第48話 オレンジジュース

文字数 924文字

 伸の母だけでなく、ほかの誰にも関係を知られてはいけないのだ。今までは、伸と一緒にいられれば、それだけでいいと思っていた。
 だが、関係を公表出来ない以上、何かあるたび、自分は伸から離れ、身を潜めていなくてはならない。今日のように、伸のことが心配でならなくても、そばにいることが出来ない。
 これでは、もしも伸の身に、もっと深刻なことが起こったときにも、自分は近づくことさえ出来ないかもしれない。
 
 涙をぬぐう有希に、母が言った。
「有希は、安藤さんのお母さんに、二人の関係を知ってもらいたいの?」
「それは……」
 有希は、母の顔を見る。
「伸くんが困ることはしたくない」
「そうね。私はこういう仕事を長くしているから、いろんな人を見ているし、同性愛が悪いことだとは思わないわ。でも、一般的な親御さんは、理解しようとはしても、なかなか受け入れることは難しいかもしれないわね。
 それでも有希は、安藤さんが二人のことを隠していることが悲しいの?」
 
 そうなのだろうか? 自分は、伸が困難をものともせずに、母親や世間に向かって、有希のことを恋人だと宣言してほしいのだろうか。
 もちろん、母の言うことはよくわかる。シングルマザーとして生きることを選択した母も、きっといろいろな経験をして来たことだろう。
 そういう母だからこそ、いつも有希の気持ちを理解し、優先してくれているし、母の言葉には説得力がある。
「だけど、伸くんが辛いときに、そばにいられないなんて嫌だ……」
 次から次へと涙が溢れ出し、もう朝食どころではなくなった。 
 
 
 有希は、母にうながされ、なんとかオレンジジュースだけを飲んで、制服に着替えるために自分の部屋に行った。本当は学校に行く気になどなれないが、そういうわけにはいかない。
 いつか伸も言っていたけれど、自分がいい加減なことをして、そのために伸との付き合いを止められることだけは避けたい。
 伸と離れて生きて行くことなど出来ない。伸は自分のすべてなのだ。
 一方で、少し母に申し訳ない気もする。伸と出会うまで、自分は母のことが大好きで、友達と遊ぶことよりも、母と過ごすことを優先していたのに。
 もちろん、今も母のことは、伸とは別の意味で大好きだけれど。
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