第53.2話 苺大福と秘密
文字数 4,546文字
「………」
目を覚ましたら長身イケメンの幼馴染が転がっていました。
……ってなにこのラノベみたいな呟きは。
おいおい忍くんよ。無防備に病人の隣で熟睡してるんじゃないよ。しかもお布団半分占領してきてるし!!
本当こいつは……。どんな時でもお布団と睡眠大好きっ子なんだからなぁ……。
もう見飽き過ぎている忍の寝顔は、小さい頃から見てきたせいか今でもちょっとだけ可愛いとか思ってしまうのが我ながら気持ちが悪い。
「……お~い…忍く~ん……?おきなさ~い…お布団返しなさ~い……」
「……う~ん……」
「寝返り打つんじゃないわよ…うわっ!布団乗っ取られる!!」
忍はこんな可愛らしい名前をして華奢に見えるが、図体と態度だけはデカい。身長なんてもう180cmを超えている。まだまだ成長する気配はある。
いや…あたしも人の事言えないけどさ……
「お~い?忍~??忍ちゃ~ん??」
「…ん~……」
ごろり……
この二度目の寝返りで、あたしは完全に布団から押し出された。
あのさ……あたし病人なんですけど……。つか忍よ。あんたも弱っちいんだから風邪うつるぞ?そして寝る時くらい眼鏡取れよ。
「……なんなんだこいつは……いや…忍だ…忍は忍だわ……」
完全に寝ているべき人間とそうでない人間が入れ替わったこの状態…どうしてくれようか?
しかしここで『眠っている隙に日々の仕返ししちゃえ♪』なんてお茶目な事は考えない方が良い。後が恐ろしいからだ。
そんな事出来るのなんて緋乃くらいか……
「あら?まぁ!忍ちゃんたら!!」
「緋乃……助けて……」
「はいはい♪」
いつの間にやって来たのか…あたしの心の声が届いたのか……。音も無く緋乃が現れ、布団を占領する忍を躊躇なくゴロンと転がし追い出してくれた。
ああ…畳に転がってもなお微動だにせず熟睡とは……
「はい、どうぞ!つーちゃん!!」
「ど、どうも……はぁ…」
「眠れないなら子守歌でも歌いますわよ?」
「いや、今さっきまで十分寝てたし……」
「うふふ、つーちゃんたら。子守歌より怖い話の方がお好きなのね?もう、それならそうと言ってくれないと……」
「一言も言ってないよね?」
「仕方ありませんわねぇ。では、私とっておきの……」
「だから言ってないってーの!!」
なんなんだこの子も……。気にしてくれるのはありがたいけど、出来ればそっとしておいて欲しい。
いきなり怪談話とか……余計体調悪くなるわ!!
「……それより今って……」
「夕方ですわ。つーちゃんよく眠っていたから。でも少しうなされていたみたいだけど……何か悪い夢でも?」
「いや……別に……ちょっと昔のトラウマを……」
「まぁ!!それってあのゴミ野郎の事ですわね?確かつーちゃんという可愛い彼女を持ちながら、二股してたという……」
「そう!そのゴミね!あいつマジムカつくわぁ…。うっかり偶然会ったら絶対また殴るわあたし。」
「まぁ怖い。でも安心なさって?つーちゃんが手を下す前に私が……ふふふ………」
「緋乃ちゃ~ん?戻っておいで?」
「あらいけない!私ったらつい…うふふふ……」
本当…笑顔で恐ろしい子だな……全く。
一体何で手を下そうと言うのだろう……本当怖くて聞けない。
「それに私…
「…ははは、緋乃あの後何かしたでしょ?菜緒に。」
「それは当然。私の可愛いつーちゃんにあんな酷い事したんだもの!それ相応の償いはして頂かないと割に合わないでしょう?うふふふ。」
「いや、緋乃…あんたが出てくると本当洒落にならないくらいのトラウマになるからさ……」
「ついでにあのゴミ野郎は忍ちゃんがぼこぼこ…ちょっと遊んであげたましたのよ?うふふ…これでお二人とも懲りて心の底から後悔して悔い改めたんじゃないかしら……」
「いや!!そんな親切いらない!!怖い!!」
「ついでにね…
「静乃もやったんかい!?な、なんかそんな気はしてたけど……」
あたしは今は女子校通いだが、中学の時は共学…つまり緋乃も忍も同じ学校だった。ついでに静乃とはそこで出会った。
思い出すなぁ……静乃との出会い……
あれは中学一年生…まだ小学生気分が抜けずにいた入学式の時だ。
あの時あたしは半分眠ったままの忍を引きずり……。校門へ辿り着いたら、何故か緋乃をおんぶしている紫乃さんに出会った。
『お互い大変だねぇ…』
『本当に……』
なんて年寄り臭い言葉を苦笑して言い合った記憶がある。
あ……そう言えば…あの時紫乃さんはあんな恰好じゃなくてちゃんとスーツ着てたような……
『…ほら、忍!!起きなって!!』
『忍、起きなさい。ほら、いつまで蕾ちゃんに頼ってるんだよ。』
とりあえず忍を覚醒させようと、紫乃さんと必死に奮闘していた……そんな時だった。
春の風が吹き…桜の花びらが散った……
そして……振り返れば静乃が立っていてじっとこちらを見ていたのだ。
きっと『何あの人達……変な奴らね……』と冷静に分析していたのだろう。
『綺麗な子だね。大人っぽいけど…蕾ちゃん達と同じ新入生じゃないかな?』
『え?まさかぁ!?どう見てもあの迫力…上級生ですよ!!美人だけど……』
と、小声であたしと紫乃さんは囁きあった……
そんな時だ…緋乃が復活した。
『…うう……兄様…甘い物を……』
『緋乃!?大丈夫かい!?』
ゴトッ……
可愛い妹が復活したのを知り、紫乃さんは忍の頭を支えていた手を迷う事無く手放した。
思いっきり地面に忍の頭が激突。直後青ざめるあたし。そんな事などお構いなしの紫乃さん。
『…てめ…蕾……』
『誤解だ!!これは紫乃さんのせいだ!!あたしじゃない!!』
『はぁ?紫乃ぉ?あ……緋乃!!』
こいつは……。まぁ、忍は昔からこんな感じだ。
緋乃を見るなり極悪顔は瞬時にご機嫌な笑顔へと変わり、死んだような目には希望の輝きが宿った……
『…忍ちゃん…静かに……』
『甘い物って言われてもなぁ…俺今…黒飴しか……』
紫乃さんじじ臭い!!若者がポッケに黒飴って…
『はぁ?紫乃、お前それでも緋乃の兄貴かよ!!仕方ねーな。俺は……あ。やっちゃんいかしかねーわ。悪い。』
何故にやっちゃんいか!?しかも朝から制服のポッケに入れるものかそれ!?
なんなんだこいつも……本当なんなんだ!!
『…仕方ないわねぇ…ここはあたしが……』
これだから男は頼りない。ここは女のあたしが女の子らしく可愛いスイーツを……
そう意気込んで得意げにポッケを漁ると……
『…ゴリゴリ君のあたり棒なら……』
『蕾ちゃん朝からアイス食べて来たの?お腹冷やすよ?』
『んだよつかえねーな……。蕾の癖にアイス棒当ててんじゃねーよ。』
え?そこに行く??普通は何故アイスのあたり棒がポッケに入っているか聞くんじゃないの??
『つーちゃん…なんて素敵な……!!私、今からゴリゴリ君を引き換え来ますわ!!』
『緋乃、朝からアイスはいけません!!お前もお腹弱いだろ?絶対痛くなるから。』
紫乃さんそっち??アイス引き換え自体はいいの?
『お前が行くなら俺も行く。蕾、お前も来い…財布代わりに……』
お前はあたしをなんだと思ってんだ!!アホ忍!!
などと一々つっこんでいたら……
涼し気に歩いて来たのだ…静乃は……
そして……
『これ…良かったら……』
そう言って差し出したのは……一つの苺大福であった。
いや……だからなんで??なんでこんな大人っぽい美女が制服のポッケに苺大福!?
と……まぁ……これが出会いだった。
とにかく……静乃も第一印象からかなりの変わり者だと言う事がわかった。
勿論、緋乃は喜んでそれを受け取り嬉しそうに食べてました。はい。
「そう言えば苺大福がしーちゃんとの出会いでしたわね。懐かしいですわ。」
「…うん。」
「私、苺大福を見る度にしーちゃんの顔が思い浮かんできて不思議に思っていたのだけど……そのせいでしたのね。うふふ。」
「忘れんなよ……そんな衝撃的な出会いエピソード……」
緋乃は何故か納得したようにぽんと手を叩き、満足そうに微笑み…忍を引きずって退散した。
そうだ…あの頃から……
クラスも偶然四人とも一緒で…自然と仲良くなって……
あの忍もなんか珍しく受け入れていたし……
それからしばらくして如月家のお祖母さんが亡くなり、緋乃は紫乃さんと一緒に星花町を離れて行ってしまったけど。
でも…学校は変わらなかったからいつも通りで。変わった事と言えば紫乃さんが日常的に関わらなくなったことだった。
あの頃の二人に何があったのか…気になるけど緋乃も紫乃さんも何も語らない。だからあたしも忍も聞かないのだ。
興味本位で人の過去をほじくり返すのは傷つける事と同じだ。だからだろう。本能的に聞いてはいけないと。
「…ああ、そうそう。つーちゃんに面白い事教えてあげますわ。」
「え?何?」
何か思い出した様に、再び緋乃がひょっこりと顔を覗かせると……。辺りを見渡しいそいそと入って来た。
「…実は兄様……この町を離れた後……」
「な、何……?」
「…ホストクラブでアルバイトしてたんです……」
「ええ!?マジで!?」
緋乃から衝撃的な事実を告げられ、あたしはつい大声を上げていた。
慌てて緋乃に口を塞がれたが時すでに遅し……
部屋の襖の前には笑顔の紫乃さんが立っていた。
「…では…私はこれで。むめ乃さんのお店へ行かないと…うふふふ……」
「…緋乃。お兄ちゃんの秘密を蕾ちゃんに話したね?」
「…なんとなく。」
「なんとなくで過去の秘密をバラすんじゃありません。俺のイメージが台無しじゃないか……」
「お似合いじゃなくって?うふふ。」
……上手い具合に笑ってすり抜けたな…緋乃め……
この後どうしたらいいんだあたしは……!!
いや、でも……ホストと紫乃さんて………
「…意外と合ってるんじゃ………」
「蕾ちゃんまでやめなさい。全く。お金の為仕方なくしてただけだからね?これ。」
「わかってますって……」
「あと…この事は絶対伴君にも……静乃ちゃんにも言っちゃ駄目だよ?いいね?」
「は、はぁ~い……」
こ、怖い……この人の笑顔はやっぱり怖いよ!!
あたしの肩をがっしり掴み、紫乃さんはにっこり微笑み釘を刺すことを忘れなかった。
でも……ホストと紫乃さん……似合っていないようでなんかしっくりくるような……
口が裂けても言えないけど……
あ、そうだ……。具合が良くなったら今度静乃と苺も一緒に苺大福食べようかな。