第48話 どこでもいつでも、ふたりは通常運転です。
文字数 5,339文字
すっかり落ち着きを取り戻したあたしは、オレンジジュースを幸せそうに飲んでいる伴に呆れながら尋ねてやった。
こいつどんだけ好きなんだよ。みかん。美味しそうに飲むなおい。オレンジジュースのCMの依頼とか来そうだぞ?
ちなみに場所は前回と同じく。人気の無い教室棟の一室である。我が校でも一番古い建物なのでレトロな雰囲気が漂い、少しかび臭い。
「あ?ああ、それな!『突撃!あなたの日常ライフ!!』って番組知ってるよな?ほら、有名人が突然やって来てアポ取って取材するっていう。」
「あ~、あれ?そう言えば!!この前は新様がゲストで…あのコーラス倶楽部の奥様方が羨ましかったのなんのって!!」
「…あ~…うん。それね。」
「ま、まさか!?新様!?新様も来ているの!?マジか!?」
「来てねぇよ!!急にソワソワすんな!髪形とかチェックしてんし!!」
「この間前髪切り過ぎちゃってさぁ…最悪ぅ~……」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと可愛いよ。うん。」
「あんたに言われてもねぇ……紫乃さんも同じような事言ってたし。笑顔で。」
「一緒にすんな!!」
何をそんなムキになって突っ込むんだ?伴よ?そりゃ、あたし新様のファンだし?AZUREなんかより新様来てくれた方がよっぽどテンション上がるけど。
ああ…そっか…こいつアイドルなんだっけ。そうかそうですね。どうりでイケメンなわけだ。もう拒否反応すら起きないけど。
ふとその真実を思い出し、あたしは無言で伴を見つめた……
目の前の人気アイドル様は、オレンジジュース片手にまだぶつぶつ文句を言っているけど。それはどうでも良い。
確かに綺麗な顔でスタイルも良い。アイドルだから当然だし、初めて会った時から暫く拒否反応で殴り(蹴りもしたっけ)飛ばしていた程だ。まぁ、声も良い。背もあたしより高い。ついでにお肌も綺麗である。
ああ…こうして客観的に見てみると……。やっぱり伴も普通にアイドル様なんだな。普段そんな欠片も見当たらないけど。
「何?」
「いやぁ…あんたって本物だったんだなと……」
「もうその件はいい。俺この件に関してはもう突っ込まないからな。」
「寂しい事言うなよ。」
「寂しいのかよ。」
「いや、それほどでも。」
「だろうな。ってそんな事はもうどうでも良いんだよ。」
「そうね。本当にどうでも良いね。」
お互い冷めた目で見つめ合い、何故か今までにないくらい冷静な態度でそう呟き頷く。
そう言えば…あたし、
そっか…そう考えると……こいつ今仕事中なんだ。でもなんでこんな所まで来てるんだ?そしてこんな所であたしと何普通にまったりしてるんだ??
「…有沢さん有沢さん。」
「何ですか宮園さん。」
「あなた今仕事中じゃ……サボりですか?」
「休憩中。ちょっと便所…お花を摘みに行こうとしたらお前が猛ダッシュで向かいの渡り廊下を駆け抜けて行くのが見えたからつい。」
「まぁ、素敵なご趣味で…ってついうっかり後付けて何してんのよ。」
「いやぁ…なんか面白そうだったんだもん!」
「そっかそっかぁ!それじゃあ仕方ないねぇ!!」
「だろ?」
「あははは!!」
「あはははは!!」
「…って違うだろ!!」
ゴスッ!!
直後、伴のみぞおちにあたしの拳が綺麗に入ったのであった。
あ…やっちまったなぁ……。ま、顔じゃないし良いか。
蹲る伴を見下ろし…そして仕方なくしゃがみ様子を伺ってみると…案の定、伴は恨みがましい目であたしを睨んだ。
「お…お前な……お前…急にみぞおちって…ツッコミでみぞおちって…ゲホゲホ……」
「ごめんごめん。反省してる。」
「してないだろその顔!!…イタタ……」
「いやぁ…綺麗に決まったなぁ……あたしってすご~い!!」
「何が『あたしってすご~い』だ!!俺は最悪だよ!オレンジジュースリバースしそうだよ!!」
「た、大変!!鬼太郎袋!!」
「ここでリバースしろと!?蕾さん俺アイドルだから!!事務所的にそれやっちゃ駄目!!」
「あたしは引かないよ?今更…そんな事くらいでさぁ…」
「頼もしい!けど何か嫌!!俺お前の前でそんな偉い失態した!?」
「日々色々あるじゃん。何無かった事にしてんの?ほら、その証拠に…昨日の絡まれる伴君の姿。」
「いやぁ~!!やめてぇ~!!」
あたしはあの時、ただ放置されて様子を見ていた訳ではなかった。ちゃんと暇つぶしはしていたのだ。
スマホ画面に写る伴は…茨さんにスリーパーをされ、紫乃さんに笑顔で見守られていると言う…なんとも微笑ましい感じに写っている。
「これを
「変なタグ付けして拡散すんな!!」
「冗談よ冗談。あたしSNSとかしてないし。嫌いだし。」
「今時の女子高生は恐ろしいぜ……」
なんなんだよと呟きながら、そのお宝写メは伴によって削除された。
ああ、残念。でも紫乃さんに送ってあげたしいっか。
「それで?その番組のゲストが今回AZUREだったってこと?そんで偶然あたしの学校に?」
「あ、ああ…まぁな。それにこの藤桜女学院は名門のお嬢様学校で生徒のレベルが高いじゃん?おにぎりさん達が絶対行きたいって話してたし…」
「おにぎりさんって…ああ、あのノッポの…」
「あれはトッポさんな。で、相方のちっさい方がミニーさん。」
「…なんかいい加減に付けたような名前ね……」
「やめろ!!本人達もちょっと気にしてるんだよ!」
「…ごめん。気を付ける。」
「頼むよ…マジで。で、話戻すと…俺は偶然仕事でやって来たって事だ。で、アポ取って取材OKってなったから校内を散策してたらふらっとお前が来たってわけ。」
「ああ…ちょっとびっくりして…なんかすんません。」
「いや…うん、びっくりするよね。こっちこそすんません。」
二人して何故か謝罪し、頭を下げ合う……。なんなんだ?これ??
とにかく、今回は偶然らしい。あたしの前に現れたのは。突撃訪問的な番組ってこれだから…。
「そういや学園祭近いんだって?お前なんで俺に言わないんだよ!そんな楽しそうな事!!」
「いや、学園祭あるからってあんたに言ってどうなるわけでもないし……」
「俺行く気満々なんだぞ!!」
「勘弁してください。」
「大丈夫大丈夫!!傍らに紫乃さんとねーさん居れば俺なんて全然目立たないし!!オーラ無いだろ!」
「いや…そうなんだけど……ついに自分から言ったか…笑顔で……」
「可哀想な目で見るな!!」
「いや、見るよ……涙出そうだよ?」
こいつ……ついに開き直ったのか。なんだかなぁ…。もっと頑張れよ。アイドルだろ!!
本人は笑ってるが心はきっと泣いているに違いない…
「…あ!やべっ!!こんな所でゆっくりしてたら休憩無くなる…!!時にめっちゃ怒られる!!」
「頑張れ~……」
「お前もそんなゆっくりしてていいの?授業は?」
「…あ~……次の時間はどうせ自習だからなぁ…のんびり戻るよ。」
「あっそ。ま、頑張れよ。」
伴はそう言ってあたしの頭をポンポン軽く叩いた。紫乃さんがあたしの頭を撫でるように。
そして、ふっと笑みを浮かべ…あたしの顔を覗き込んで……
「なんなら俺と一緒に戻る?」
「なんでよ。絶対嫌。」
勿論、あたしは拒否して手を振り払った。
「そこは女子高生らしく『喜んで』って目を輝かせるとこだろ!!」
「喜んでぇ~…拒否します。」
「…へいへい。じゃあまたな。」
「はいは~い。じゃあね~。お仕事頑張ってね~。」
棒読みでそう言い伴を見送ると、あたしも深呼吸を一つし教室へと戻った。
それにしても…『またな』か。普通じゃ考えられないけど、それがあたしにとって当たり前になっている。そしてそれがちょっとだけ嬉しくもなっている。
あたしは……あいつを嫌いじゃない事は確かで、一緒に居て楽しいと思うのも確かなのだ。
だけど……恋心を抱くにはまだ難しいのか……それとも過去の苦い経験からセーブしてしまっているのか……
『蕾は俺がいなくても大丈夫だろ?』
ああ、まただ……
あたしの嫌いな台詞が蘇る……
その瞬間足も止まる。
去り際のあの諦めた様な顔と冷めた声…忘れたつもりでもふとした瞬間に鮮明に蘇ってしまうのが悔しくて悲しい。
「…ぽ、ポジティブよ!過去は過去!あたしは前を向いて歩くのみ!!振り返らない!!」
ぐっと拳を握りしめ、そう言い聞かせると再び歩き出した。
そうだ、もう振り返ってうじうじしてても仕方がない。ようやく一歩踏み出せそうなんだから。
「あ…そう言えば……あいつに歌うことにしたって言うの忘れてたな……」
まぁいいか。どうせまた会うのだから。
その時に一応教えておいてやろう。そしてそれがあいつのおかげでもあるってことも…一応。
「あ!ゾノ!!何処行ってたの!!」
教室に戻ると、クラス一元気な生徒…にっけこと新竹紗子(にいたけさこ)が駆け寄って来た。
「あのさ!大ニュース!!!」
「え?何??」
そう言えば授業中なのにまだ騒がしい……と言うか興奮気味??一体何が??
「あのねあのね!!今日AZUREが来たじゃん!と言うか今もなんだけど!!」
「おにぎりさんと綾原さんも……」
「そんなのどうでもいいんだって!それより!!」
どうでもいいのか…。二人とも一応人気の芸能人なんだけどなぁ。にっけったらなんてわかりやすい。
「うちの理事長ってAZUREの大ファンなんだって!まぁ、何となく知ってると思うけどさ!!」
「ああ…うん。校内の至る所に無意味にポスターが貼られてたしね。盗難被害も出てたね。」
「そう!でね!!理事長さ、今交渉してるらしいよ!!」
「何を?サイン??」
それならあたしも持っているが…。ある時無理矢理伴に渡され、ついでだからと九条さんまで笑顔で書いてくれた。ついでに紫乃さんのもある。ご自身の本にご丁寧に書いてくれた。
「そんなのあたしも欲しいよ!!でも!!」
「欲しいんだ……」
貰ったのでよければこっそりあげるけど……。ロッカーとかにこっそり忍ばせて。
「それよりも良い事!!なんと学園祭のゲストにAZUREが来るかもって!!」
「はぁ……」
「反応薄っ!!ライブだよ!ナマの!!あのAZUREがあたし達の目の前のステージで歌ったり踊ったりして…そんでもってあわよくばコラボしたり…」
諦めろにっけ。それはさすがにない。
理事長のAZURE熱は薄々あたしもわかってはいたけど…まさかここまで強引に交渉まで持って行くとは…恐るべしアイドルオタク!!
我が校、藤桜女学院の理事長…
温室育ちのお嬢様のせいか、世間知らずで高飛車でプライドは高い。まぁ、根は良い人だと思う。生徒達の憧れの的でもある。そんなアラサー美魔女は大のアイドル好きとしても有名であった。
きっと現役アイドルを前にテンションが上がりついでにまともな思考回路もぶっ飛んでしまったのだろう…それでこんな奇怪な行動に……
「…簡単に承諾はされないんじゃないかしら?相手は大手事務所の人気アイドルでしょ?」
「夢の無い事言わないでよ静乃ぉ~!!」
はしゃぐにっけに水を差したのは静乃だった。彼女は相変わらず冷静、通常運転だ。
「現実的な事を言っているのよ。」
「でもでも~!!そりゃ…ゾノは男嫌いだし、静乃はアイドルになんて興味ないかもだけどさぁ…あ!でもゾノ伴に抱き止められてたよね!?」
「…そう言えば…あんた今まで何処で何をしてたの?」
「ま、まさか伴と!?」
「…そうなの?」
な、何故いきなりそうなる!?静乃はともかくにっけまで!!
静乃も冷静ながらもにっけと一緒になってあたしに詰め寄って来たので、他のクラスメイト達も釣られて興味深々、目を輝かせあたしに注目をし始めた。
まさか伴と一緒に居る所を見られていた……??いや、あそこは本当に誰も居なかったはず…。
参ったなぁ…女子はこういう話題が大好物だ……
「…じ、実は……」
『な、何!?』
「……お腹下してて…遠くの教室棟へお花を摘みに……」
『トイレかよ!!』
「ち、違う違う!!お花を摘みにお花畑にですね……」
あたしは当然誤魔化した。とても女子らしくない言い訳でもって。もう少しマシな理由もあったろうに。
そんなあたしのお花摘みの返答にがっかりしたのか、皆一斉に突っ込んだのち興味が失せた様に去って行った…
よかったよかった……一安心……
「…蕾ちゃん…これ……」
皆が去って行った後、苺が遠慮がちにあたしのブレザーの袖を掴み……
差し出された……携帯タイプの正〇丸……
「…お、お腹大事にしないとだめだよ?」
「う、うん……」
「そ、そうだ!今度蕾ちゃんに腹巻作るね?お腹あったかくすると大分楽になるみたいだから!!」
「うん……ありがと。可愛いのでよろしく。」
あたしは勿論…こんな可愛らしく健気な苺を前にツッコミなど入れられるはずがなかった。
渡された正〇丸を握りしめ、なんだか居たたまれない気持ちになったのは言うまでも無いだろう。