第69話 昨夜のこと

文字数 559文字

 ……ユウ……ユウ……。
 その夜、自分の名前を呼ぶ声に目覚めると、伸がうなされていた。有希は、そっと肩を揺すって声をかける。
「伸くん。大丈夫?」
 あえぎながら目覚めた伸に強く手を引かれ、伸の胸に倒れかかるようにして抱きすくめられた。
「危ないよ!」
 だが伸は、有希の背中に回した腕に力を込めながら言った。
「ユウ。どこにもいかないで」
「伸くん……」

 胸が痛くなる。洋館だった頃から数えれば、伸が人生の半分を過ごした場所であるレストランがなくなってしまうことが辛くてならないのだろう。あの場所は、伸にとっては、体の一部でさえあるのかもしれない。
 今までは、大人で優しい伸に甘えてばかりで、泣いた有希を慰めてくれるのも、我がままを聞いてくれるのも、いつも伸のほうだった。
 だが、これからは、とても繊細で、心に深い傷と悲しみを抱えている伸のことを、自分も支えたい。
「大丈夫だよ。僕はずっと伸くんのそばにいる。どこにも行かないよ」


 朝起こされたときには、いつもの伸に戻っていた。昨夜のことは忘れてしまったのか、あるいは夢を見たとでも思っているのか、それについて伸が何も言わないので、有希も黙っていた。
 だが、思っている以上に伸がショックを受けていることがわかったので、今まで以上に寄り添って、出来るだけのことをしようと心に決めた。
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