第46話 複雑な気持ち

文字数 815文字

「ユウ。……ユウ、起きて」
 耳元でささやく声とともに、アラームの音が聞こえる。はっとして目を覚ますと、見つめる伸の向こうのベッドサイドで目覚まし時計が鳴っている。
「ごめん。ちょっと手伝ってくれないかな」
「あっ、ごめん!」
 有希はあわてて起き上がり、伸の左肩に手をかけて抱き起すようにする。起き上がりながら、伸が顔を歪める。
「痛い?」
 伸は体をひねって左手を伸ばし、ようやくアラームを止めた。
 
「ごめん……」
 うっかりしていた。有希は朝が弱くて、いつも伸が苦労して起こしてくれるのだが、今日は自力で起きなくてはいけなかったのに。
「いや。いったん家に帰ってから学校に行かなくちゃならないだろう? 早く支度をしたほうがいい」
 そう言いながらも、伸は辛そうな顔をしている。
「ねぇ、痛むの?」
「あぁ。なんだか、昨日より痛む範囲が広がったみたいだ」
 怪我をした当日よりも、翌日のほうが痛みがひどくなると聞いたことがある。
 
「僕、やっぱり今日は……」
 学校を休んで世話をすると言おうとしたのだが、伸に遮られた。
「学校に行かなくちゃ駄目だよ。俺なら大丈夫だよ。薬を飲んで安静にしているから」
「……わかった」


 出がけに、青い顔をしている伸に、そっとキスをした後、有希は言った。
「放課後、また来るよ。何か必要なものがあったら持って来るけど」
 だが、伸が言う。
「大丈夫だよ。それから、悪いけど、来るときは連絡をくれないかな。もしかすると、母が来るかもしれないから」
「あ……そうだね。わかったよ」

 たしかに、伸の母だって、伸のことを心配しているだろうし、怪我をした息子の世話をしにやって来るのは当たり前だ。伸の母は、伸と有希の本当の関係を知らないのだから、昨日のように鉢合わせしては困る。
 それは十分にわかっているし、もちろん、伸に迷惑をかけるつもりはないのだが、それでも、やはり複雑な気持ちだ。だが、そんなふうに感じることは、我がままなのだろうか……。
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