第36話 事件は湯煙と共に……

文字数 8,223文字

 秋、まだ夏の名残の残る生暖かい風が吹く夜のことだった。

 とことこと家路を急ぐ一人の美少女の後を追う、怪しげな人影……

「あ~…すっかり遅くなっちゃったなぁ~……」

 いや…正確に言えば『美少女』ではなく『美少女の様な美青年』である。

 お気に入りの白いパーカーのフードを被り、少し足早に進んで行く……

 そんな彼を見失わない様、その怪しい人影はこっそりと付けていた。

「……あいつ、今度こそヤッてやる……!!」

 どういう意味の『やる』なのかは分からないが、どんな意味にしろ物騒な事には変わりないだろう。

 そんな恨みつらみ執念の混じった呟きなぞ聞こえず、前を行く美青年はとことこ足早に進んでいた……

 あまりに平和過ぎた毎日に感化され、少し油断していたのかもしれない。

 それが彼の命取りであった……

「…え?」

 曲がり角を曲がった直後であった。

 サスペンスドラマの定番シーンの様に、前方から突然何者かが襲い掛かって来たのは……

 ドカッ!!

「…いたた……」

 美青年は何者かに襲い掛かられ…うっかり後方へバランスを崩し尻餅を突いてしまった。

 これには何者か…もびっくりしたのだろう。襲う事も忘れうっかり手を貸して抱き起してしまった。

「あ、ごめんなさい!俺ちょっと急いでいて…!!」

「いえ…こちらこそ……」

 初めて間近で見る美青年のキラキラした瞳はとても愛らしく、何者かが出会った歴代の美女の中でも群を抜いていた。

 柔らかそうな薄い茶色の髪、緑色の大きな瞳。華奢で思わず守ってあげたくなるような体系に、色白の肌……

(やばっ……可愛過ぎるだろ!?)

 もうすっかり目的を忘れ、口説いてしまいたくなる衝動にかられたと言う。

「…あ、あの…怪我とかしていませんか?俺、結構石頭だから…頭ぶつけちゃったし……」

 さっきの『ドカッ』はどうやらこの音も入っているらしい。美青年は額を摩りながら、少し苦笑して何者かの顔を覗き込もうとした。

「…!?」

「わっ!?」

「…だ、大丈夫です……」

 何者か…は慌てて近づく美青年を押しのけ距離を取る。

(ちっ……このまま諦めて出直すか…!!いや!油断してる隙に…!!)

「…あれ?凛君?」

 再び気を取り直し襲い掛かろうとした時だった。

 何者かの目を疑う様な人物が登場したのは……

(今度はコスプレのイケメンかよ!?)

 普通の人間から見ればそう見えるだろう。しかし、本人にとってそれは普段着であった。

「紫乃ちゃん!!」

「どうしたの?こんな所で…ん?知り合いかい?」

 美青年に爽やかな素敵な笑みを浮かべ、その何者かに気づくと微かに彼は鋭い目をした……様に思えた。

「俺、急いでたらぶつかっちゃって…」

「え?駄目じゃないか気を付けないと。怪我はない?」

「うん、大丈夫。俺丈夫だし!」

「うん、知ってるよ。けど念のためにね。あなたも…すみません、うちの子がご迷惑をお掛けして…」

 と、次はにこやか爽やかに深々と頭を下げられ謝罪……

 何者か…は更に戸惑った。

「い、いえ……」

「そうですか。とにかく何も無い様で良かった…物騒な世の中ですからね?ははは。」

「は、はぁ……」

(ば、バレてるのか!?これバレてるのか!?)

 その爽やか好青年の穏やかな態度が余計に怖かった……

 何者か…は早々に退散しようと決意した。

「…さ、凛君も…何も無かったのなら早く家に帰るよ?蕾ちゃんが心配して迎えに来ちゃうよ。」

「あはは、確かに!つーちゃんちゃんとお勉強してるのかなぁ…」

「大丈夫大丈夫。俺がしっかり叩き込んでるから。そのおかげで調子良いみたいだしね。」

「へぇ~!!さすが紫乃ちゃんだね!!」

 早々に退却……するつもりが……

 先に二人がさっさと立ち去ってしまった。

 後に残された何者か…は……

「……ってさっきの…東雲青嵐!?マジ!?」

 と、今更大切な何かに気づいたのであった……




『犯人は……下田さん、あなただ!』

 そんな出来事があったとは知らずあたしはと言うと……

 紫乃さんが出掛けに残していった課題プリント(紫乃さんの手書きの手作り)を終え、一休みしていた。

 あ~!!なんか最近ちょっと調子良いんだよねぇ!!ついにあたしも受験生としてのレベルがUPして……!!

 今更ちょっと飲み込みが速くなったくらいで喜ぶのもどうかと思うが…あたしにとっては大進歩なのだ。

 そして何気なく、リビングへ行くと母がソファーに涅槃像の如く寝転がり陣取りテレビを観ていた。

 しかも……有沢伴主演の『和製ホームズの事件簿:(リターン)』とか言うしょうも無い探偵ドラマである。

 リターンって…戻って来なくていいし。このどや顔の伴を見るとイラッと来るんだよねぇ…。

 華麗な推理を披露し、饒舌にトリックを明かしていく伴こと和製ホームズと呼ばれる武藤彼方(むとうかなた)少年。

 普段は無気力で気だるげなやる気無し男(忍を思い出す)は…いざ謎解きとなれば別人になるって言うありがちなキャラ設定。主演俳優本人に何度聞かされたことか。

 あたしはイラっとしたので『忍にずっと張り付いて見習え』と言ってやったら本気にしやがった。伴は今…星花町にいるだろうが、宮園家ではなく文月家に居座っているだろう。

「…あ~…いつ観てもこのどや顔腹立つわ~……」

「何言ってのよ!超イケメンじゃない!!あ~!!お母さんこんな婿早く欲しいわぁ~!!てか早く手中に収めんかい!!」

「ぐほぉっ!?お、お母さん……ノリで娘を絞めるのはやめて……!!」

 徹夜明けでハイテンションなのだろう…。

 片手にビール缶を握りしめ、もう片方の腕で娘をスリーパーホールド……!!

 おおぅ……これは苦しい…!!相変わらず娘にも加減しない母美空!恐るべし!!

「…あ、ジャーキー切れた。つーちゃん買って来て。」

「買って来てじゃないわよ…あたし受験生なんだけど?普通はさ…勉強頑張る娘の為に『今日のお夜食は玄米のおにぎりよ~』とか言って洒落たヘルシーオーガニックなお夜食の一つや二つ持って来るもんでしょうが……」

「夜食なら昨日作ってあげたじゃない。」

「あれは料理じゃありません!殺人兵器です!!」

「何よぉ~!!お母様のオリジナリティ溢れるお夜食が食べれないって言うの!?母の愛は深いのよ!あの血み泥沼よりもね!!」

「ホラー盛り込んで例えないで!!」

 『血み泥沼』とは…母の作品(母はホラー作家)に出て来る常に赤黒い色をした不気味で曰く付きの恐ろしい沼の事だ。

 いや……あの話は本当トラウマになるくらい怖かった…

 母の『オリジナリティ溢れるお夜食』もトラウマになるくらい恐ろしい物だったけど……

 なんでこの人って娘の心に大きなトラウマ与える物しか作り出せないんだろうか…??

「…分かったわ…そんな事言うならお母様が毎日美味しいお夜食を作ってあげようじゃないの!」

「お母様の『美味しい』は常人からかなりかけ離れてるから良いです……。」

「全く!ああ言えばこう言う!!いつからこんなひねくれた子になったんだろうね!お母さんは悲しい!!」

「あたしも悲しいよ!!」

 ああ……今日も元気にマイペースで何よりだ。

 母よ…娘のお夜食はどうでも良いから、せめていつも締め切りに合わせて原稿仕上げてあげて下さい。担当さんが可哀想です。

 そんな母娘水入らずの騒がしい一時を過ごしていると、出かけていた紫乃さんが帰って来た。ついでに凛さんも一緒に。

「ただいま~!!宮園親子は仲良しだねぇ~!!」

「本当だね。微笑ましい限りだよ。」

 と、リビングに入るなりあたしと母を見て二人は暖かな笑みを浮かべそう言った。

「おかえり美男子達!!待ってたわよ!!あ…ちょっと蕾邪魔。どけ。」

「何この酷い仕打ち!?」

「うっさいわねぇ…さ!美男子達!!美空さんの隣に座ってお酌でも肩揉みでもするがいいわ!!」

「近所のイケメン侍らわせたいだけか!!やめなさい!はしたないから!!」

 飽きた玩具を放り投げるかの様に、母は隣に座っていたあたしをソファーから追い出し、代わりに紫乃さんと凛さんを無理矢理両隣に座らせご機嫌だ。

 あ~…なんでこんな時に伴いないかなぁ…。あの役立たず!!これじゃあ紫乃さんに勉強見てもらえないじゃん!!

「……お風呂入ろう…。」

「よし、風呂か…悪くない。お母様も一緒に入ってあげるわ!」

「宮園家のクソ狭い風呂に長身女二人も入りきりません!!」

「何言ってるのよ?一緒にお風呂って言ったら『猫の湯(近所の銭湯)』に決まってるでしょ?」

「決まってるの!?」

「よ~し!!皆の者!美空さんに付いて来なさい!!」

 滅茶苦茶だよお母さん……

 皆の者って…紫乃さんや凛さんも引き連れて行っちゃうんですか?

 しかしここで反論すれば、問答無用のプロレス技を決められる……!!それだけは阻止せねば!!

「フルーツ牛乳奢って下さい…」

「仕方ないわねぇ……」

「よっし!!」

 出掛けのプチ交渉成立で、あたしはその後素早く支度をしたのであった。

 やっぱお風呂上りはフルーツ牛乳だよね!!



 

 *****

「あれ?皆お揃いで何やってんすか?」

 近所の銭湯『猫の湯』に到着すると、そこには見慣れた伴とついでに忍の姿があった。

「君達こそ揃って何やってんの?」

「…風呂入りに来たんだろ…あ~眠い……」

「お前は風呂入る前にひと眠りした方がいいぞ?」

 今にも眠りの世界に入りそうな忍を見て、紫乃さんが珍しく心配そうにそう言った。

 が…その睡魔は直ぐに吹き飛ばされる。

「忍ちゃん、お風呂の中で眠ったら溺れて死んでしまいますわよ?」

「緋乃!!」

「ほら、お風呂入る前に…この超濃縮されたコーヒーを飲んで……」

「…クソ苦ぇ~…お前なぁ…」

 と言いつつも嬉しそうな忍。

 本当…こいつは緋乃を前にすると……

 近所の銭湯『猫の湯』は、昔ながらの銭湯である。星花町一の猫好きの猫田老夫婦が昔から経営する地元民に愛される銭湯なのだ。ちなみに三匹の看板猫もいる。

 男女別の暖簾を潜れば、昔ながらのマッサージチェアや脱衣棚、そして最近設置した貴重品用のコインロッカーを初め…ドライヤーや洗面台なんかもある。勿論体重計(体脂肪も見れる最新式に替えたらしい)も。

 看板猫の一匹、三毛猫(雌)の茶々(猫田のお爺さんが秀吉好きなのでその影響でこの名前)は決まって女子更衣室のベンチの上で香箱座りをして出迎えてくれる。

 別名…『女子更衣室の守り猫様』とも言われている。いつぞや隠し撮りをしようと、女装した変な輩が入って来た時…彼女(茶々)は真っ先にそれに噛みつき撃退した。その後の働きも素晴らしいものだった。

「ちゃ~ちゃんはお利口さんねぇ!」

「うにゃん…」

 決まって女性客に頭を撫でられご機嫌に喉を鳴らすのも彼女の仕事だ。今日も愛想の良い事。

「うちの琥珀ちゃんのお嫁さんにならないかしら…」

「美男美女だねぇ…二匹とも美猫だし。」

「ね?」

 愛想良く出迎える茶々の頭を撫でながらそう呟く緋乃の目は、少しだけ本気だった。

「あ~!!久しぶりの大浴場よ~!!」

「お母さん!いい年してはしゃがない!!」

「蕾!お母様の背中を流しなさい!!」

「…はいはい…女王様の言う通りに……」

 はぁ……何だこのハイテンションっぷりは??

 女性陣は女性陣でこんな感じで騒がしいが……

 あっちはどうなっているのやら……



「…伴君。何をそんなに恥ずかしがってるんだい?」

 男子湯の方では……

 服を脱がずもじもじしている伴の様子を見て、紫乃さんが困り果てて(呆れ果てて)いた。

「…忍や凛君を見てごらん?忍なんて早々に湯船で寛いでるし……」

「い、いや…俺は後で…」

「…もしかして…君、温泉とか行った事無い?いや、あるよね?貸し切り風呂限定とか?」

「い、いや!そんなんじゃなくって!!俺そんなセレブじゃないっすよ!!」

「…じゃあ何をそんなに……」

 と、宥める紫乃さんもまだいつもの衣装を着ている。

 そんな彼を見つめ……そしておもむろに扉のすりガラスを見つめる伴…

「だ、だって…俺…凛さんのそんな姿見たらっ!!」

「…凛君は立派な男の子だから大丈夫だよ。安心して裸の付き合いをしてらっしゃい。」

「そ、そんな!!裸の付き合いとか何言ってんすか!!」

「…お風呂だからそうなるだろ?はぁ…とにかく、君もさっさと来なさい。俺は先に行くよ?」

「え!?し、紫乃さんも入るんすか!?」

「それは入るよ。お風呂入りに来たんだし。」

「え……じゃあやっぱり…」

「…服は脱がないとお風呂には入れないだろ…俺にまで何を想像しているんだい?安心しなさい。俺もちゃんと男です。」

「い、いや!分かってますって!!分かってますけど!!」

 着物を脱ぎかけた紫乃さんに、慌てて待ったを掛ける伴……

 お前なぁ…ここにあたしがいてあたしが男なら無理矢理脱がして風呂に放り投げてるところだぞ??

「…わかったよ。じゃあ俺後ろ向いててあげるから…その間さっさと脱いで入っちゃいなさい。」

「いや!そんなことは!!」

「わかった…じゃあこうしよう。」

「…え?」

「…お兄さんが服を脱ぐの手伝ってげるよ。」

「…へ?え…??」

 にっこり笑顔でそう言う紫乃さんは、この上なく黒く素敵に輝いていたとかいないとか……

 その後…伴らしき悲鳴が男湯の方から聞こえて来た様な気がした。

「…俺もうお嫁に行けない!!」

 湯船に肩まで浸かり、震える伴の姿があった……

「安心しなさい。伴君が行くのはお婿さんの方だから。」

「…しかも忍ちんも紫乃さんも意外な程良い体してるし!普段ぐうたらしてそうなのになんでだよ…!!」

「…え?俺は普通じゃないかな?忍は…まぁ、運動しなくても日々珠ちゃん追いかけ回してるしね。そのせいじゃないかな?」

「…確かに…珠ちゃんすばしっこいし……」

 忍は面白い物が大好きなのだ。最近ではつつけば面白い珠惠がお気に入りらしい。暇さえあればからかって追い回して楽しんでいる。

「でも、伴君も良い体つきしてるじゃないか。さすが現役のアイドルっていうか…ジムとか行ってるの?」

「いや、俺は…。なんかそう言うの続かないって言うか…飽きちゃうんですよね。時は地道に通って日々己を鍛えてますけど…」

「ああ、彼らしいなぁ…」

「俺はそんな時に日々無理矢理しごかれて生きてます…それがこれってだけで……」

「…君は時君に本当愛されてるんだね。」

「俺あいついないと死んじゃう……と言うか俺が輝けるのはあいつのおかげっす。」

「…そうかな?伴君は伴君なりに努力しているから輝いているんだと思うけど……まぁ、俺の勝手な妄想だけどね?」

「…あ、ありがとうございます。」

「あはは、そこで素直にお礼言っちゃうんだ。伴君は素直な良い子だね。」

「ちょ、こ、子供扱いとかマジやめてください!!頭撫でんのも無し!!」

 いつもの素敵スマイル向けられ、紫乃さんに頭をポンポン撫でられると、伴は少し照れたように頬を赤らめ抗議した。

 それを見つめる紫乃さんは実に楽しそうだったとか……

「…にしても…忍に懐かれるなんて…伴君、君は本当に凄いね。」

「え?俺忍ちんに懐かれてんすか?」

「え?違うの?一緒に銭湯とか来てるし…最近忍の家に通ってるんだって?」

「はぁ…ちょっと今やってる役のモデルの参考に。それがマジ凄いんすよ!あいつ!!いつもあんなやる気無しの無気力人間なのに…絵筆持つと人変わった様にきりっとして…」

「…ああ、忍の絵は凄いからね。そこは俺も尊敬してる。」

「そうなんすよ!!その絵!マジ凄くて!!超上手いって言うか…綺麗って言うか…何て表現して良いか分かんねーけど…」

「…ああ、成程…。だから忍は君を受け入れたんだな…多分嬉しかったんだよ。自分の才能を心から『凄い』って言ってくれた事。あとは…そうだな、自分と似ているとか?」

「俺あんなにぐうたらしてねーよ!!」

「そう言うんじゃなくって…好きな事に対しては常に全力を注いで夢中になれるってところだよ。まぁ…忍は伴君の正体を知らない訳だけど…」

「そ、そうっすよ!!俺言ってねーし…」

「けど…勘は鋭いからね。気を付けた方が良いよ?勿論、俺の妹にも。」

「げっ…緋乃ちゃん…!!そっか…あの子紫乃さんの妹だった…!!」

 今さら何を言う…伴よ…??

 湯船にぷかぷか浮かびながらぼーっとしている忍を見つめ、伴は改めて自分の置かれた環境を実感したらしい。


 *****

「あ~!!気持ち良かったぁ~!!」

「な!俺銭湯とか初めてだったけど、また行きたい!」

 猫の湯の入り口で男性陣と待ち合わせし合流すると、あたしと伴は揃って笑顔で満足気にそう言った。

 片手にはフルーツ牛乳(母の驕り)、そして足元には出迎え看板猫の利休(茶トラの雄)がちょこんと座りお見送りの準備をしていた。

「また行きましょう。今度はむめ乃さんや珠ちゃん兄妹も誘って!うふふ、大勢でお風呂は楽しいですわね。」

「…ん、まぁ…たまにはいいよな…」

 風呂上がりのせいで半分眠くなって来た忍と、のほほん笑顔の緋乃も頷く。

「あれ?そう言えば凛君は?」

「そう言えば…サウナ入るから先行ってって言ってましたけど……」

 と、これは母と紫乃さん。

 サウナって…まさか凛さんのぼせちゃってるんじゃ…

「俺、ちょっと見て来ますね。」

 あたしと同じことを考えたのか、紫乃さんは素早く中へ入って行き男湯の方へ消えていく……

「まさか凛さん…また下着盗まれたんじゃ……」

「今日はトランクスだったぞ?」

「あら、何色何柄!?」

 と、最後のは勿論お母さんだ。

「何柄もねーよ…ただの無地の黒色。つまんねー…」

「あ、あれはあれで良いんだよ!!」

「…伴、凛は男だぞ?見ただろ?…お前まで変な目で見てやるなよ…さすがに可哀想…」

「ち、違いますぅ~!!」

「どう違うんですかぁ?」

「だ、だからだな…!!」

 と…こっちはこっちでくだらない言い合いを始める忍と伴の男子高校生コンビ。

 何だかんだで仲良しだな…あんた達……

「トランクスやブリーフはともかく…心配ですわねぇ…凛ちゃん、倒れていたりしないかしら……」

「そうだよねぇ…やっぱ一人にしておくのはまずかったんじゃ……」

「…大丈夫よ。凛君だし。」

「ま、凛だし。あいつ中身はお前並みに逞しいし。」

「まぁ…二度目の下着盗難なんてないよな!」

 皆同時にうんうんと頷き、笑い合う……

 そんな平和なひと時だったのだが………

「…うっ…ううっ……」

「凛君、落ち着いて……」

 暖簾を潜りようやく出て来た凛さんは……

 何故か紫乃さんに宥められ泣いていた。

 こ、これは……!?

「り、凛さん…??一体何が??」

 恐る恐る声を掛けてみると……

 代わりに紫乃さんが無言で首を振った……

 ま、まさかこの反応……

「…下着…また盗まれた……」

『ええ~~~~!?』

 ぼそりと呟く凛さんに、皆(紫乃さんを除く)は一斉に驚く……。定番の様に。

 まさか…こんな所で二度目が起こるなんて!?

 と言うか最近平和過ぎてすっかり忘れそうになってたけど!!

 凛さん……ストーカーされていたんだっけ!?

 じゃなくって!!遂に再び真犯人が!!
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登場人物紹介

宮園 蕾(みやぞのつぼみ)


長身がコンプレックスの高校三年生、ただいま崖っぷちの受験生。『FORESTFLOWER』と言う花屋の一人娘。イケメン・アイドルが大の苦手(というか嫌い)で、拒否反応を起こすこともある。猪突猛進、アグレッシブで口と一緒に手(または足)が出るが人は選んでいるとかなんとか。いつも明るく元気なのでポジティブに見えるが、実はかなりのネガティブ思考者で、未だ過去のトラウマから抜け出せずにいる悩み多きお年頃の主人公。合唱部所属。演歌歌手の大御所、藤岡新之助の大ファンでファンクラブにも入っている。

有沢 伴(ありさわばん)


本名は桐原伴利(きりはらばんり)と言う。人気絶頂中のアイドルユニットAZURE(アズーロ)で、とにかく明るく前向きなポジティブ男子。思ったら即行動してしまうので、相方の時やマネージャーの黒沢に良く叱られることもある。可愛い女の子が好きなので、チャライ面もあるが実は一途な努力家だったり。人気アイドルだが、オフの時は全くそのオーラーを感じないオーラゼロ男でもある。オフの日はジャージでダラダラしている。猫とみかんが大好き。

如月 紫乃(きさらぎしの) 


妙な和装の星花町の優しいお兄さん。商店街で『青嵐堂』と言う古書店を営んでいるが、実は腕利きの祓い屋でもある。また、幻想和風を得意とした人気の若手イケメン作家東雲青嵐(しののめせいらん)でもある。蕾が幼い頃から面倒を見てきたため、紫乃の妹と同じくらい過保護な時もあるが基本蕾には優しいため、蕾もよく頼っている。時に優しく厳しく蕾を暖かく見守っている。妹ラブなちょい腹黒な人たらし。

柏崎 静乃(かしわざきしずの)


蕾の中学時代からの親友。女子高生とは思えぬ美貌と貫禄とナイスボディの持ち主で、常にネイルは欠かさないおしゃれ番長。見た目が派手で、常に理想と意識が高いため男をとっかえひっかえしているが、意外と面倒見のよいツンデレ気質。クールな現実主義者。蕾に日々的確なツッコミをしてくれる。持ち前の美貌と長身で読者モデルも気まぐれにやっているお嬢様だが、家族と折り合いが悪く家を出て知り合いの家に下宿している。紫乃の大ファンでもあり密かに恋心も抱いている。合唱部部長。よく奇抜なユニーク創作料理を生み出す。

桃瀬 苺(ももせいちご)


蕾の友人。小柄でか弱い心優しい保護欲そそるシャイガール。声も気も小さく、人見知りもするためよくいじめられたりするが、蕾や静乃がその度に助けてくれる。小学校から女子だらけの世界で育ったためか、男が苦手。声を掛けられたらまず逃げる。内気だが歌声は見事、合唱部でも常にトップで彼女に憧れる後輩も少なくはないが、本人は自信がないので全く気付いていない。お菓子作りと編み物が得意で、可愛い物が大好き。飼っているうさぎと猫と過ごす時間が癒しのひと時。三人姉妹の真ん中っ子。

九条 時(くじょうとき)


人気アイドルユニットAZURE。歌やダンスだけでなく、演技力も優れているため舞台などもこなす完璧なアイドル。本人も期待に応えるため日々努力を惜しまず、緩み切っている伴を日々叱咤している。非常に意識の高い完璧主義人間。とにかく何事も完璧にこなす。自分にも他人にも厳しく、伴には人一倍厳しいが、ちゃんと信頼と友情はある。普段は礼儀正しくにこやかだが、とにかくAZUREのためにプラスになる事はするが、その妨げになる者は容赦なく排除する冷酷な所もある。東雲青嵐の大ファン。趣味は勿論読書。年の離れた妹と祖母と過ごす時間がほっとする一時らしい。

皐月 聡一郎(さつきそういちろう)


蕾の住む星花町の商店街、喫茶店金木犀の若き店主。元は刑事だったが、金木犀を経営していた両親が亡くなったため後を継ぐことにした。イケメンで落ち着いた物腰とバリトンボイスが魅力的で、隠れファンも多い。蕾とは五年前からの付き合いで、色々と面倒をみてくれている。堅物で過保護なお兄さんの面も……。蕾の初恋の人。

皐月 珠惠(さつきたまえ)


聡一郎の妹で高校一年生。五年前、星花町に越して以来の付き合いでいまでは蕾の妹的な存在。小柄で元気いっぱいな明るい女の子だが、かなりの霊感体質なのが日々の悩みの種の一つ。紫乃が現れてからはちょくちょく相談しているらしい。猫と小鳥が好きで、家で文鳥を飼っている。小柄な割にかなりの食欲魔人。合唱部所属で、蕾とは同じ学校へ通っている。

文月 忍(ふづき しのぶ)


蕾の幼馴染みで実は結構なご近所さんでもある。長身の眼鏡(伊達)イケメンだが、中身はかなりのお子様で常に眠そうで気だるげ。放っておけば速攻眠る。ドS気質のジ●イアンだが、腐ってもイケメンなのでモテる。だが、本人は興味も示さない。退屈するのが大嫌いで、自分が楽しければそれでいい…というどうしようも無い駄目人間だが、芸術肌で絵を描くことに関しては天才的な才能を持っている。しかし、創作時はアトリエに籠り、集中しすぎて基本的な生活行動が疎かになったり、音信不通になったりしてよく周りの人間達を心配にさせる。ひ弱なもやしっ子に見えるが意外と力は強い。緋乃と如月家の縁側が大好き。

如月 緋乃(きさらぎひの)


蕾と忍の幼馴染みで紫乃の妹。見た目はか弱そうな美少女だが、中身は全く違う。兄同様かなり変わった女の子で、同じく祓い屋として紫乃を手伝ったりたまに自分一人で仕事をしたりしている。いつもにこにこゆったりとしていて幸せそうにみえるが、結構苦労している。口では兄を突き放す様な事を言っているがきっと本当はお兄ちゃん大好きなはず(紫乃談)。お嬢様口調なのは、祖母の影響かららしい。ふわもこの触感と甘い物、そしてホラーを愛してやまない。愛猫の琥珀のお腹を撫でるのが好き。めっちゃ力持ち。

日下 凛(くさかりん)


金木犀のアルバイト店員。美少女のような愛らしい容姿をしているが、立派な二十歳の成人男性。都内の洋菓子専門学校へ通っているため、お菓子作りが得意。また、愛らしい容姿は凛にとってコンプレックスなので『可愛い』と言うのは禁句となっている。もし言ったら……彼の逞しい拳が飛んでくるだろう。人懐っこく明るいので、金木犀では人気のマスコット的存在。愛らしい容姿のため、よくストーカーや痴漢に遭うが逞しく撃退している男らしい一面もある。

千石 正宗(せんごく まさむね)


星花町の治安を守る星花警察署の警部。一人娘の蛍をこよなく愛するバツイチのイケメンお父さんでもある。警部なのに常に緊張感が無くゆるふわすぎる空気を醸し出し、よく仕事と言っては町内をふらりとうろつき部下を困らせているらしいが、人望は何故か厚い。『星花署のハシビロコウ』と呼ばれている。

菖蒲 茨(あやめ いばら)


本名は立花涼花(たちばなすずか)と言う可愛らしい名前。伴の従姉で紫乃の腐れ縁の同級生。派手な髪色とゴスロリ衣装を身にまとい勇ましく振る舞う男の様な人。豪快で態度もデカく口は悪いが面倒見の良い姐さんタイプ。普段は緑泉出版と言う小さな出版社で働きながらフリーのカメラマンをしている。ウィッグ&カラコンマニア(?)なので日々髪形や目の色が違っているためたまに知り合いにあっても気づかれないこともあるとか。

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