第23話 ハシビロコウには注意せよ!!
文字数 4,848文字
「マジっすか!?マスターってむめ乃さんと同い年で幼馴染なんすか!?」
宮園家ではお馴染み、アイドルだけど普段はオーラゼロ無し男の有沢伴。オフだと相変わらずゆるゆるスタイルだ。髪も毛先が跳ねてお洒落なのか癖毛なのか分からない。
「ああ、俺よりも珠惠の方がむめ乃と仲が良くて…あいつから余計な事を吹き込まれたりしないか心配だよ。俺は…」
と、相変わらずの心配性…。伴と向かい合い座るのは星花町スマイル商店街の喫茶店『金木犀』のイケメン店長の聡一郎さんだ。今は私服姿だが、相変わらず恰好良い。
「聡ちゃんたら心配し過ぎだよぉ~!!珠ちゃんに嫌われちゃうよ?」
聡一郎さんの隣に座り、大きな瞳をくりくりさせ眉を顰めるのは同じく『金木犀』のマスコット的存在の凛さん。相変わらず成人男性に思えぬ美少女っぷりである。
「そうですよ聡一郎さん。むめ乃さんなら心配ないですって…。そんな風に干渉ばかりしていたら珠ちゃんに本当に愛想尽かされちゃいますよ?」
伴の隣に座り爽やか素敵スマイルを浮かべるのは、今を時めく人気イケメン小説家にして祓い屋…そしてスマイル商店街の古書店『青嵐堂』の若き店長でもある紫乃さん。人の事言えませんよ紫乃さん?
と、まぁ…こんな感じであたしにとってはご近所さんの集まりの様に見えなくもないが、きっと傍から見たら立ち止まって見ずにはいられない程眩し過ぎる面子に違いない。
しかもうち二人は有名人なのだから…。
何故こうなったか?
それは…聡一郎さんに家まで送ってもらう途中、何故か突然現れた伴。当然彼を引きずりつつ我が家に帰宅したのだが…
久しぶりに見る聡一郎さんの良い男っぷりに見惚れた母、美空が無理矢理引き止め家の中に引きずり込み…当然伴もご一緒にという事になり…
リビングのドアを開けば…まぁ!何という事でしょう!!
そこには我が家で保護している愛らしい美少女顔の美青年、凛さんと人気イケメン作家の東雲青嵐こと紫乃さんが仲良くお茶を飲んでいるではありませんか!?
と、まぁ…そんな感じで今に至る。
というか…紫乃さん静乃を駅まで送って行ったはずなのに…早すぎやしませんか??
しかも…また更にこの宮園家のリビングを華やかにする人物が現れたのだった。
「凛ちゃ~ん!大丈夫?怖いお兄さんに下着盗まれたんだってぇ~?」
グレーのスーツをビシッと着こなした長身の男性、整った顔立ちからは考えられない間の抜けた喋り方、醸し出す緩すぎる空気…
彼は我が町の治安と平和を守る星花署の刑事、
しかもこの人…聡一郎さんの元上司で相棒でもある。性格は真逆なのに何故か相性は良かったとか。
「正ちゃん!もう!!大きな声で下着盗まれたとか言わないでよ!!」
「え~?そんな恥ずかしい事かなぁ…おじさん分かんないわぁ…」
「恥ずかしいよ!!しかも使用済みの洗濯前のだよ!?しかもブリーフ!トランクスもあったのに敢えてそれだよ!?」
「マニアックなストーカー君もいるからねぇ…ま、おじさん気持ちは分からなくもないよ~?」
千石さんは自分で自分の事を『おじさん』と言う。まだまだ見た目お兄さんの人が何を言っているんだと思うが…
「もう!正ちゃんまでキモイ事言わないでよね!!ぶっ飛ばすよ!!」
「わぁ~!凛ちゃんこわ~い。聡君助けて~!」
「…正さん、いい年して何やってるんですか…。俺の後ろに隠れないで下さい。」
「幾つになっても殴られるのは怖いもんだよ~?特に嫁さんとか…ああ、元だけど…」
「それ、正ちゃんが殴られるような事したからでしょ!」
「…同感です。あなたがそんなんだからあの人も…良い人だったのに…」
千石さんが離婚したのは二年前程になる。あたしも彼の元になるが奥さんを見かけたことは何度かあった。花屋にも結構買いに来てくれたし。
何と言うか…花の似合う綺麗で可憐な女性だった。こんなゆるふわ刑事には勿体ないくらい素晴らしい女性だった記憶が残っている。千石さんは出会った時からこんなんだったから尚更。
「おじさんにも色々事情があったんだよ~…憶測で物事を決めつけるのは良くないよ~?ねぇ?紫乃ちゃん?」
「…え?すみません。聞いてませんでした。」
「あ、今わざと聞いてなかったな…おじさんちょっと分かっちゃたぞ~…」
紫乃さんに爽やかな素敵スマイルでそう言われると、千石さんは少しだけ寂しそうに俯きお茶を飲んだ。
ああ、なんか哀愁が…。
「あれ~?なんか新顔君発見~!!イケメンじゃん!」
「あ…見つかってしまいましたか…ちっ…」
そしてすかさず伴に視線をロックオンする千石さん。
どうしよう…。千石さんもゆるふわおじさんでも警部!伴の正体がバレてうっかり話でもしたら…
舌打ちし、あからさまに面倒臭そうに呟いたあたしだったが、内心はひやひやであった。
今更真実を言ったところでまたドタバタ要素が増えるだけ!!凛さんのストーカーで慌ただしいって言うのに!!
「…何?あのゆるふわっとしたイケメン?」
「近所の警部さん。」
「け、え!?ま、マジか!?」
「不安に思うだろうけどこれが星花町の現実よ…」
小声で尋ねて来た伴にあたしも小声でそう返してやる。
まぁ、あの人が警部さんなんて誰も思わないよね…
伴の最もな反応を見ながら、あたしは同意するように深く頷いた。
「ほ、星花町の治安はあのゆるふわ警部さんに一任されてるのか…」
「ゆるふわだけどやる時はちゃんとやるから大丈夫…千石さんはやれば出来る人だから。」
「おお!?銃撃ったり、アクション俳優顔負けのリアル追撃アクションを…!?」
「そんな千石さん見た事ないけど…」
あのゆるふわおじさん(近所の子供達にはそう呼ばれている)が激しい銃撃戦したり、壁やらフェンスやらをひらりと飛び越え華麗に犯人を追撃する姿すら想像出来ないぞ?あたし??
むしろ壁を一生懸命乗り越えようとして腰をぐきっとやったり、銃を手品用の銃と間違えてゆるふわっとした対応をしている姿の方が想像出来る…。
ああ、なんか想像しただけで…面白すぎる…
「それより正さん、家に帰らなくて良いんですか?蛍ちゃん待ってるでしょう?」
「ほ~たんは今日ママの所にお泊りなんだよねぇ…おかげでおじさん寂しくて死にそう…聡ちゃん今夜泊めてよ~?」
「我が家には一歩たりとも上がらせませんよ…珠惠に何をするか…」
「だって珠ちゃん小さくて可愛いから蛍に似てるんだよ~…ああ、なんかすごく抱きしめたい!!」
「その前に俺があなたを絞め落とします…珠惠には指一本触れさせない…」
あ、聡一郎さん…目が本気だ…
鋭い眼光が恐ろしい…さすが元刑事さん…!!
「駄目だよ!珠ちゃんに何かしたら俺も許さないからね!!」
「じゃあ凛ちゃんおじさんの抱き枕になってよ~…夜は寂しいんだよ~…」
「絶対嫌!この年で加齢臭まみれになりたくないもん!!」
「か…え?おじさんそんな臭い?マジかぁ…ちょっとつ~ちゃん俺臭い?現役女子高生の君が代表しておじさんの匂いを…」
ドカッ!!
「つ~ちゃんにも駄目!も~!それセクハラだよ!!」
確かにそうだ…!!
迫り来る千石さんの頭に一発…。凛さんの逞しい回し蹴りが決まった。
腰に手を当てて千石さんを見下ろす姿も可愛らしい…
「それだけ元気があれば心配ないな、俺は帰るよ…。ほら、正さんもちゃんと歩いて下さい!」
「嫌だぁ…おじさんまだここにいる~!!」
「良い大人が何駄々こねてるんですか…!本当この人は…」
本当に駄々をこねている千石さんの襟首を引っ掴み、聡一郎さんは深いため息を吐きながら廊下を慣れた様子で引きずって行く…
ああ、この光景…なんか昔を思い出すな…。
まだ聡一郎さんが現役で、皐月夫妻が生きていた頃の…
千石さんは毎日の様に金木犀に顔を出して入り浸っては、聡一郎さんが迎えに来て怒鳴りつけてたんだよね…。
どっちが上司で部下なんだかって。
「あはは!何あの人ウケるんだけど!」
「笑ってられるのも今のうちよ…ね?紫乃さん?蛍ちゃんは可愛いけど…」
「うん…蛍ちゃんは可愛いよ、凄く…。本当あの父親からあんな可愛くてしっかりした子が…」
まだ駄々をこねている千石さんの様子を見ながら、紫乃さんも深いため息を吐いて苦笑を浮かべていた。
面白がって大笑いしている伴を他所に…
「つ~ちゃん!!おじさんは…おじさんは寂しい!!」
「うわっ!?」
何をするんだこの人は?酒でも飲んでいるのか??
聡一郎さんを振り払い、こちらにやって来たかと思うと…。千石さんはいきなりあたしに抱き付いて来た。
はぁ…この人は全く…懲りないんだから…
「…俺はねぇ…この世から争いをなくしたいんだよぉ…おじさん平和が好きなんだよ~…」
いや、だから何をいきなり?世界平和なら誰でも望んでますが??
抱き付き崩れ落ちると、あたしも自然とそうなる…。この人いつも人に体重預け過ぎなんだよね。
「…ストーカーとかさぁ…本当おじさん嫌悪してるんだよ?だってさぁ、可愛いほ~たん(蛍ちゃん)が成長したら絶対超絶美女になっちゃうじゃん?そしたら絶対絶対ストーカーとか変な輩がやって来るじゃん?」
「まぁ…蛍ちゃんは美少女ですが…今でも…」
「そうなのよぉ!おじさんそんな可愛い可愛いほ~たんをさぁ、世の男共の目に触れさせたくない訳なのよぉ~!もう本当毎日気が気じゃないものぉ~!!」
「気持ちは分かりますがお父さん通り越してオネエさんになってますよ?あといい加減離れて下さい、蹴り飛ばしますよ?」
ああ、この人ここに来る前何倍か引っかけて来たな…絶対。
確かに千石さんの愛娘の蛍ちゃんは超可愛い。フランスのお人形さんの様に長いまつ毛とふわふわな髪をし、フリルのドレスが似合いそうなくらい。
蛍ちゃんが来れば紫乃さんだけならず、緋乃やあの忍までメロメロである。
「そんな事言わないでさぁ…ちょっとおじさんに付き合っておくれよ~…」
「千石さん、なんかおじいちゃんになってます…」
「そりゃあさ、君みたいなイケメン君ならおじさん一億歩譲って良いわけよ…!!」
と、そこで伴を見上げ指をさす…。あの有沢伴と知ってか知らずか分からないけど。
そう見上げて…指をさして…じっと見つめる…。伴を…。
「な、なんすか?」
「…あれ~?君なんかどっかですごぉ~く見た気がするんだけど…。ん?どっかで会ったっけ?」
「いや、記憶にありませんけど…」
「ん?本当ぉ~??なぁ~んか見た事あるんだけどさぁ…おじさんに嘘ついてない?大丈夫?」
「いや、マジでないんで…」
ついにはあたしから手を放し、千石さんは立ち上がりまじまじと伴を見つめ始めた…
その顔は…さっきまでのゆるふわ悪酔いおっさんからは考えられない鋭い顔…。まるで刑事その物だった。
ま、さまかの千石さんの警部部分覚醒か!?なんでこんな急に!?
伴も今更バレる訳にもいかないと思っているのか、何とか誤魔化そうとしている。
「…正さん、桐原君にまで絡んで何してるんですか…」
「聡、この子さぁ…やっぱどっかで見た事あるよねぇ?」
「は?見た事も何も…彼は
「…アイドル志望のお友達ねぇ…ふ~ん…」
「何がそんなに不満なんです?」
「…いやさぁ、彼…桐原君?あれ…今人気の…あ~…何だっけ?ああ、そうだ!!AZUREの有沢伴にそっくりだなぁ…なんて思って。本人だったらマジラッキーだなぁ…って。」
バレとる!?さ、さすが『星花署のハシビロコウ』!!普段ゆるふわに見せておいて、いざって時のこの鋭さ!!恐るべし千石正宗警部!!
ズバリと確信を突いた千石さんは相変わらずゆるふわ調だったが、伴を見る目は鋭かった…
そして一同沈黙…
どうする!?ついにここでバレるのか!?