第42話 言い訳

文字数 1,016文字

 有希は、頭をフル回転させて、言い訳をひねり出す。
「学校の授業で、職業について調べていて、レストランのことで話を聞こうと」
 確か、小学生のときに、社会科でそんな授業があったと記憶しているが、高校生ではおかしいだろうか……。すかさず、伸も言い添える。
「そうなんだ。それで、うちに来る約束になっていたんだよ」
 そんな用事で部屋まで来るのは、それこそ不自然だと思うが、仕方がない。だが、伸の母は言った。
「そうなの。えらいわねぇ」

「あっ、でも、その話は、また改めて」
「そうだね。また今度、別の日に」
 有希と伸は、お互いに目配せをしながら言葉を交わす。内心、冷や汗ものだ。だが、伸の母は、疑う様子も見せずに、有希に向かって言った。
「あら、そうなの? ごめんなさいね」
 そして、お茶を一口飲んでから、今度は伸に向かって言う。
「本当に一人で大丈夫なの? 着替えとか食事とか」
「大丈夫だよ。店はしばらく休むことになるけどね」


 伸の母は、車で病院に向かい、ここまで伸を乗せて来たのだという。それで、帰り際に有希に言った。
「お住まいはどちら? 近くならお送りするわよ。なんなら駅まででも」
 断るわけにもいかず、有希は答えた。
「じゃあ、駅までお願いします」
 そして、駅まで送ってもらい、改札の前で車を見送った後、徒歩で、再び伸の部屋に戻って来た。
 
 
 玄関のドアを開け、顔を合わせるなり、二人して笑った。
「いや、びっくりしたな。まさか鉢合わせすることになるとは思わなかった」
「本当だよ。言い訳するのに必死だったんだから」
 話しながら部屋に上がり、食卓の椅子に向かい合って座る。
「ユウ、ずいぶん上手にごまかしたじゃないか」
「冷静に考えたら変だと思うけど……」
「いや、うちの母なら大丈夫さ」

 ひとしきり笑い合った後、有希は言った。
「伸くん、怪我は大丈夫なの? 痛いんでしょ?」
「あぁ。肩を動かすとね」
「じゃあ、僕がお世話してあげる。怪我が治るまで、ここに泊まろうかな」
 伸が、なんとも言えない表情で有希を見る。
「いや、さすがに泊まるのは……」
「でも、痛いんでしょう?」
「少し我慢すれば、なんとか……」

「決めた」
 そう言って、有希はスマートフォンを取り出す。
「ママに電話するよ。伸くんが怪我したって言えば、泊まっていいって言うに決まってる」
「ユウ……」
 ずっととは言わなくても、せめて今夜くらいはそばにいて、伸の手助けがしたい。たまには、伸の役に立ちたいのだ。
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