第46話 いがみ合う二人は良く見りゃ似ている
文字数 6,456文字
勉強もひと段落、暫く宮園父母二人とも仕事で出張(ちなみに母は逃避行中)。その間如月家でお世話になる事となっていた。
別にあたしは我が家で一人数日過ごすなんてどうって事ないんだけど。自由気ままで良いし。
「え?蕾ちゃん暫く一人でお留守番なの?」
「ええ、まぁ。父は仕事が詰まってて、母は…まぁ…いつもの職業病です。」
数日前の事。いつもの様に金木犀で東雲先生特別講師の受験対策をしていた所、ふとそんな話になった。
平和な星花町とは言え物騒な世の中である。このお兄さんはそんな事を心配してしまったのだろう。
「なら、家においで。緋乃も喜ぶし。」
「え?別にあたしは……慣れっ子なんで。」
「蕾ちゃんが逞しいのは知っているけど、女の子一人で暫く過ごすのは危ないよ。いけません。」
「ええ~……」
と、この反応。いつもの爽やか笑顔はどこへやら…急に厳しい表情になりあたしを諭し始めたのだった。
「そうだぞ。俺もこの人に賛成だ。何があるか分からないし…危ないよ。」
「聡一郎さんまで……」
いつの間に来たのか…。聡一郎さんまでも同じような表情を浮かべ説得し始める。
「
先生
の家が嫌なら家に来るか?珠惠も喜ぶだろうし。」「え!?そ、そんな!!皐月家にお世話になる訳には……」
勿論、皐月家も馴染み深い場所ではある。決して嫌な場所ではない。
皐月兄妹は町内の団地で仲睦まじく生活していた。両親が亡くなった今でも変わらず。
何かそんな二人の生活に入り込む様な事はあまりしたくないんだよね……。そりゃ、珠惠も喜んでくれるだろうし、聡一郎さんも好意でそう言ってくれているのは嬉しいけど。
「え!?蕾ちゃん家に泊まるの!?やった!!美味しい料理が食べられる~!!」
「俺のじゃ不満か……」
「そういう訳じゃ……!!でも蕾ちゃんの作る物も美味しいんだもん!そ、それに女の子同士の話も色々出来るし、ゲームとかも……」
「…珠惠。蕾ちゃんはこう見えて一応受験生なんだぞ。」
「あ……忘れてた……。」
聡一郎さんに冷静に突っ込まれ、珠惠は何故か急に気の毒そうにあたしを見たのであった。
珠惠よ……。そりゃあたしだって夜通しお喋りしたり、ゲームしたりして存分に楽しく過ごしたいけどさ。何もそんな目で見なくても!!
「ご心配なく。蕾ちゃんは俺が責任持ってお預かりしますので。何なら珠ちゃんも暫く預かりますよ?」
「断る!大体…あんたの家も俺は心配なんだ。一見普通の家に見えるが中に何があるか……」
「可愛い妹と賢い黒猫が。」
「……そもそもあんたが一番問題なんだよ。この前も珠惠を連れ出してまた得体のしれない奴を紹介したり……とにかく!あんたと関わると絶対ろくな事にならない。」
「酷いなぁ……珠ちゃんは俺の事信用してくれるよね?」
「珠惠を巻き込むな!その胡散臭い笑みで近づくな!!」
聡一郎さんの紫乃さんに対する不信感は相変わらずの様だ。この鋭い瞳……刑事だった頃、犯人を追い詰める目つきその物だ。
そして紫乃さんは紫乃さんでまた面白がって…本当楽しそうだ。聡一郎さんもムキになっちゃうから。
「…あ、あのぉ……あたしは別に一人でも……」
『それは駄目だ!』
「え~……じゃあ…紫乃さんの家で……」
そんな訳で……。まあ、今日からお世話になることとなった。説明が長くて申し訳ない!!
そして何故か紫乃さんにしっかり手を握られ、半分連行されるようにしてやって来た如月家…なのだが……
玄関開けたらいつもの様に琥珀が『にゃん』と可愛らしく出迎えてくれた……ら良かったが……
何故か代わりに出て来たのは……
「きゅっ?」
「きつね……??」
きつねってきゅって鳴くんだっけ??
まぁいいけど……
と言うか何故きつね!?それも可愛らしいこぎつね!!赤茶色でふわふわだし、目はきゅるんとしてるし……
「…紫乃さん。いくら可愛いこぎつねを見つけたからって…森に返してきてあげて下さい。」
「いや、これは保護きつねだよ。訳あって親を亡くした可哀想な。というか…
そう言いながら紫乃さんはこぎつねを抱き上げると、首元辺りを探り出した。どうやらこのこぎつねさん、飼いきつねらしい。首輪がちゃんと付いている。
「紫乃さん何してるんですか…?白ヤギさんならぬこぎつねさんからお手紙でも届いたんですか?」
「…う~ん…違うみたいだね。」
「本当にお手紙届けてくれるんですか!?この子!?」
「こぎつねさんも伝書鳩みたいになれるんだよ?育て方によっては優秀な……」
「も、もういいです!何かそれ以上聞いたらあたしも
さすが紫乃さん……。手紙のやり取りもレトロな様で。
当の伝書きつねさんは、紫乃さんに抱っこされ尻尾を振っているし。可愛いな。もふもふしたい。
「…菊~!!こっちおいで!あんま家の中漁ると腹黒先生に怒られるよ~!!」
「……こ、この声は……!!成程……。」
奥から聞き覚えのある女性の声がし、紫乃さんはその瞬間何かを察したらしい。
一瞬固まったが…直後大股で居間へと向かって行ってしまった。こぎつねさんをあたしに託して。
「どういう事だ!茨さん!!まさか勝手に人の家に上がり込むなんて……」
「人聞きの悪い事言わないでくれないかい?ちゃんと緋乃に招き入れられたよ。」
「緋乃!!」
「あ~……煩いねぇ……。折角あたしの可愛い従弟を連れて来てやったのに。」
「い、従弟?」
何なんだ?このドタバタした感じ??
紫乃さんの後を追い、居間に入るとそこには見覚えのある人物がいた。三人ほど。
この人は確か……!!
「…紫乃、うるせーよ……」
「忍。お前はもう家に帰って寝なさい。」
「もう、兄様ったら…こんな時間に忍ちゃん一人で歩いてたら危ないでしょう?仕方ありませんわね…私、ちょっと送って来ますわ。」
「緋乃、余計な気を遣わなくていいんだよ。でもそうだな……はぁ、仕方ないからいつもの客間にお布団敷いて寝かせてあげなさい。お兄ちゃんはこの魔女…茨さんとお話しがあるから。」
縁側にいつもの様に寝転び、眠さと不機嫌マックスの忍。そしてその傍らに座るのはほほんとした様子の緋乃の姿……それはいつものことであった。
それはいいんだけど……何でこんな時間にこの人がここに??
目も覚めるような緋色の鮮やかなロングストレート、そして今日は真っ黒なゴスロリ衣装。スカート丈は相変わらず長い。
濃い瑠璃色の凛々しい強気な瞳、そして病的な程白い肌……赤い爪と唇……
「茨さん……??」
「ん?蕾?なんであんたが先生の家に……ははぁ~ん…あんたも先生に唆されて……」
「違います。」
「気を付けなよ~?この人爽やか好青年の仮面被ったとんでもない腹黒の胡散臭い男なんだから。」
「知ってます。」
菖蒲茨さん。確か紫乃さんの昔のお知り合いで、AZUREの専属カメラマンとか言う…やたら男前で豪快な人だ。
今は我が家の如く、如月家の居間で寛ぎ『大魔王』と書かれた一升瓶を手にしていた。またそれがしっくり来ること。
「…わざわざ返しに来たんですか?
それ
。」「あんたの方が似合うと思ってね。あ、ついでに台所にあった酒も飲んだよ。」
「…まさか全部飲んだんじゃ……」
「当たり前だろ?あたしが日々あんたの為にどれだけ働いてると思ってるんだい?」
「あなたに養ってもらった覚えはありませんが……」
「ああ、ちょうど良かった!蕾!あんたも座って座って!!お姉さんと一緒に飲もう!!」
「未成年にお酒勧めるんじゃありません!!」
あ…紫乃さんが珍しく感情的になっている。
既に出来上がってる茨さんを前に、紫乃さんは盛大なため息を吐きつつ彼女の手から一升瓶をもぎ取った。
本当…この二人は……??
「…ごめんね蕾ちゃん。まさかこの人が来るなんて……悪影響しか及ぼさないこの魔女が……」
「…あんた未成年の女の子連れ帰って何するつもりだったんだい?」
「何もしません。この子はそんなんじゃないし、可愛い妹みたいな子で……ってまた飲む!!いい加減やめろって!君は限度と言う物を知るべきだよ…
ゴッ!!
紫乃さんが再びため息を吐いて、瓶を取り上げようとした瞬間だった…。
あの紫乃さんの脳天に思い切りエルボーを決めたのは……茨さんである。そして、よろめく紫乃さんの胸倉を掴み上げ、鋭い眼差しで睨む。
ひぃぃ~~~!!す、凄い迫力……!!ヤンキーどころじゃない。どこかの組の姐さんの様だ。
「その名前で呼ぶんじゃないよ……」
「…君ね……本名で呼んで何が悪いんだよ。」
「あたしは『
いばら
』だ!本名は『りょうか
』であって『すずか
』じゃない!!」「…女性らしい素敵な名前じゃないか。俺は好きだけどなぁ……」
「あたしは嫌いなんだ!!」
紫乃さん…あの強烈なエルボーを食らって動揺一つしないなんて。慣れてるのかな??
え??本当どういう関係なのこの二人??
胸倉掴む茨さんの白い手を引き剥がしながら、紫乃さんは冷静にしかし微笑んでそう言ったのであった。
そんな様子を目の当たりにしたあたしはただ戸惑うばかりで……当然だ。
「…あ、あの……紫乃さん?頭大丈夫ですか??」
「正常だよ…ああ、これは慣れてるから大丈夫だよ。この人蕾ちゃんに似てちょっとアグレッシブな所があってさ。黙っていればまぁ…この通り『綺麗なお姉さん』なんだけど……」
そう言って紫乃さんは茨さんの顔をぐりんと無理矢理あたしの方へと向かせた。笑顔で。
ああ、いつもの紫乃さんだ……良かった。
「気安く触るんじゃないよ。気持ち悪い。」
「この通り…ちょっとツンデレ気味でもあるんだよ。口ではこう言ってるけどね、本当はちょっと照れてるから。」
「勘違いしてんじゃないよ!!」
「はいはい。恥ずかしがり屋さんだなぁ。ははは。」
紫乃さんは急に楽しそうにいつもの調子で微笑み、茨さんをからかい始めた様だ。
それを嫌と言いつつも…ちょっと頬を赤らめながら、顔を反らしだがしかししっかり拒む茨さん……
あ、あれぇ??この二人って…仲悪いのか…??いや、実は良いのか??わからん!!
「ねーさん…人様の家に上がり込んで大騒ぎすんなよ。ご近所さんに迷惑だろ?」
一人悶々と頭を抱えていると、またまた混乱の素が居間へと入って来た。
ジャージ…では無く、今日は普通の若者スタイル。髪は相変わらず寝癖か癖毛か…所々跳ねている。
眠そうに欠伸をし、ついでにお腹辺りを掻きながら…そう、まるで寝起きのおっさんの仕草をしつつそれは現れた。とても人様の家に上がり込んでいる様な姿勢ではない。
「伴君?」
「あれ!?紫乃さん…と蕾!なんでお前までここに?」
「それは俺が君に聞きたいんだけど……」
「あ、ああ……」
何故伴がここへ??しかも茨さんと一緒に??
紫乃さんもあたし同様、首を傾げつつ怪訝に伴を…そして茨さんを見つめた。
この二人…ただのカメラマンとその担当ってだけじゃないの??
「…従姉っす。茨さん…まぁ、本名は知っての通り立花涼花って言うんですけど…って間違えた!『すずか』さんじゃなくって『りょうか』さんっした!!サーセン!!」
「…君が蕾ちゃんに惹かれた理由が何となくわかったよ。」
「え!?な、なんですか!?俺、別にねーさんが好きとか憧れとか思ってねーっすよ!?いや、まぁ…確かに男勝りなイケメンなんすけど……」
一通り伴が説明しひと段落……
とりあえず紫乃さんがお茶を淹れてくれたので、全員でそれを飲み落ち着きを取り戻した。
「ついでに…その…光代叔母さんの娘さんっす。」
「あ~……うん。何か納得だ。」
「ですよね。」
ズズ……
あたしは驚いてるぞ!?あのお騒がせ叔母さんみっちゃんの娘さんが茨さんなんて!!
この人も将来あんな風になるのかと思うと……
「光代叔母さん…今はあんなだけど、ノーメイクの時は結構美人だぞ……。若い頃は超美人だったし。」
「マジ!?」
「マジ。俺惚れそうになったもん。ついでに茨さんもありのままの方が美人だと…うぐっ!?」
「伴!?」
伴がうっかり口を滑らせたせいか……突然背後から強烈なスリーパーを掛けられた。勿論、茨さんである。
何かお母さんを思い出すなぁ……。この破天荒っぷり。
「てめー…これ以上余計な事言ってみな?どうなるかわかってんだろうね?」
「うぐ…ね、ねーさんマジで絞まる!!俺死ぬ!!昔の闇ねーさん出ちゃってるから!!」
「…黙れ。あの時の黒い歴史は制服と一緒に捨て去ったんだ……」
「でもほら!ア〇雪の歌でもあったじゃん!『ありの~ままの~姿見せるのよ~♪』って!!」
「ありのままの姿も捨て去ったんだ…」
伴よ……何故今その歌が出て来た??
と言うか…この人のありのままって……
ひたすらプロレス技を掛けられ悲鳴を上げている伴を見つつ、あたしは妙に冷静な気持ちになった。
なんだろう…我が家に居ないのに我が家に居る様なこの感覚……
「蕾ちゃん蕾ちゃん。これ……」
「え?」
いつの間に部屋を出ていたのか…。紫乃さんが何かを手に笑顔であたしの肩を突いて来た。
そして……
バサッ……
「これ。茨さん。」
「……え?」
どうやら卒業アルバムらしい。紫乃さんが指差す写真の下には確かに『立花涼花』と名前が書かれていたのだが……
「……え?」
「…綺麗だろ?」
「…はぁ…確かに綺麗なんですけど……」
え…??ええ~~~!?
そこに写っているのは…鮮やかな緋色のロングヘアに釣り目気味の不敵なゴスロリ美女ではなく……
髪色は…金に近い薄い茶色。凛さんの髪色に近いかもしれない。ストレートのミディアムヘアに水色に近い凛とした瞳…そして透けるような白い肌。
な、なんだこのお人形さんの様な美少女は!?
「…同一人物なんですか?」
「同一人物です。」
「天然色なんですか……??」
「確か……えっとお祖父さんがフランスの…」
首を傾げ、紫乃さんは伴に声を掛けた。
「どうだっけ??伴君??」
「じーちゃんがフランスの血入ってて!見た目もそっち系なんすけど…ぐっ…で、でもじーちゃんは日本育ちで日本語しか話せねーバリバリの日本男児っす!!」
「ああ、そうそう!彼女その血をもろ受け継いだみたいでね…弟君達もいてさ、髪色は似ているけど瞳の色は違うんだよ。」
「楓っす!!すっげー良い奴!!」
「うん、楓君って言って…本当に良い子なんだよ。ちょっと頼りないけど…」
「ヘタレなんで…!!」
いや…伴……。茨さんにエビ固めされながらヒーヒー言ってるあんたに『ヘタレ』なんていう資格ないからね?
「はいはい。ストップ!茨さんも飲み過ぎですよ?」
「あんたが余計な事言いまくるからだろ。はぁ…何か酔いが醒めたね……」
ようやく伴に救いの手を差し伸べたのは紫乃さんであった。これまた慣れた様子で二人の間に入り、慣れた様子で茨さんを伴から引きはがす。
その直後、伴は身を守る様に茨さんから離れ素早く紫乃さんの背後に回った……
ヘタレはどっちか……
「…全く。大体伴…あんたが変な勘違いするからだよ?ほら、この際だ。せっかく来たんだから先生に聞きたい事全部聞いちゃいなよ。」
「え!?い、いきなり!?」
「ほら。さっさとしな。」
そう言いながら、茨さんはあたしの手から卒業アルバムを奪うと、素早くそれを閉じ隣で眠っていたこぎつねさんの下に押し込んだ。
そんなに恥ずかしい写真だろうか……。今の姿が『黒髪に清純系女子スタイル』だったらそりゃ隠したいだろうけど。これは大差ないんじゃ。
「ん?なんだ、伴君俺に聞きたい事があったのかい?」
「え!?いやぁ…それほどでも……」
「何?ちゃんと話してごらん?何でも聞くよ?」
ずいっと身を寄せ首を傾げる紫乃さんの表情はとても楽しそうだった。
そしてそれを見ていた茨さんも………
あたしはその時思った。
この二人に過去何があったかは知らないけど……
確かなのは……似ているってことだ…と。