第19話 ハンバーガー

文字数 1,029文字

 だが、生野は憮然とする。
「あれじゃ、ただ男だっていうだけで、顔も何もさっぱりわからねぇよ」
「でも、確かにいただろ? もう十分じゃないか」
 これで約束は果たしたはずだ。そう思ったのだが、生野がとんでもないことを言った。
「てか、あれってホントに、お前の彼氏なのかよ」
「な……」
 何を馬鹿なことを。
「そうに決まってるだろ。こんな壮大な嘘をついてどうするんだよ」

 生野が、肩を揺すって笑う。
「壮大ねぇ」
「もういいだろ?」
「いや。まだだ」
 そう言うなり、生野はすたすたと歩き出した。呆気に取られているうちに、レストランの入り口に向かっている。
「ちょっと……!」
 大きな声を出すわけにもいかず、小声で呼びかけたが、生野は、中に入って行ってしまった。
 
「いらっしゃいませ」
 店の中から、沙也加の声が、かすかに聞こえる。
 自分が中に入るわけにはいかない。嘘だろ? なんてことだ。あいつ、何をするつもりだ……。
 有希は頭を抱えて、植え込みの前にしゃがみ込んだ。
 
 
 しばらくして、生野が店から出て来た。手に紙袋を持って、にやにやしながら近づいて来る。
「待たせたな」
 有希は、よろよろと立ち上がった。
「『待たせたな』じゃないよ。約束が違うじゃないか」
 生野は、しれっとして言う。
「しょうがないだろ。全然、顔が見えなかったんだから。顔もわからないんじゃ、せっかくここまで来た意味がないじゃん」
「そんな……」

「ちゃんと顔を拝んで来たよ。思ったより男前で、ちょっと妬けた」
「え?」
 妬けた、とは? だが、聞き返す前に生野が言った。
「安心しろ。余計なことは言ってないから。それより、腹減らない?」
「減らないよ」
 今は、それどころじゃない。
「まぁ、そう言わず。これ、テイクアウトしたんだ。一緒に食べようぜ」


 生野が、どこか座れるところはないかと言うので、噴水の前のベンチに行った。伸と今の関係になる前に、何度も話をした思い出の場所だ。
「なかなかいい場所だな」
 生野は、ベンチに腰かけながら、紙袋を開ける。そして、次々に中身を取り出し、隣に座った有希に差し出す。
「チキンバーガーとポテト、あと、コーラな。俺のおごりだから遠慮しないで食べろよ」

 有希は、それらを機械的に受け取りながら尋ねる。
「ねぇ、伸くんに会ったの?」
 もう呼び方がどうだとか、気にしている余裕はない。
「あぁ、会った」
 生野は、ハンバーガーの包みを開きながらそう言い、さっそくかぶりついている。
「会ったって、どうやって?」
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