第4話 嫌な奴ほど再会率は高いと聞くが…
文字数 8,370文字
土曜の朝、この日は学校も休みだったのでゆっくり眠っていようとベッド中でゴロゴロしていたのだが…
「いやぁ、ごめんね蕾ちゃん。受験生なのに働かせちゃって!」
「謝るならもっと申し訳なさそうにしてくれませんかね?」
埃っぽい室内に並ぶレトロな木製本棚とそこに納まる沢山の古書。アンティーク調の木製のカウンターにレトロなディスクライト。充満する古いインクと書物の匂いが落ち着く。
そして……床に積み上げられているのは本、本、そして本……。
あたしはその束を持ち上げ、全く悪びれた様子もなくいつもの爽やか素敵スマイルを浮かべている紫乃さんへと渡した。
ここはスマイル商店街にある古書店『
そのお祖母さんが亡くなってから五年。ずっとそのままの形で閉じられていた店を紫乃さんが再オープンするとかであたしはこうして半強制的に手伝わされているわけだ。
お母さんが紫乃さん贔屓だから本当面倒くさい。この人マダムキラーとして昔から名高かったからな。どうやらそれは今も健在らしい。
「忍!あんたもだらだらしてないで手伝ってよね!?もう邪魔だし!!」
あたしが駆り出されるということは当然忍も駆り出されているわけで…この無駄に長い脚を伸ばし本の山の一つに腰を下し早くも休憩タイムに入っている忍を見て、あたしは蹴り飛ばしてやりたくなった。
こいつが役に立たないからあたしまで手伝う羽目になったに違いない…この自由人め…!!
「そうだぞ忍。なんのためにお前呼んだと思ってるんだよ?女の子の蕾ちゃんにこの重たい本全部運ばせるつもりか?」
「紫乃も男じゃん。それに蕾は男並みの力あるから問題ないし…俺の出る幕じゃないって。」
「…あのなぁ…お前ね……」
「それに何かあったら大変だし…ほら、俺手は商売道具だから。」
「それは俺も蕾ちゃんも一緒だよ。」
「原稿くらいいい加減手書きじゃなくてパソコン使えよ?今時手書きって珍しくね?」
「俺は手書きが好きなの。精密機器とは相性良くないしね…ガラケー使いこなすのでお兄さんは精一杯なんだよ。」
紫乃さんはアナログ人間だ。スマホが普及する現代において未だガラケーを愛用し、文章作成は勿論手書き。万年執と原稿用紙を愛する今時珍しい若者なのだ。
スマホを使ったらと提案してみたら『タッチパネルは認めない』と訳の分からない言い訳をして断固拒否されたし。家も純和風な古めかしい民家だし。元々は彼のお祖母さんの家だけど。
「…そういや緋乃っていつこっち来るの?蕾お前なんか聞いてねーの?」
「聞いてねぇわよ。てかあんた一緒の学校行ってるなら知ってんじゃないの?」
「知らね…つかあいつ今スゲー機嫌悪いから近寄りたくねぇ…」
「あんたが怒らすような事したんじゃないの?」
「は?してねぇし。俺があいつ好きなの知ってんだろ?」
「あんたが好きな相手ほど意地悪して追い詰めて喜ぶタイプだってことも知ってるけど?ま、あたしにゃ関係ないし。そのうちふらっと来るって。」
こうしてくだらない会話をしている間も、あたしはテキパキと働いていたが、忍は相変わらず微動だにしない。
はぁ…こんな無駄に顔が良い奴が得するんだよね…世の中…。もうこいつに関しては諦めてるからいまさらどうこうしようとか考えてないけど。
紫乃さんは相変わらずいつもの大正ロマンスタイルだし。あの恰好で良くあんな俊敏に動けるな。さすがだ。
「ふ~…綺麗になったぁ~!」
「本当に…」
朝(早朝六時から強制参加)から店内の整理整頓などすること数時間…元通りになった時には既に昼を回っていた。
「お疲れ様、蕾ちゃん。本当助かったよ。ありがとう。」
「感謝してくれるならお礼に何かご馳走してください!」
「勿論。可愛い女の子に手伝ってもらったからにはちゃんとお礼はするよ?はい、とりあえずお茶どうぞ。」
床にへたり込んだあたしの前に屈むと、紫乃さんは笑顔で冷たいお茶を差し出してくれた。カランとグラスの中で鳴る氷の音が涼し気で癒される。
今日は五月だというのに暑い暑い。まるで初夏の陽気。忍は一年中半袖だけど、あたしもさすがに今日は半袖。紫乃さんはあの恰好で汗一つ流していないから怖い…。
「そう言えば…あれからどうなった?有沢君とは会ってるの?」
「会うわけないじゃないですか…連絡先も知りませんし一ミリの興味もありません。」
「やっぱり?でも、ちょっと勿体なかったんじゃないかな?彼一応人気の芸能人だしさ。現役の女子高生なら憧れる存在だろ?」
「紫乃さんはあたしの何を見てきたんですか…?アイドルイケメンお断り!!それがあたしのモットーですよ?大体、顔が良い奴なんて皆中身はこんなんなんですよ!こんなん!!」
いつの間にかカウンターで眠っている忍を指さし吐き捨てた。
だって…現に有沢伴も最低最悪な奴だったし。忍の方がまだ可愛げがあるように思えるくらい…。
「いやいや、忍は特殊だから。アイドル全般がこんなだったら俺嫌だよ…」
「…た、確かに…。け、けど!!本当最低な奴だったんです!紫乃さんは面白おかしくお母さんから話を聞いただけだから理解し難いと思いますけど!!緋乃に愚痴ったらちゃんと親身に話し聞いて慰めてくれましたよ!!」
「さすが俺の妹さんだね。でも愚痴だったら俺に言えば良いのに。話聞くことくらいいつだって出来るよ?」
「紫乃さんに話したら余計ややこしくなる気がしますけど…どうせ今だって面白がってるんでしょ?忍と言い他人事だと思って本当…どいつもこいつも…!!」
暑さのせいかあたしの怒りは絶好調だった。いや、怒りで絶好調って表すのもおかしいけど…
「まぁ…面白いよね…。正直話聞いたときは大笑いしたよ。」
「やっぱり!!」
「…けどね。過ぎたことにいつまでも腹を立てても仕方ないんじゃないかな?蕾ちゃん、やること考えること沢山あるだろ?」
「あ、ありますけど……」
「じゃあもう忘れよう!気持ちの切り替えも大事だよ?あいつ見てみなよ?思うまま自由のまま生きてるだろ?」
「…あれはあれで周りに迷惑かけまくりじゃ…」
「まぁそうだけど…緋乃が帰ってきたらまた色々大変だろうし、何かあった時は俺がいつでも聞くからさ。蕾ちゃんには俺結構感謝してるんだよ?」
「え?別にあたし何もしてませんけど…」
「…まぁ、自覚していないならそれはそれで蕾ちゃんらしいから良いんだけどね。」
苦笑しながら紫乃さんは何か諭すようにあたしの肩をポンポン叩いた。
と、そんな時だった…急に外が騒がしくなったのは…
「なんでしょう?お祭りでもないのに…」
「さぁ…覗いてみようか?」
不思議そうにお互い首を傾げると、窓からそっと商店街の様子を伺うことにした。
いつもの商店街の風景…かと思いきや…
あたしはいつもと違う何かを目の当たりにした瞬間に凍り付いた。
な、何故ローカル商店街にあれが!?
「…蕾ちゃん?大丈夫?」
思わず気が遠くなり数歩よろけると、紫乃さんがさりげなく受け止めてくれなんとか留まった…
「…紫乃さん…ちょっとその本であたしを思い切り殴ってくれますか?」
「ん?何言ってんの?蕾ちゃん?」
混乱し呆然としたあたしの発言に笑顔で対応する紫乃さん。そして手近の分厚い本を押し付けるあたし…
「…い、いいから!!早く!早くこの店一番の分厚い本で一思いに殴ってください!!」
「いや、しないから。お兄さん女の子に手は上げないから。」
「分かりました…紫乃さんがやらないならあたしが!!」
「ま、待って!!落ち着こう?とりあえず落ち着こうね、蕾ちゃん。現実を認めたくないのは分かるけど落ち着こうか?ほら、それお兄さんに渡しなさい。」
ガスッ!!
動揺するあたしを宥める紫乃さん…そんなやり取りをしていると突然後頭部に衝撃が走った。
重い何かで思い切り衝撃を与えられ、鈍い痛みを頭に感じ…同時目の前がチカチカした気がした。漫画の様に目から星が出る…そんな感じだ。
「忍!!いきなり何やってんだよ!!」
「だって殴れってうるせーし…とりあえずこれで殴れば黙るかと…いけねーの?」
「女の子の頭を広●苑で殴るって…お前…」
あたしの要求に応えたのはさっきまで眠っていた忍だった。迷うことなく手近の分厚い辞書で…
普通なら怒鳴って抗議することろだが、あたしはこの瞬間だけ忍に感謝した。おかげでなんだかスッとして何か吹っ切れたような気がしたのだ。
ふらりとよろけ…紫乃さんに抱えられ…
「ふ、ふふ…そうですよ…別にもう関係ないんですよね?いや、初めから何の関係もないんですよ…は、ははは…」
「あ、壊れた…」
「お前のせいだぞ?」
ふらふら何かに取り憑かれたように数歩歩くと…本棚に思い切りぶつかりまたよろけ…
「何あいつ?新しい芸?」
「忍…」
「つか外もうるせー…」
と、ここでようやく外の騒がしに気づいた忍がドアを開けると…
「お!人が出てきましたねぇ!!しかもイケメンですよイケメン!!」
と、やたら明るい女性の声がした…かと思えば中にどっと人が入って来た。カメラを構えた人やら音声マイクを掲げた人やら…そしてやたら煌びやかなオーラを纏った人達やら…
「あ?何?」
そんな異様な空気の中でも動じないのが忍。思い切り不機嫌そうに眉根を寄せ愛らしい顔をした女性リポーターへ掴みかからん勢いで思い切り見下ろしていた。
このリポーター見たことある。確か今売り出し中のタレントのみかりんこと
と、一瞬ミーハーな気持ちで舞い上がったが、あたしは即座に店の奥へと身を潜めた。
明らかに見た目だけはイケメンの忍にうっとりしている綾原さん…その後ろに控える忘れがたきにっくき姿…!!
「実花子さん食いつき過ぎですって。困ってますよ?」
と、紫乃さんに負けず劣らずの爽やかスマイルを浮かべる人気アイドル…あの有沢伴の姿!!その隣には落ち着いた雰囲気のイケメン…相方の
な、なんでこんなことろに…!?星花町ってそんな有名な場所だっけ??有名なスポットなんてあった??
「わぁ~!!見て見て!!こっちにはイケメンの書生さんが!!こんにちわ~!!」
「こんにちわ。すみません…ここはまだ準備中なので…」
さすが紫乃さん…急な軍団にも動じることなく爽やか好青年対応だ。おかげでさっきまで忍にうっとりだった綾原さんは一瞬にして紫乃さんの虜になったようだ。
どうやら『ぶらり訪問旅』とかいう番組の収録らしい…。突然やってきてロケをするというあの…あたしも何度かテレビで見たことあるけど。
まさかこんな辺鄙なところにまでやってくるとは…テレビ怖い…!!
「へぇ~!!古本屋さんなんですねぇ!!凄く沢山の本がありますよね?え!?店長さんなんですかぁ!?その服装って制服ですかぁ?」
と、綾原さんはノリノリでロケを続行していた。目の前の人物が今人気の作家、東雲青嵐先生だとも知らずに…。
紫乃さんこと東雲青嵐のプロフィールは非公開なのだ。詳細も顔写真も一切無しの謎に包まれた作家なのだ。
「わ!!これ絶版になった『今昔の街』だ!こっちは…」
と、いきなり興奮気味に本を手に取ったのは有沢伴…の相方の九条時。テレビでは年の割に落ち着いた大人な雰囲気を漂わせているイメージがあるけど…こんな顔もするんだ。
「時君本好きなんだぁ?」
「はい、俺昔から暇さえあれば本読んでいて。最近は東雲青嵐先生の『紅蝶』とか好きなんですよ。俺いつか会ってみたいんですけどね!」
「あ、俺も俺も~!!あの人の文体って凄く綺麗で文を読んでいるって言うよりは絵巻物を見ている感じで…」
と、本人を目の前にして絶賛しまくる人気アイドルAZURE。
あれ??紫乃さん…なんかちょっと照れてません?嬉しそうだな…。
しかし目の前の書生スタイルのイケメン爽やか好青年が本人だとは思ってもみないだろう…夢は叶っているのに…
「…あ、忍逃げてきたんだ…」
「俺香水臭いの嫌い…気持ち悪い…」
店の奥から様子を伺っていると、忍がふらふらやって来た。彼は嗅覚が異常に良いのだ。だから匂いには人一倍敏感なのだ。
…にしても。早く出てってくれないかな。いつまでも居座られてちゃお腹すき過ぎて倒れる…。
今さりげなく出て行っても絶対バレるだろうし…出口は一つしかないから。
ちなみにあたしが身を隠しているのは余分な書物など保管しておく物置スペース。店との間はカーテンで遮ってあるのでその隙間から覗いている状態だ。
紫乃さんも内心早く出てけと思っているだろうに。ああ見えて目立つのは嫌いなのだ。あんな恰好を好んでしておきながら。
後ろでぐったり死んでいる忍を他所に、あたしは有沢伴の方へ注目して見た。
あいつ、紫乃さんの本読むって言ってたのは本当っぽいけど…本当に日常的に読書なんかする奴なの?どう見ても小説より少年漫画って感じだろ…知的アピールですか?
と、ちょっと偏見的な目でじっと観察…少しどす黒いオーラを放ちながら。
確かに普通に見れば人気アイドルだけあってイケメンだ。それにあのお見合い時と違ってばっちり流行りの衣装を着こなしスターオーラを放っているせいもあり、あの時とはまるで別人のようだ。
そもそもあれは本当に有沢伴だったのか?あのジャージにダサいニット帽に突っかけ履いて現れたチャライ男が?でも声は同じだし背丈だって……ってあたしは探偵か!?
考え悩んでいると、ふと視線を感じた。テレビのスタッフらしき人達の背後に控える堅気とは思えぬオーラの男性……あ、あの人は!?
あたしが気づくとその人…有沢伴のマネージャである黒沢さんは微かに微笑むと遠慮がちにお辞儀なんかしてくれた。相変わらず礼儀正しい紳士だ。
黒沢さんと言えば…あの見合いの後も本当に申し訳ないことをしてしまったと菓子折りまで用意して家まで謝罪に来てくれたっけ。強面の外見とは正反対な誠実な人だったな。本当に、この人が見合い(実際見合いじゃなかったけど)相手だった方がまだ良かった。
「は~い!一回CM入ります!!」
スタッフのその声とともに撮影がひと段落したらしい…。カメラが止まると人が変わったように態度を変えるのか…と思いきや、有沢伴を初め他の二人も変わらずにこやかな態度で談笑しているのに驚いた。
ネットの噂じゃあの綾原実花子ってかなり性格悪くて裏表あるって話だったけど…うちの学校でも噂になって嫌われてる率高いし。
「すみませ~ん!ちょっとお手洗い貸していただけます?」
なんてちょっと恥ずかしそうに苦笑しながら紫乃さんに聞いてるし…。う~ん…男の前だと態度良いとか??別にどうでも良いけど。
「え?こっちに…あ!あのカーテンの裏ですか??」
と、綾原さんは笑顔でこっち側…つまりあたしの隠れている場所を指さしたのだ。
慌ててあたしは皆が注目する前に身を隠した…。あ、危ない危ない…ばれたらきっとろくな事にならない。
「あれ?なんか今…」
「あそこは物置なのでちょっと…お手洗いはあちらですよ?」
「あ!そうなんですね!?嫌だ私ったら!」
首を傾げる綾原さんに紫乃さんは笑顔で隣のドアを指さし誘導してくれた。
ナイスフォロー紫乃さん!!さすがです!!
ぐっとガッツポーズを取り安堵のため息を吐くと…いつの間にか復活した忍が面白そうにあたしを見ていた。
わ、悪い顔だ!?これは絶対ろくな事考えてない顔だ!!
「何?お前あいつにバレたくないの?そっかぁ…へぇ~…」
「し、忍…!!何か余計な事したらぶっ飛ばすよ!?」
不敵に笑う忍に、小声で釘を刺す…が、こんな脅しで屈するような可愛い奴ではないのが忍だ。
「俺ちょうど退屈してたんだよな…」
「寝てて!退屈ならその辺に転がって寝てて!!頼むから!!」
「さっき十分寝たからなぁ…そろそろお前の慌てふためく様子見たくなって来たし…」
「変な気起こすな!!」
「人聞きの悪いこと言うんじゃねーよ…俺、退屈すんの嫌いなの知ってんだろ?そろそろお前に楽しませてもらわねーと…」
「だ、だからやめろ!!」
あたしの動揺っぷりを見て、彼の中のドS心に火が付いたらしい…忍は退屈が嫌いだ。自分が楽しめれば良いというとんでもなく迷惑な奴でもある。ついでに人の慌てふためく姿を見るのが大好きだ。
しかし…ここで殴りかかると大げさに騒がれそうだし…かといって何もしないとそれはそれで好き勝手自由に振り回されそうだし…
紫乃さんに助けを求めたいところだが彼は今皆さんの対応中で忙しい。それに一度スイッチが入った忍は面倒くさい。やると言ったら実行する男だ。獲物に狙いを定めた猫の様に…。
「分かったわ…好きにしなさい…」
「言われなくても…うっ!?」
プシュッ…
懐からある物を取り出し、忍に向かって素早く一吹き…
ふっ…こんな事もあろうかと静乃のお土産を持ってきて良かった。おフランス土産の香水を!!
「…ふんっ、あたしを怒らすからよ?そこで死んでなさい…」
「……」
ダメージ絶大…ドSもさすがにこれにはノックアウトか。ざまぁみろ!!あはは!!足元で蹲り唸る忍を見下ろすこの気持ちの良さ!
「あははは!ざまあみなさい!!良い光景だわ!」
「て、てめぇ…」
「せいぜい這いつくばって後悔するがいい…うわっ!?」
優越感に浸り仁王立ちして見下ろすと、忍は力を振り絞りあたしの足首を掴み…ゆらりと起き上がると…
「殺す…絶対殺す…」
「も、もう死にかけてる!!」
怒りのスリーパーホールド…しかも手加減無しだ。華奢なもやしっ子に見えて意外と力があるのがまた嫌だ…しかしあたしも負けじとアインクローをして抵抗した。
「痛てて…!」
「ぐ、ぐるじぃ…」
お互い地味なプロレス技を仕掛けていると…突然、カーテンが開かれた。いや、正確にはカーテンが落ちたのだ。騒ぎ過ぎた衝撃で…
それはまるで舞台の幕が開かれたよう…一瞬にして向こう側の世界が開かれたのだった。
勿論あたしは硬直した。忍に本気のスリーパーを決められながらも…
最悪だ…!!
「あ!さっきのイケメンさん!!ということは…この子は彼女?」
と、そんな時現れたのはお手洗いから出てきた綾原さん。この状態でどこをどう見ればそんな解釈が出来るのか理解に苦しむ。
「わぁ~!!背高いねぇ!?モデルさんみた~い!」
と、無邪気にあたしに近寄り可愛らしい笑みを浮かべ瞳を輝かす…硬直するあたしの心中なぞ知らず。
紫乃さんを見れば笑顔で『しょうがないよね』と語らんばかりの目をしている…
そして…有沢伴は…
一瞬あたしの姿を見て驚いた様子を見せたが…
「そろそろ再開しま~す!!」
スタッフのそんなタイミングの良い掛け声とともに、何事もなかったかのように撮影へと戻っていった。
あたしのことなどまるで知らないかのように…
な、何なのあいつ??ひょっとしてあたしの事忘れてる??
なんだか納得いかない!!いや、騒がれるのが嫌だから隠れていたからこれで良かったわけで…
けど……
テレビで見るようなアイドルスマイルを浮かべロケをする有沢伴を見ながら、あたしはもやっとした気持ちになった。
何これ?あいつにとってあの出来事は本当にどうでも良くて、あたしもどうでも良い存在だったって事?記憶にすら残らない出来事だったって事??
なにそれ!納得いかない!!
けど……もっと納得いかないのは………
あたしのこのもやっとした気持ちだった。
あたし、なんでこんなに腹が立っているんだろう?