第34話 始発電車

文字数 1,127文字

 生野が、口をへの字にする。
「お前、自分は話したがらないくせに、人のことになると急に突っ込んで来るな」
 今度は、有希が笑って見せる。
「人の話が聞きたいなら、まずは自分から話さないと」
「ちぇっ。屁理屈こねやがって」
 そう言いながらも、生野は、うれしそうに話し始める。
「初めて付き合ったのは、中三のとき。知り合ったのはネットだけどな。会ってみたら、お互いに気に入って……」
 当時のことを思い出したのか、あらぬ方向を見て、だらしない顔をしたまま言葉が途切れる。
 
 その顔をじっと見ていると、視線に気づいて我に返ったのか、生野は取り繕うように言った。
「まぁ俺たちみたいなのは、なかなか自然に出会うのは難しいからな」
「ふぅん」
 そういうものなのか。
「その人とは別れちゃったの?」
「別れたっていうか、自然消滅だな。同い年だったんだけど、相手は公立の中学に通っていて、受験で忙しくて。
 こっちはエスカレーター式でのんびりしてるし、なんかリズムが合わなくなって、なんとなくな」
「ふぅん……」

 生野が、不満そうな声を上げる。
「なんだよ。人に話させておいて、『ふぅん』しか言わないな」
「だって……」
 自分にはそういう経験がないから、よくわからないのだ。
「その点、お前はいいよな。初恋で、ドラマチックな出会いをした人と恋人同士になるなんて」
「それは、まぁ……」
「それでお前は、伸くんにぞっこんで、伸くんの思い出の人に嫉妬して、めそめそしてるってわけか」
「そんな言い方……」


 始発電車が走る時間になり、二人は、支払いを済ませて店を出た。生野が言う。
「お前んち、どっち?」
「あっち」
 有希は、自分の家の方向を指す。
「歩いて帰るのか?」
「うん。もう明るいしね」
「そうか」
 生野が、大きく息を吐く。
「じゃあ、ここでお別れだな」

 不意に、熱いものが込み上げる。生野が、そんな有希の顔を見て、寂しげに微笑んだ。
「そんな顔するなよ。伸くんと仲良くな」
 生野に、何か言葉をかけたいが、何か言うと泣いてしまいそうで、有希は、ただ黙ってうなずく。
 生野が、右手を差し出したので、その手を握ると、ぎゅっと力強く握り返して来た。
「じゃあ」
「……じゃあ」
「だから、お前が泣くことないだろ」
 生野の言葉に、結局こぼれてしまった涙をぬぐいながら、やっぱりうなずくことしか出来ない。こんなときに泣いてしまう自分が、本当に情けない。
 
 生野が、にっと笑って言った。
「ここで見送ってるから、先に帰れよ」
「え?」
「見送らせてくれ」
「……わかった。」
 有希はうなずき、生野の顔を見つめる。生野が、もう一度、満面の笑みを作る。
「じゃあ」
 有希の言葉に、生野が大きくうなずいた。有希は、彼に背を向け、ゆっくりと歩き出す。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み