第91話 合鍵

文字数 1,003文字

 そして、ついにフォレストランドが閉園する日が来た。その日、有希は一人でフォレストランドに行った。
 最終日ということで、いつになく園内はにぎわっている。伸のことが心配で、レストランに行ってみたのだが、店内は、とても混み合っていたので、店の外から、ガラス越しにのぞくだけにした。
 沙也加たちウェイトレスが忙しそうに行き来するのに混じって、客席に料理を運ぶ伸の姿も見えた。その姿を見たのを潮に、有希はフォレストランドを後にした。
 
 有希は、そのまま伸のマンションへと向かう。有希には今、プラチナのチェーンとともに、もう一つの宝物がある。
 伸の部屋の合鍵だ。去年のクリスマスに、手作りのクリスマスケーキとともに伸が贈ってくれたのだ。
 今日は閉園後に、この町にある唯一のホテルで、フォレストランドの全従業員が参加する打ち上げがあるので、帰りは遅くなると言っていた。だが今夜は、どうしても、部屋で伸の帰りを待ちたいと思ったのだ。
 
 
 日付が変わった頃、玄関の鍵を開ける音がした。有希は、玄関へと急ぐ。
「おかえり」
 ドアを開けた伸は、有希の顔を見て微笑んだ。
「ただいま」
 コートの前を開けた伸の頬が、ほんのり赤らんでいる。
「伸くん、お酒飲んだの?」
「あぁ。乾杯のシャンパンを一杯だけ」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ」
 そう言うなり、しなだれかかるように有希を抱きすくめる。いつもと立場が逆だ。
 
「やっぱり酔ってる。伸くん。ほら、靴脱いで」
 伸は、有希の肩につかまったまま、ふらつきながら靴を脱ぐ。
「ユウ。喉が渇いたよ」
「もう。今お水をあげるから、ちゃんと歩いて」
 口では小言のように言いながら、やっぱり、酔った伸はかわいいと思う。だが、喜んでばかりはいられない。
 フォレストランドが閉園し、伸にとって特別な場所である、洋館の跡地に建っているレストランも閉店してしまった今、辛い思いをしているに違いない。
 
 コートを脱がせると、伸は、どかりと椅子に腰を下ろした。奥の部屋に持って行ってハンガーに掛けてから、急いで戻って、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを出し、キャップを取って伸に手渡す。
「はい」
「ありがとう」
 ごくごくとボトルの半分ほどを一気に飲んでから、とんとテーブルに置いて、伸はため息をつく。
「明日からもう、あそこに行くことはないんだな。専門学校を卒業してから、ずっと通い続けていたのに、嘘みたいだ」
「伸くん……」
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