第10話 電話

文字数 1,097文字

 伸に会いたくてたまらない。でも、そういうわけにはいかない。
 電車の中で有希は、カバンからスマートフォンを取り出した。アプリを開いて、伸にメッセージを打とうとする。
 だが、指が動かない。こんな気持ちで、なんと打てばいいのかわからない。
 しばらく画面を見ながら考えた後、ため息をつきながらアプリを閉じた。有希がメッセージを送らなければ、伸から送って来ることは滅多にない。
 
 
 夜はいつも、母が用意しておいてくれる料理を温めて食べる。母は夜の仕事をしているので、有希が学校から帰って来る前に出かけ、明け方まで帰って来ない。
 毎日忙しくしていても、家事を完璧にこなし、強くて優しく、美しく、有希のことを愛し、理解してくれる母のことが大好きだ。有希にとって彼女は、母親であるのと同時に、一番の親友のような存在でもある。
 だが、あまり一緒にいられないことが寂しい。特に、こんな夜は。
 
 
 つまらないバラエティー番組を見ながら、ミートボールの入ったグラタンとサラダを食べていると、スマートフォンに着信があった。表示を見ると、伸からだ。
 伸のほうから電話をかけて来るなんてめずらしい。有希は、口の中のものを急いで炭酸水で流し込み、電話に出た。
「伸くん!」
「ユウ。今、家?」
「うん」
「何かあった?」
「……え?」
 伸が言った。
「昨日の夜に別れたきり、連絡がないから、どうかしたのかと思って」

 その言葉を聞いた途端、また涙が滲む。
 いつもならば有希は、家に着いたら、すぐに電話をしたりメッセージを送ったりするし、朝や昼間にも、何度もメッセージを送る。だが、昨夜からずっと気持ちが落ち込んでいて、連絡出来ずにいたのだ。
「ユウ、大丈夫?」
「伸くん……」
 そう言うなり、涙がこぼれた。
 
「ユウ、泣いてるの?」
 伸の言葉に、いよいよ涙が止まらなくなる。どうやら自分は、泣きそうな顔だとか、泣いているのかとか言われると、余計に泣いてしまう質らしい。
「伸くん……」
「俺が冷たい言い方をしたせいかな」
「そんなこと……」
 しゃくり上げていると、伸が言った。
「無神経だったね。ごめん」
 そんなふうに言われると、ますます涙が止まらなくなってしまう。
 
 小さな子供ではあるまいしと思いながら、泣き止むことが出来ず、言葉が出ない。スマートフォンを握りしめたまま泣いていると、伸が言った。
「ユウ、もう泣かないで。どうしたら許してくれる?」
 『許してくれる?』だなんて。別に伸が悪いわけじゃない。自分が勝手にいじけているだけだ。
「そんなんじゃ、ない」
 しばらくの間、有希は泣き続け、伸は、有希が泣き止むまで、そのまま辛抱強く待っていてくれた。
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