第38話 秋風吹けばなんとやら
文字数 7,723文字
放課後、さびれた駅のさびれた改札口にて…
つまり我が町星花町駅の改札口のことなんだが……
あたしは何故かそこに立ち尽くしていた。
前回に引き続き、こんな展開の始まり方で申し訳無いがお付き合い願いたい。
まぁ、まずは何故こうなったかである……
始まりは今朝、お昼休みのとある出来事から始まる。
九月も終わりいつの間にか暦は十月へと変わり、秋もより一層深まり涼しくなって来た。
あたしはいつもの様に、持って来た弁当だけでは足りずに購買へとうきうき気分で足を運んでいた。
「今日のデザートは焼きそばパンと~♪コロッケパ~ン♪炭水化物天国だ~♪」
訳の分からない、全く意味不明なお馬鹿な丸出しな歌詞を口ずさみながら、あたしはご機嫌に廊下を歩いていた。軽くスキップなんかして。
今日の模試、手ごたえも結構あったし…紫乃さんの課題プリントも順調にこなせるようになって来たし…褒められちゃったし。
あたし最近は調子いいなぁ~!そりゃ、もう浮かれて鼻歌歌ってスキップもしますって!!
ここは学校、そして昼休みは人気の無い渡り廊下ゾーン…と言う事もあり……あたしのテンションはマックスになり、こうして人目も気にせず堂々と浮かれられていたのだ。
そう……あと数秒後までは……
「待ちなさい、話は終わってない…」
「…こっちは話す事なんか何も無いわよ!」
言い争う男女の声、修羅場の香り。そしてその声はどちらもばっちりと聞き覚えのある声であった。
「静乃、いい加減我儘を言うのはやめなさい。」
「じゃあ放っておけばいいじゃない…」
美しき女子生徒…それは制服姿じゃなければ現役の女子高生だとは決して分からないであろうグラマラスボディーをしていた。
そう…我らが(?)クールビューティークイーンの静乃様である。
そしてそんな彼女の腕を掴み引き留めるのは……
静乃と何処か似た涼し気な瞳に艶やかな髪…ピシッと着こなした黒のスーツ……
どっからどう見ても『教師』というよりは『モデル』もしくは『俳優』などに近い抜群のルックスの持ち主…しかし愛想の欠片も無い冷血漢である。
我が校の『氷の貴公子』こと柏崎先生…!!彼の厳格さ、表情の無さからこっそり『鬼教師』とも呼ばれているぞ!
……と、まぁ…そんなことはどうでも良いのだか……
なんで柏崎先生と静乃がこんな所で修羅場に??
確か二人って…兄妹なんだよな…。昔静乃から聞いたことがある。そして『あの男…いつか絶対叩き落してやるわ……どっからか…』と言う恐ろしい恨み言を何度聞いたことか。
まぁ…確かに……イケメンとは言えあんな厳格な堅物がお兄ちゃんだと色々と面倒臭そうだ。紫乃さんや聡一郎さんもあれはあれで凄く面倒だけど。
「…とにかく、これは命令だ。家には帰って来い。」
「嫌よ…勝手に追い出したのはそっちの癖に、今更勝手な事言わないでよ。」
「勝手に出て行ったのはお前だ…どれだけ心配したと思っているんだ。お前はこれ以上俺達に迷惑を掛けるつもりか…?」
「…だったらさっさと斬り捨てれば良いじゃない。こっちだってそれを望んでる…!」
柏崎先生の冷たい瞳が静乃を捉え、真っすぐ鋭く見つめられる……
しかし、ここで怯む静乃ではない。負けずに睨み返し、冷たい声で言い返す。
こ、これは……そしてあたしは……
「とにかく、家には帰らないわ。あの人達にも伝えておいて。」
「待ちなさい、静乃…」
感情的な声では無く、いつも通り淡々としているのが尚更怖い……
走り去って行く静乃を追いかける様に、柏崎先生もその場を去って行った……
後に残されたのは…勿論あたしだ。
「…えっと…なんだ?これは??」
ド●フのオチの様な台詞を思わず口にし、あたしは暫く動けなかった…
静乃は確か…小さな頃に母親を亡くし、中学だかに父親が再婚したとかなんとか。ちなみに、柏崎先生は静乃の実の兄、血の繋がった正真正銘の家族である。
まぁ…それで…その母親との相性が物凄く悪く高校に入ると同時家を出たと……
確か……今は知り合いのお祖母さんがやっている下宿に住んでいるはずだ。一度も行った事無いけど。
と言うか静乃が頑なに『絶対駄目』と拒んで寄せ付けなかったのだ。あたしは凄く気になっている。
でも…さっきの会話を聞くと……
柏崎家で何かあったんだろうか?柏崎と言えばちょっとした大手の企業…つまり静乃はそこのご令嬢と言う訳だけど。
ピロン♪
「…こんな時に誰だよ…?」
茂みに隠れたまま考えていると、ポケットのスマホがメッセージ着信を知らせてくれた。
つい舌打ちしそうになったが…あたしはそれを渋々確認した。
どうせ伴でしょ?また何かくだらない事でしょ?それとも緋乃の兄に対する愚痴か…忍のしょうもない嫌がらせか……
「…九条さん?」
あたしの予想は全て外れ、意外な人物の名前が画面に映し出されていた……
九条さん…それはあの馬鹿…超人気アイドルユニットAZUREの有沢伴の相方であり、歌は勿論ダンスも完璧…そして頭脳も明晰、演技に関しても高評価といったマルチ人間だ。
今や彼は歌だけならず、クイズ番組、ドラマや映画、舞台にも引っ張りだこである。
伴は反対にバライティーやトーク番組に良くお呼ばれしている。意外なのは最近料理番組にも出ていることだ。あ、ドラマも勿論出ているが。
あいつはあいつで一体どこへ向かって行っているんだろう…??歌もダンスも演技も悪く無いと思うけど。
「…『今日の放課後時間あるかな?』って何だそれ!?」
まさか…また『伴に近づくな』と再忠告しに来るんじゃ……??
九条さんは述べたように頭も良い。なので勉強で分からない事があり、ついついうっかり聞いてしまったのがきっかけなのだが…教え方も紫乃さん並みに上手なのだ。つまり的確で分かりやすい。
そんな訳であたしは…伴と日々馬鹿な言い合いをしつつ、九条さんにもお勉強の相談をしていた。そして結構助けてもらっていた。メッセージの返信も早く、文章でも分かりやすいのが凄い。
伴なんて…ついうっかりって言って一日経った頃に思い出した様に返信来たりするからなぁ。ああ、思い出したらなんかぶっ飛ばしたくなって来た。
そんな完璧でついでに意外と優しい九条時だが…かなりの腹黒と見える。紫乃さん並みの。と言うか紫乃さんと同じ匂いしかしない。
にこやかでいて決して本心を口にしないと言うか…良く言えばミステリアスだが……
そんな九条さんがあたしにわざわざメッセージまで送って何の用だと言うのだろう?オフでもオーラーキラキラなあの人が…!
あ~…なんか怖くなって来たよ~……伴のアホ面が何か無償に見たくなって来たかも……。それか苺を抱きしめたい…!!あたしの癒しガールを!!
「…よし…間を取ってやっぱり紫乃さんを呼んで……」
結局頼るのはこの人なのだ…昔から……
しかしそんなあたしの思考を察知したのか……
ピロン♪
「…『一人で来てね。東雲先生とか絶対呼ばないでね?』って…怖っ!?あの人何!?エスパー!?メンタリストなの!?」
あたしの恐怖は増すばかり……
おかげで先ほどの柏崎兄妹の修羅場もすっかり忘れていたのだ。
そして………
長くなったが今に至る……
「…誰にも会いたくないなら…ここじゃなくてもいいじゃん……」
少し肌寒くなって来た秋風…人気の無い改札口……
古めかしい駅の前には何もない。公衆電話やコンビニすら…
「クソガキ、待ちぼうけか?」
「あ、番ちょ…輪島さん!?」
あたしがずっと駅前にいるのが不思議だったのだろう…
駅の番長…いや駅長の輪島さん(超凶悪顔)が乗務員室からひょっこり顔を覗かせニヤリと不敵な笑み(悪気はない)を浮かべていた。
相変わらず堅気には見えないこの貫禄…子供泣くぞ?絶対。
「ちょっと人と待ち合わせを……」
「なんだデートかい?あの悪ガキも成長して娘らしくなったもんだな!はははは!!」
「いや、全然違います。あと声デカいです。」
「照れんなよぉー!!お祝いにこれやるよ!クソガキ!!」
「いや、いりません。あと大人しくしてください。」
「遠慮すんなって!あははは!!」
……いや、マジでいらんがな……
輪島さんにお祝いと称し無理矢理握らされたのは、どろどろになったチ●ルチョコであった。本当いらない。
「…手汚れたし……超迷惑だあの人……」
チョコレート臭くなった手を見つめ、あたしは呟く……
すると…ようやく待ち人は現れた。
「蕾ちゃん、待たせてごめん!」
「本当ですよ!!どんだけ待たせるんですか!!」
世の女性達ならうっとりして怒鳴る気も失せるだろうその爽やか過ぎる登場……
しかし、あたしは大のイケメン・アイドル嫌いである。勿論そんな物は通用しない。
「わ、わかった!だから落ち着いて!!」
「…わかればいい。」
「…あれ?蕾ちゃん…俺に触っても平気になったの?」
「……何か伴と同じ匂いがする……」
「それ、何か凄く嫌なんだけど……」
「あと、なんかその顔も見飽きたかなぁ…なぁんて!!こう毎日見てるとなんかうんざり通り越して日常の風景の一部になるんですね!!あははは!!」
「それも凄く嫌なんだけど…」
と、ちょっと待たされた腹いせに笑顔で嫌味を言ってやる。
紫乃さんに似て来たのかなぁ…あたし。何かそれは嫌だ。
「そ、それで…?一体何の用なんですか?」
「…それより、本当に誰も連れて来てない?東雲先生がどっかで隠れて見ているとか……」
「いませんよ。それにあの人…今はきっとそれどころじゃないかと思いますよ?原稿の締め切りが迫ってて……」
今頃どうやって編集さんから逃げようかと逃亡旅行計画でも立てているだろう。
あの人…今回は珍しく煮詰まってたしなぁ……
「成程、それで蕾ちゃんは最近俺に勉強を…?」
「そうですよ。さすがに今回はちょっと紫乃さんに余計な負担を掛けさせたくないし…というかそんなことしたら静乃に殺されると思う。」
「…静乃?何でそこであいつが?」
「え?知らないんですか?静乃が紫乃さん好きな事。九条さんならとっくに気づいていると思っていたけど……」
どうでも良いが、あたしは九条さん相手だと敬語になってしまう。同い年のはずなのに、雰囲気が大人びているせいもあるだろう。
「ああ、やっぱり…?あいつの好きそうなタイプだしな。」
「そうそう!爽やか好青年が意外と好きなんですよ!!あとお金持ちのイケメンお兄さんとか?まず同年代の男を相手にしないし…本当、あの子高校生なのか……」
「…あいつの夢は『お金持ちでなんでも自分の言う事を聞いてくれるイケメンと結婚して、大量の保険金を貰う事』だから……」
「あ~…言ってた言ってた。怖い子だよ本当……」
「全くだ……」
二人揃ってため息を深くつく……
こうしている間あたし達は駅前で立ち話をしている訳ではなく、ちゃんと歩きながら話している。
駅付近はのどかな田園風景が広がり、雑木林で囲まれたまさにど田舎な風景である。
そして暫く進んで行けば賑やかな商店街、お馴染み『スマイル商店街』へと出るのだ。
しかし、今日はそこを通らず……
商店街へと続く道とは別のもう一つの道を歩いていた。
ここは賑やかな商店街とは一変し、静かな住宅街に近い通りである。
「…へぇ、こんな静かなんだ…」
「はい、ここを真っすぐ行くと星花町一の豪邸があるんですよ?そこがなんと!水無月グループ社長の豪邸なんですよ!!」
「…うん、知ってる。伴から何度も聞いた。」
「あ、そうですか?そこのご令嬢が緋乃にも負けぬ人形美少女だとかそんな話でしょ…どうせ。」
「うん。あいつ目を輝かせてたよ。」
あいつも相変わらずの女好きだな……よし、今日会ったらまず一発ウェルカムパンチかキックで迎えてやろう。
理由は…何となくムカつくから。
「あ、ここにしましょう。ここなら紫乃さんも来ないだろうし……」
「へぇ、ここにこんなカフェがあったんだ。」
静かな住宅街にひっそり佇むお洒落なカフェが一つ。その名も『Dandelion』つまりタンポポって意味だ。最近越して来た若夫婦が経営するオーガニック系の自然派おしゃれカフェだ。昼間は近所の若いママ達に人気である。
「いらっしゃいませ。あら?FOREST FLOWERさんの所の……蕾ちゃんだったわね?」
「ど、どうも~…」
「この間のブリザーブドフラワーとても評判が良くて、またお願いしたいと思っていたのよ。」
中へと入ると、いつもの様に奥さんが出迎えてくれる。
ここの奥さん、中々の美人さんでスタイルも良い。しかも凄く愛想の良い優しい良い人だ。
この間うちの店(花屋)へやって来た時話したのが初めてだったけど……母と話が合うのか結構盛り上がっていたな。その時からのお得意様になっていた。
「あ…えっと…二名で……」
し、しまった!?伴ならともかく…九条さんが一緒に居るって知ったらさすがの温和で優しい奥様も驚いて気絶してしまうかもしれない!!
あ~…こんな時九条さんもあいつ並にオーラなければ楽なんだけど……
さて……どう説明したら良いものか……??
「見掛けない子ね?あ、わかった!蕾ちゃんの彼氏?」
「違います!」
「そうよね、あなたには桐原君がいるものね?ふふ、とにかくごゆっくりどうぞ。」
「え!?あ、はい……?」
あれ……??驚いてない??普通は皆驚く。それが一般的な反応だ。
それとも奥さんもアイドルやイケメンに興味が無いとか??そっか、こんな所に仲間がいたなんて!!
「…って誰ですかあなた!?」
「…俺もオーラ消せるんだ。色々楽だし。」
「た、確かに楽ですけど……」
びっくりした…一瞬違う人を連れて来てしまったかと思った。
見れば九条さん、いつの間に変装したのか…眼鏡を掛け、髪を無造作にし伴顔負けのオーラ無し男を演出していた。
ジャージじゃないのが九条さんらしい……
「…それで、話なんだけど……」
飲み物を注文しひと段落付いたところで…九条さんはさっそく本題へと入った。
一体何なんだ??九条さんの話って??
「…静乃の事なんだけど……最近何かあった?」
「へ?静乃…ですか??」
まさかこれは予想外だ……。静乃とは幼馴染みとは言え、険悪そうに見えた九条さんの口から彼女の事を聞かれるとは……
と言うか…なんで九条さんがそんな事??
「…九条さんってもしや静乃の事が……」
「ち、違うよ…ある訳ないだろ?あんな見栄っ張りの高慢女は俺の好みじゃない。」
「で、ですよねぇ…ははは、びっくりしたぁ……」
九条さんは静乃のタイプではないが、静乃も九条さんのタイプには見えないし。
「じゃあなんでそんな心配を?」
「心配って…別にそんな訳じゃ……ただ、同じ屋根の下に住む者同士として、あっちがああも毎日不機嫌だと気分がこっちまで悪くなるんだよ。特にここ最近は最悪だ……」
「…同じ屋根の下に住むって……九条さんって静乃と同棲してるんですか!?」
「え?聞いてないの?」
「聞いてません!!」
そっか…だから静乃は頑なに下宿先に来ることを拒んだんだ……
この九条さんと同じ場所に下宿しているとなれば…まぁ、あたしもさすがに騒がずにはいられなくなってしまう。
「…失敗したな……俺としたことが……」
「静乃、確か知り合いのお祖母さんの家に下宿してるって……あ!まさかそのお祖母さんって!!」
「…俺のお婆ちゃんだよ。祖母は昔から世話好きの人好きだったから…空いた家をリニューアルして下宿にしたんだ。それで俺は仕事にも便利だからってそこに…」
「九条さん下宿してるんですか!?」
むしろ伴の方がしっくり来るぞ?九条さんの方があのマンションで優雅に暮らしていそうだもの!!
「驚くところそこ?……まぁ、いいや。それである日静乃がやって来た訳だ。勿論偶然。祖母が誘った訳でもない。」
「…でも…静乃、九条さんがいるって知ったら住むのやめるんじゃ……」
「勿論そうなったけど…まぁ、祖母も昔から静乃を知っていたし、心配だから引き留めたんだよ。それで何だかんだでこうなった。」
「…お祖母さんの所に下宿する事に……?」
静乃を説得って…九条さんのお祖母さん凄いな……
最初『知り合いのお祖母さんの所で下宿しているのよ』って聞いた時には驚いた。あのプライドの高い静乃が知り合い頼って下宿するなんてと。
静乃の性格から言って考えられるのはセキュリティ性の高い高級マンションとかだ。下宿なんて庶民臭い物は嫌いだろうと。
「…そ、それで九条さんは静乃の最近の様子が気になってあたしを?」
「そうだよ。蕾ちゃんなら何か聞いているんじゃないかって思って……東雲先生を呼んで欲しくなかったのは…何か面白がられそうだから。」
「あ~、成程。」
納得納得。今日一番の納得だ。
紫乃さんは優しいが腹黒い。この話を聞いたら絶対詳しく聞き倒すだろう。楽しそうに笑顔で。
……いや、でも…紫乃さんああ見えて結構世話焼きだし面倒見良いから親身になってくれるかも?
「…でもこれと言って静乃の変化なんて…あの子元々無に近い表情だし愛想ないし……」
「分かりにくいのは承知なんだけど…最近男と何かトラブルを起こしたとか…」
「あっても冷静に対処するでしょ。」
「東雲先生に恋人でも出来たとか。」
「静乃の前にあたしが大騒ぎする。」
「…確かに……伴も騒ぎそうだ…」
「……あ。」
あらゆる可能性を九条さんから聞かれ、静乃の様子を思い起こしていると……
あたしは忘れかけていた何かを思い出した。
昼休みのあの光景……柏崎先生とのやり取りはどう考えても穏やかではなかった。
まさか……静乃の不機嫌はこれが原因なのか??
「…間違いないね。」
「え!?」
「蕾ちゃん、君本当にあいつの親友なの?」
「そ、そうですよ!!失礼な!!」
昼休みのやり取りを話すと、九条さんは深く頷き呆れ果てた表情をあたしに向けたのであった。
な、なんだこの人を心底見下す様な冷たい視線!!何か凄く嫌!!紫乃さんの笑顔並に嫌!!