられてしまった。
 後から、いくら考えても、どうしてそうなってしまったのか、有希にはさっぱりわからないのだが……。
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