第41話 足音
文字数 1,238文字
その日も、有希はいつものように、伸に何度かメッセージを送った。だが、あるときから既読にならなくなった。
きっと仕事が忙しいのだろうと思い、あまり気にしていなかったのだが、夕方になって電話をかけると、電源が切られていた。
「伸くん……」
スマートフォンを見つめながら、思わずつぶやく。自分の部屋のベッドの上だ。
何かあったのだろうか。いや、そんなはずはない。多分、急に本部に行くことになったとか、イレギュラーな仕事が入っただけだ。
そう自分に言い聞かせていたのだが、もう一度、電話をかけて繋がらなかったとき、我慢が限界に達した。有希は、部屋着を脱ぎ捨て、クローゼットのドアを開ける。
これから、伸の部屋に行ってみよう。仕事ならば帰っていないかもしれないが、それならそれでいい。
ここで悶々としているより、仕事中だとわかるだけましだ。どうせ一人で家にいたって、何もすることはないのだから。
伸の部屋のチャイムを鳴らすと、すぐに奥から足音が聞こえた。なんだ、帰っているんじゃないか。
顔を見たら、文句を言って、すねて、その後いっぱい甘えよう。そう思ったのだが、ドアが開いた途端、有希はぎょっとした。
「あら。あなたはいつかの……」
顔を出したのは、一度だけ会ったことがある、伸の母だった。
有希は、どぎまぎしながら言う。
「あっ。あの、安藤さんは……」
ちらりと奥に目をやってから、伸の母は言った。
「どうぞ、お入りになって」
おずおずと入って行くと、食卓の椅子に座っている伸と目が合った。伸は、右腕を三角巾で吊っている。
「それ……」
伸が、お茶を淹れている母を気にしながら言う。
「食品庫の整理をしているときに、棚が倒れて来てね。肩を強打したんだよ。
年代物の棚だから、ビスが劣化していたみたいで」
「大丈夫なの?」
「あぁ。ただの打撲だよ。骨はなんともない。大した怪我じゃないのに、中本が実家に電話したもんだから」
伸の母が、振り返って微笑む。
「電話をいただいて、びっくりして、あわてて病院に行ったのよ」
伸が苦笑する。
「あいつ、大げさなんだよ」
「お茶どうぞ。えぇと」
伸の母が、有希の顔を見る。
「あっ、西原です。以前、安藤さんにアルバイトでお世話になって……」
それだけで、こうして部屋まで訪ねて来るなんておかしいとは思うが、とっさに、うまい言い訳が思いつかない。だが、伸の母は、にこやかに言った。
「いつか、うちにいらした頃かしらね」
「あぁ、はい」
「さぁ、座って。これ、うちの店で出しているものですけど」
そう言いながらすすめてくれたのは、手作りのチョコチップクッキーだ。
食卓には、椅子が二脚しかないので、伸の母は、シンクを背に立ったままお茶をすすっている。
「なんか、すいません」
「いいのいいの」
恐縮する有希に、伸の母は微笑む。有希は彼女のことを、いつも笑顔を絶やさない、素敵な人だと思う。
「それより西原くん、今日はご用があっていらしたんじゃないの?」
「あっ、えぇと……」
きっと仕事が忙しいのだろうと思い、あまり気にしていなかったのだが、夕方になって電話をかけると、電源が切られていた。
「伸くん……」
スマートフォンを見つめながら、思わずつぶやく。自分の部屋のベッドの上だ。
何かあったのだろうか。いや、そんなはずはない。多分、急に本部に行くことになったとか、イレギュラーな仕事が入っただけだ。
そう自分に言い聞かせていたのだが、もう一度、電話をかけて繋がらなかったとき、我慢が限界に達した。有希は、部屋着を脱ぎ捨て、クローゼットのドアを開ける。
これから、伸の部屋に行ってみよう。仕事ならば帰っていないかもしれないが、それならそれでいい。
ここで悶々としているより、仕事中だとわかるだけましだ。どうせ一人で家にいたって、何もすることはないのだから。
伸の部屋のチャイムを鳴らすと、すぐに奥から足音が聞こえた。なんだ、帰っているんじゃないか。
顔を見たら、文句を言って、すねて、その後いっぱい甘えよう。そう思ったのだが、ドアが開いた途端、有希はぎょっとした。
「あら。あなたはいつかの……」
顔を出したのは、一度だけ会ったことがある、伸の母だった。
有希は、どぎまぎしながら言う。
「あっ。あの、安藤さんは……」
ちらりと奥に目をやってから、伸の母は言った。
「どうぞ、お入りになって」
おずおずと入って行くと、食卓の椅子に座っている伸と目が合った。伸は、右腕を三角巾で吊っている。
「それ……」
伸が、お茶を淹れている母を気にしながら言う。
「食品庫の整理をしているときに、棚が倒れて来てね。肩を強打したんだよ。
年代物の棚だから、ビスが劣化していたみたいで」
「大丈夫なの?」
「あぁ。ただの打撲だよ。骨はなんともない。大した怪我じゃないのに、中本が実家に電話したもんだから」
伸の母が、振り返って微笑む。
「電話をいただいて、びっくりして、あわてて病院に行ったのよ」
伸が苦笑する。
「あいつ、大げさなんだよ」
「お茶どうぞ。えぇと」
伸の母が、有希の顔を見る。
「あっ、西原です。以前、安藤さんにアルバイトでお世話になって……」
それだけで、こうして部屋まで訪ねて来るなんておかしいとは思うが、とっさに、うまい言い訳が思いつかない。だが、伸の母は、にこやかに言った。
「いつか、うちにいらした頃かしらね」
「あぁ、はい」
「さぁ、座って。これ、うちの店で出しているものですけど」
そう言いながらすすめてくれたのは、手作りのチョコチップクッキーだ。
食卓には、椅子が二脚しかないので、伸の母は、シンクを背に立ったままお茶をすすっている。
「なんか、すいません」
「いいのいいの」
恐縮する有希に、伸の母は微笑む。有希は彼女のことを、いつも笑顔を絶やさない、素敵な人だと思う。
「それより西原くん、今日はご用があっていらしたんじゃないの?」
「あっ、えぇと……」