第58話 乙女心は常に不安定で矛盾だらけ
文字数 7,944文字
あたしはとてつもなく後悔していた。そりゃもうとてつもなく。
「あ~!!AZUREのステージ超良かったよねぇ~!!」
「やっぱ伴のあの笑顔がマジ最高すぎて!!」
ピクッ
「あのウィンクとかも最高でしょ!!伴の!!」
ピクピク
そのワードは今は言わないで欲しい。今のあたしには『伴』というワードを聞くだけで爆死しそうになる。
あれは勢いなんだよぉ~!!本当に勢いで!!そんで言っちゃっただけなんだよ!!す、
好き
だなんて!!でもあいつ絶対何か勘違いしてるよなぁ~!!あ~~~!!
「……後悔先に立たずってね。」
「な、何よいきなり!?」
ガタッ!!
あたしの心中をすべて察知したかのように、静乃が突然背後から現れた。怖い一言をぼそりと言いながら。
やめてよ!!びっくりし過ぎて死ぬって!!
倒れそうになった椅子を抑えながら、あたしは平静を装いつつ座り直した。髪の毛なんかいじくりながら。
「何よ?私は何も言ってないわよ?」
「そ、そうでしょうとも。で?な、何か?」
「別に。無事合唱部の発表も上手くいってAZUREのステージも観られたことだし……。何が不満なのかと思って。」
「別に不満はない!不安ならあるけど……」
受験とか受験とか受験とか………。暦は十一月だがもう余裕なんてぶっこいていられないのが現実だ。二月には本番だ。
ああ、去年の今頃は冬休みの計画とか鼻歌混じりに立てていたんだけどなぁ。もう今年はそんな余裕はないのだ。夢見る事すら許されないのだから。
「……静乃さんや。受験ってなんなんだろうか……」
「将来いいとこで働くための試練じゃないの?」
「あたしゃあそんな大層なとこで働く気ないよ……。」
「まず雇ってくれるかよね。」
「それもあるけど……。あ~!!世の中学歴重視か!?頭良けりゃいいってか!?一流の大学や企業行っても悪い事する奴ら沢山いるじゃないの!!」
「…まぁ、昔ほど学歴は重視されていないんじゃない?学歴より実力よ。今の時代は。」
「実力も兼ね備えられない可哀想な子がいるでしょうが!!ここに!!」
「……あ、ごめんなさい。」
そこはちょっと否定して『そんなことないわよ』くらい言ってくれても良かったんじゃないだろうか?静乃さんや。
ああ、でもこういう人が将来大物になってあれやこれやなんか上手くやって行くんだろうなぁ。じゃあ今から取り入った方がいいのか?
いやいや!!プライドがある!!そこは保て自分!!
「それで?何があったのよ?」
「何が?」
「何がって……。とぼけるつもり?学園祭の後からおかしいでしょ、あんた。」
「そうかなぁ……。」
「そうよ。苺も心配してるのよ?ねぇ?」
そう言って静乃が振り向いた先には……小柄なシャイガールの苺が遠慮がちに立っていた。小さく頷きながら。
「つ、蕾ちゃん…何か悩みがあるなら話して……!!」
「うっ……!!」
この綺麗すぎる純粋な瞳……!!なんて目してるんだこの子は!!
潤んだ瞳で見つめる苺とは対照的に、静乃は無の表情だ。
何だろう?この変なプレッシャー……。
「……いや、実は……何を血迷ったのか告白してしまいまして。」
『ええ!?』
「あ~……。予想通りの反応だぁ~……」
二人の声と動作は驚くほど整っていた。思わず感心してしまうくらい。
まぁ、このままもやもやしているよりは、誰かに打ち明けた方がすっきりするかもしれないし……。いっか。
そんなわけで。あたしは学園祭の出来事を適当に話してみたのだ。親友二人にこっそりと。
「まさかそんな展開になってたなんてね……」
「蕾ちゃん…そ、それでどうして悩んでるの?ちゃんと想いを伝えられたのに……」
「それがはっきりしたものかどうかもわからないんだって。だからこうして悩んでるんだよ。」
窓の外を見ながら、あたしは黄昏るふりをしながらそう言った。
ああ、今日は良い天気だなぁ……
「あんた本能的に行動するからね。でもいいんじゃない?付き合っちゃえば。」
「ええ!?なんで!?」
「お似合いよ?」
「そう言う問題じゃない!!大体あいつはアイドル様であってあたしは今崖っぷちな受験生なのよ?そう言う…恋とかしてる暇では……」
「それは言い訳よ。結局あんたはその先に進むのが怖いからそんな言い訳して逃げてるのよ。いい加減前に進みなさいよ……一歩進んだんだから。」
「…一歩?」
「あれほど無理だって言ってたのにちゃんと歌えたじゃない。立派な『一歩前進』よ。私も見直したんだから……」
目を背け、少し照れくさそうに言う静乃の頬は赤くなっていた。なんか新鮮な光景だ。
一歩……。そうか、確かにあたしは上手くやった。だからあんなに気持ちが高揚した。それは
あの時のあの目と声が今でも生々しく残っている……。
生々しいってなんか言い方が嫌だけど。
「…イケメン嫌いのあんたが勢いでも『好き』なんて言えたのよ?奇跡だわ。」
「大袈裟な……」
「じゃあ……。伴君が他の誰かと付き合ってもいいの?あんたそれでも笑ってられる?」
「そ、それは!!なんか……いや、嫌だ。」
「それで十分じゃないの。」
「そ、そうかな?」
「そうよ。もう面倒臭いから付き合いなさい。あんた達。」
「面倒くさいの!?何その理由……!?」
「いいから!さっさとくっ付けって言ってんのよ!いい加減じれったいのよ。」
静乃さん……なんて強引な。
「つ、蕾ちゃん……、私…男の子苦手だし……目を合わせる事も出来ないけど……。」
「う、うん?」
珍しく苺があたしに詰め寄って来た。手をそっと握って。
まさか苺も『面倒臭い』って言うんじゃ……!?それはちょっとショックだぞ?あたし。
「蕾ちゃんもイケメン嫌いで……その…近寄るだけで投げ飛ばしちゃうくらい酷いけど……で、でも!このチャンスを逃したら駄目だよ!!」
ぎゅ~っ
手の力が強まり、痛いくらいだ。苺ったら意外と力あるんだ。
「だ、だからね。蕾ちゃんが少しでもそう思うんなら……いいんじゃないかな……って……」
「…よく言ったわ。苺。」
「わ、私……偉そうに……ご、ごめん!」
そのまんま、苺は静乃の後ろに隠れてしまった。いつもの様に恥ずかしそうに。
ああ、もう……!!苺にまでこんなことを言われたら……!!
あたしも腹を括る時が来たのかもしれない……なんて思ってしまうじゃないか。
「……わ、わかったよ。とりあえず今度会ったら話してみるよ……」
「う、うん!」
「それでいいのよ。」
「なんであんたはそう偉そうなのよ……。静乃さんや。」
とは言ったものの……。
あたしはまた悩んでいた。すぐに行動しようとしたが、
「…
ちなみに今居る場所は
なんでも昔ここの神主様が壊れかけの神社の経営に困り果てていた所、傷ついた真っ白な狐が境内に倒れており、それを助けたご縁からなんやかんやで人生逆転して今の様な立派な神社になったのだとか。その時の狐が神様の化身で、助けた時は寒い雪の日でかつ真っ白な狐だったため『雪狐』と名付けられ『雪狐神社』と名を改めたんだとか。
う~ん。中々に奥深い神社の歴史。あたしにはさっぱり分からないけど、紫乃さんが昔ここへ連れて来てくれてその伝承を教えてくれた記憶だけはかろうじて残っていた。うっすらだけど。
で、地元でもマニアの間でも人気なのがこの神社オリジナルのお守り『雪狐守り』。開運・厄除け商売繁盛諸々にご利益のあるマルチお守りだ。あたしも持っている。見た目も白地に雪狐の可愛い刺繍が施してあるのでちょっとした自慢にもなる。
「はぁ……。あたしにも雪狐様助けさせてくれないかなぁ……。」
ちなみに。ここの神主様のペットも真っ白い狐さん。ホッキョクギツネの一種らしいが。狐って何を食べるんだろう??
「きゅっ…」
「あ……。」
変な方向へ現実逃避していると、突然あたしの目の前に現れた。それはまっしろな狐ではなく、アカギツネの様な毛色の子ぎつねだった。
うわぁ~!!目がおっきくて可愛い~!!もふもふだぁ~!!
「…おいで~?ほらほら、おやつの余りのクッキーあげるよ~?」
鞄からクッキーを取り出し、さっそくおびき寄せて見る。この子ぎつねさん、中々愛想が良いようで逃げる事も警戒する事もしないようなので。
「きゅ~!!」
「ほらほら、おいしいぞ~?」
ふっ……。狐と言えど所詮は子供だ。菓子で釣ればたやすい。
目をキラキラさせあたしの方へ駆け寄って来ると、クッキーの匂いをさっそく嗅ぎ始めて興味深々の様だ。
撫でてもいいかなぁ?噛まれないかなぁ??というか、この子ノラ狐なのかな??
「あ、首輪してる。」
「パクパク……」
「あ、そして食べてる。」
どうやら飼い狐らしい。首には可愛い首輪をしていた。ちょっとゴスの入った黒いリボンの可愛い首輪だ。
「あんたここの子?」
「きゅ?」
「…狐ってこんな鳴き声するんだ。ふふ、可愛い~!!」
触るとふわふわしていて癒される。しかし本当人慣れしてるな。ちょっとは警戒してもいいんだよ?
「なんだい?あんたおやつ貰ったの?」
びくっ!!
びくついたのは勿論あたしだ。突然背後から低めの女性の声がしたのだから。
び、びっくりしたぁ……。も~、やめてよ!!
「あれ?蕾じゃないか!」
「い、茨……さん??」
と言っても……。前見た時とは違いゴスロリ衣装ではない。真っ赤な髪なのは違いないが。今日はパンツスーツ姿で黒いコートまで着ている。メイクもいつもより薄い。
「ああ、ここあたしの家の近所なんだよ。」
「そ、そうなんですか?」
「ん。そんで今日は急に仕事が入ってね。着の身着のまま慌てて。」
「仕事って……えっと確か出版社でしたっけ?それともカメラの?」
「ふふ、どっちも違うねぇ。あたし、こう見えて
色々
とやってんだよね。」色々って……!?なんかその容姿でそんな事言われると危うい職業の方しか出て来ないんですけど!!
首を傾げるあたしに、茨さんはニヤリと不敵に笑った。子ぎつねを抱き上げながら。
「菊里、よかったね~!おやつもらって。」
「きゅ!!」
「そうかいそうかい、美味しかったのかい?」
普通に子ぎつねと会話してる!?というかこの狐さんは……。
「あの、この子茨さんの?」
「ああ、成り行きでね。あんたも一回会ってるだろ?ほら、
先生
の家で。」ん??そう言えば……。この愛らしいもふもふは……。
「ああ、あの時の!!」
「ちなみに女の子だ。」
「そうなんですねぇ~!!かわいい~!!」
そっか、あの時(過去の話を参照)の狐……。道理で警戒しないわけだ。
「それで?受験生なんだろ?あんた?神頼みでもしに来たのかい?」
しばらく子ぎつねの菊里ちゃんと触れ合って癒されてると、茨さんが突然あたしの顔を覗き込む様にして前に座り込んで来た。興味深そうな、今にもいたずらしそうな目でみつめながら。
この人にももしかしてバレてるのか!?あたしと伴の微妙な関係の事!!そういや、彼女は伴の従姉で姉の様な存在って言ってたし。
あいつ、なんでもかんでも人に話して……!!
「うちの
「ち、違わなくないです……。」
「なんだい?告白でもされた?」
「い、いや……。それはもう前に……。」
「マジで!?あいつやるね……」
「で、でも!!あたしは何か良く分かんなくて……。ってなんであたし茨さんにこんな話してるんですか!?」
「いいじゃない。たまには
お兄さん
よりお姉さんに頼ったって。話してみなって。」「面白がってます?」
「そりゃあ人の色恋沙汰はねぇ。楽しい。」
「正直ですね。」
「あたしは嘘は嫌いだ。」
「なんかわかります。」
そう言いつつも、茨さんの目はキラキラ面白そうに輝いている。
なんかやっぱり……。こういう所が
「……実は、その……告白しちゃいまして……」
「へぇ~?」
「で、でもそれは!あたしの本心かどうか分からなくってですね!!本当……勢いって言うか……」
「うんうん、それで?」
「そ、それだけです。」
「……で?あんたはどうなんだい?今の気持ちは?」
「…出来ればなかったことにしてくれないかなぁ……なんて後悔してます。すごく!!」
「じゃあそう言えばいいじゃないか。あいつに。」
「そ、そう言いたいんですけど……。で、でも……そろそろあたしも腹を括る時なんじゃないかって思ってもいて……」
「はっきりしないねぇ……。」
「だ、だからここで悩んでいるんですってば!柄にもなく神頼みなんかして……」
ああ……。改めて口にするともやもやが増してきた。胃が痛い。
せっかく一歩踏み出したと思ったらまたこれって……。なんなんだあたし!!
「そ、それで……。あの、伴はどんな感じなんですか?」
「気になるんだ?」
「そ、それは!まぁ……。」
「そうだねぇ、すっごく浮かれてたね。」
「え!?」
「まぁ、好きな子に『好き』って言って貰えたわけだしね?」
「うっ!?だ、だからそれは……」
「けど……少ししたらさ、何か急に落ち込みだしてね。あいつらしくもないだろ?」
「…そ、そうですね。」
伴が落ち込むところなんて想像出来ない。あたしに『イケメン嫌い』とか言われて常に落ち込んではいるけど。
「えっと……それってやっぱりあたしの?」
「だろうね!ま、あいつも男のくせにうじうじしてんのが情けないんだけど。あはは!そんな思いつめた顔するんじゃないよ!」
豪快に笑うと、茨さんは思い切りあたしの背中を叩いた。かなり痛い。この人も華奢に見えて緋乃並の怪力の持ち主なのかもしれない。
「……あの、茨さんってその……今までお付き合いした人とかいるんですか?」
「え?なんだい急に?まぁ、いるけど……」
「ええ!?そ、それは今も!?」
「今はいないよ。あたしは男より仕事が好きだからね?あとは可愛い女の子とか?」
「つ、付き合ってたってまさかそれは同性……」
「あはは!!面白いねぇ!あんた!!けど外れだ。男とお付き合いしてたよ。まぁ、中身は女みたいに繊細なとこもあったけど……」
「はぁ……。」
繊細な美男子ってとこだろうか?なんか想像出来ない。なんかこう…頼もしいマッチョな男性とか、ロッカーとかが似合うし。あたしの偏見だけど。
「何?あたしの恋愛を参考にしたい?」
「ま、まぁ……」
「あはは!やめときな!!ろくでもない想い出だからね?」
「そんな酷い人だったんですか?も、もしかして……付き合っていた人って凄いモテてイケメンだったんじゃ……!!」
「まぁ、そうだね。」
「わ、わかります!!わかりますよ!茨さん!!あたしも元カレがイケメンででも実は友達と二股掛けるとんでもなくクズな野郎で……!!そこからあたしイケメンとかアイドルとかもう大嫌いというか生きてる価値無しくらいに思っていて!!」
「……あんた若いのに苦労したんだねぇ。あれ?じゃあなんで
「紫乃さんは……紫乃さんなので大丈夫なんです。」
「なんだいそれ?ま、別にいいけどね。で?あんたどうするんだい?」
「え?」
「伴だよ。このまま『無かったことにして!!』ってお願いでもするのかい?」
いきなり本題に戻され、あたしは一瞬間の抜けた声と表情で首を傾げてしまった。
そうだ、脱線しかかってたけど……。早くこの問題をなんとかしないといけないんだった!!
「……やっぱりだめですよねぇ。」
「じゃあもうあれだ!あんた達付き合え!!」
「はぁ!?友達と同じことを……。簡単に言わないで下さいよ。」
「だって話聞いてると『面倒臭ぇ~!!』って感じなんだよね?正直イライラするわ。」
「笑顔で何てこと……。紫乃さんとそっくりですよ、それ。」
「一緒にすんじゃないよ。襲うぞ?」
「す、すみません……」
あ、うっかり言葉が口から……。
茨さんの『襲うぞ』と言った時の声と目が凄く怖かった。目力がある人なので尚更。
「…参考になるかはわかんないけど。」
「はい?」
菊里ちゃんを抱き上げ、茨さんは立ち上がるとあたしを見下ろした。その表情はいつもの不敵で悪戯な感じではなく……メイクが薄いせいかいつもと恰好が違うせいか……穏やかで優しい表情に見えた。
この人、こんなちゃんとした表情も出来るんだ……。
「自分を守ってばかりじゃ前には進めないよ?たまには一歩踏み出して冒険してみるってのもいいんじゃない?」
「……冒険。」
「そっ、冒険。あんた確実に前には進めてるんだからさ。ほら、歌だっけ?上手に堂々と歌えてたじゃないか。」
「そうですけど……」
「大丈夫!あんたならきっと大丈夫だって!!何かあったらあたしがあの
ニッと笑うと、茨さんは乱暴にあたしの頭を撫でた。本当に行動が男らしい。
「上手く行っても行かなくても人間って意外と丈夫なんだよ。落ち込んでてもいつの間にか開き直って元気に生きてる。」
「そうですねぇ……」
「だろ?それに先に惚れたのはあっちなんだ。なら、品定めしてやるって気持ちで付き合ってやるのも面白いだろ?ほら、惚れた方が負けってね?」
「そ、そんな尊大な……!」
「ま、決めるのは蕾だ。あたしが決める権利はないけど。付き合ってみてわかる事もあるんじゃないの?」
「……わかること……ですか?」
「そうだね。例えば……相手の意外な素顔とか?」
「ありがちですね、それ。」
茨さんの典型的な答えに呆れながらも、あたしは笑ってそう言った。
あたしは答えを出すことに気を取られ過ぎていたのか……。でも『とりあえず』で済ますのはやっぱり……相手にも申し訳ない気がするのは事実で。
結局答えは出ないけど、あたしの気持ちは少しだけ軽くなったのは確かだ。この男らしい
お姉さん
のおかげで。