第6話 日常は突然非日常になる
文字数 7,967文字
都内マンションにて。黒沢弥一郎は、腰に手を当て盛大にため息を吐いた。
ソファーではなく、床の上にきちんと正座した有沢伴を見下ろしながら……
「悪かったって!その…反省はしてます。」
「…本当か?お前はただでさえ独断で行動するからな。普段オーラ無し…いや、普段は目立たない事を良いことにお前って奴はいつもいつも思うよう行動する…プロとしての自覚はあるのか?」
「…同じこと言われて説教されたよ。」
オーラ無しを言い直されたことに少しむっとしたが今に始まったことではない。むしろ彼にとっては慣れた言葉だった。
しかしこうもはっきりとマネージャーである黒沢に言われると傷つきもすれば腹だって少しは立つのだ。いつもなら抗議の一つでもして逆ギレしているところだ。
でも…そんな気にならないのは……
昨日の出来事を思い出し、伴はふと笑いが込み上げて来た。
あいつ…この俺に手を握られたのに全力で拒否反応を示しやがって…初めから思ってはいたけどやっぱり相当……
「…ぷっ…変な奴……」
「伴?聞いているのか?」
「…あ、ああ…悪いやっさん。ちょっと思い出しちゃってさ。あいつも変だけど周りの人も皆ちょっと変人でさ!でもあいつはその中でもずば抜けて変で…ははっ、なんか口に出すとまた…あはは!!あ~!!駄目だ!!」
落ち込んでいたかと思えば急に大笑いし出す伴を見て、黒沢は再びため息を吐いた。勿論呆れて…である。
「あいつって蕾さんの事か?まさかまた失礼な事言って怒らせたんじゃないんだろうな?」
「はぁ?そんなわけないだろ!?大体…昨日だって謝りたくて無理言って残ったんだし…」
「謝ったのか!?」
「そんな驚く事!?」
「…い、いや…すまん…お前が本当にそんな事するなんて…思っていなかったんだ…」
黒沢と伴の付き合いは長いもので、彼のデビュー当時からのマネージャーだ。いつも傍にいて見守り、それはマネージャーと言うよりは父親のような気持ちに近いかもしれない。
そんな彼だからこそ言える。伴は自分から謝る…まして一般人、しかも彼の興味の対象外(好みじゃない)の人間になんて謝ったりしない。気にも留めないのだから。あの時もそんな風だったからはらはらしながらも少し安心していた。
この子は伴の対象外の人間だ。だから余計な心配をする必要はない……と。
そんな伴がわざわざ待ち伏せまでして謝罪した。素直に…しかもこの様子は……
「伴。言っておくがお前は…」
「分かってるって。ただ思い返したらちょっと酷かったなって思ったからそうしただけで…偶然あいつの姿目にしたら謝らないといけないってさ。普通の事だろ?」
「…その他に何か変わったとこは?」
「だから何もねーって!!それに…あいつイケメン、アイドルお断りだって言ってたし。握手してやったら手に湿疹出来てんの!!信じられるか!?しかも近寄るなって全力で拒否反応!マジないわ~!」
「湿疹?…イケメン嫌いだとは聞いていたがそこまでとはな……」
「引くだろ?俺も引いたもん!!でもあいつの周りって結構イケメン、美女揃いなんだよなぁ…耐性出来てるから平気なんだって言ってたけど。マジ訳わかんねー。」
イケメン揃い…確かにロケの時見た限りではそうだ。古本屋の店長と名乗る青年は年齢不詳でどこか浮世離れした感じで……。その上奇妙な和装をしていたが、綺麗な顔をしていた。それに一緒にいた眼鏡の長身少年も。高レベルのイケメン揃いといったところだ。
まぁ…彼女自身も清純派で母親譲りの中々綺麗な顔立ちをしていたが…。長身でも黙っていればそれなりにモテるだろう。いきなりドロップキックは驚いたが。
「まぁ…変な気起こさなければそれで良いんだが…」
「起きる訳ねーよ。手出したら即座に投げ飛ばされそうだし…」
「…まぁ、彼女ならやりかねないな…」
「だろ!?でも面白かったなぁ~!!綺麗なお姉さんもいたし!また行こうかなぁ…」
「伴…」
「なんだよ?行くくらい別に問題ねーだろ?俺オーラ無し男だし?誰も気づかねーよ!!…マジで誰も気づかなかったし…」
「…自分で言って落ち込むなよ…はぁ…。後で時にも連絡しておけよ?」
「げっ…やっぱり?」
伴が心底嫌そうな顔をすると、その直後インターホンが鳴った。
「連絡する手間が省けたな…」
「うっ…勘弁してくれよなぁ…」
帰ろうとする黒沢を必死で引き止めながら、伴は恐る恐るドアを開けたのだった。
*****
放課後の音楽室から聞こえるピアノの音…そしてそれに合わせて美しい歌声が聞こえてくる。
あたしの通う
あたしはそんな誇り高き合唱部で…地味にピアノ伴奏者としての役割を二年間果たし…今年で三年目に突入しようとしていた。
「ちょっと止めて。今の所もう一度…」
あたしを制し、指揮棒を振る手を止めたのは静乃。見た目は派手な女子高生だが指示を出すその姿は凛々しく美しく見える。
静乃は歌が上手いが指示を出す方が向いているらしい。そしてあたしは一年の時からずっとピアノ伴奏担当。それを条件に入部したのだから。
こう見えて人前に出ることに抵抗があるのだ。あがり症ってやつなのか…。だから例え皆と一緒であっても人前で歌うことは出来ない。
本当はピアノ伴奏だってしたくないところだが…先代の先輩と駆けをして負けたあたしはこうしてこのポジションにいなければならない。卒業するまで。あたしは約束は守る女なのだ。
「じゃあもう一度…」
苺ですら立派に歌っているのにあたしと来たら…
美しい歌声の中、半分機械的にピアノを弾きながらたまに情けなくなってくる。こんな自分に。
人前…まして大勢の前で堂々と何かを成し遂げることは凄いことだ。歌でも演技でもダンスでも…
けど、一度の失敗で立ち上がれない程の衝撃を受けたのなら…?もう二度と同じようには出来ない。あたしがそうだった。
「あ!!有沢伴!!」
ガタンッ!!
部活も終わり、音楽室で雑誌を広げていると突然誰かがそう言って目を輝かせた。
いたた…ビックリして椅子から落ちたじゃん…元気な子だな…
と、その正体…珠惠を見上げると不思議そうに首を傾げていた。
「蕾ちゃ…蕾先輩大丈夫ですか?」
「ビックリさせないでよ…」
いつもの癖で『蕾ちゃん』と言いそうになったのを慌てて言い直すと、珠惠は雑誌を手に再びキラキラした目でそれを見つめた。
あんたこの前本人に会ってるんだよ?気づかないで雑誌越しの彼をこんなキラキラした目で見つめちゃって……
雑誌に載っている有沢伴は当然アイドルオーラ全開。あの怪しさ満載のジャージ男と同一人物とは思えぬ程キラキラ輝いていた。
あれから二週間か…。本当にあれが有沢伴だったのか…日が経つごとに疑わしくなってくる。
二週間前、あたしはわざわざ謝りに来た彼を不審者と間違え殴り飛ばし、挙句握手され拒否反応を起こし湿疹した。手全体に。
「そう言えば…桐原さんもイケメンだったよねぇ!」
「そうかな…?」
「そうだよ!というか…う~ん…なんか伴に似てない…?てか伴だったりして…!!」
「そ、そんな事ないって!!珠惠何言ってんの??」
冷や汗が……
あくまでこの間は『アイドル志望の知り合いの桐原君』として紹介した。アイドル有沢伴としてではなく。真実を知っているのはあたしと紫乃さんだけだ。
あの後紫乃さんが面白がって珠惠に真実を言うかとハラハラしたけどそれもなかったし。忍にバレたら凄く面倒臭くなるし。
「だよね~!あんな所にしかも蕾ちゃん…先輩の知り合いが有沢伴だったなんてありえないよね。アイドル嫌いだし!」
「そ、そうそう!あたしアイドルなんか興味ないし!あ、あはは!!」
ありえちゃったんだよ…しかもひょんな事で知り合っちゃったんだよ。
なんて事は今さら言えやしない。お見合いの一件は知っているけどまさかあの時一緒にいたのがそうでしたなんて今更言えない。
「何?珍しいわね、ゾノがアイドルの話題出すなんて…」
「ち、違う違う!珠惠が!!」
「知り合いが超イケメンだったんです!静乃先輩知ってます?」
と、珠惠がまたいらんことを興奮気味に話すものだからあたしはやむ終えず二週間前の出来事を話すこととなった。
そういや静乃には見合いの事言ってなかったな…ま、いいか。今更。
「アイドル志望の桐原君ね…どこで知り合ったの?」
「え?ま、まぁ…ちょっと…」
「…別にどうでも良いけど。紫乃さんにあまり迷惑掛けるんじゃないわよ?あの人も色々忙しいんだから。」
「いや、むしろ迷惑してるのはあたしだけど…ね?珠惠?」
あたしの言葉に珠惠は深く深く頷いてくれた。
紫乃さん、星花町に戻って来てからやたら珠惠を構ってるんだよね。お気に入りなのか凄く楽しそうに。まぁ、確かに珠惠は可愛い奴だけど。構いたくなる気持ちもわからなくもない。
「と、とにかく!!この話題はもう終わり!!あたしはアイドルもイケメンも興味ないんだから…」
あの時、湿疹した手を反射的に摩りながら呟くと、譜面を乱暴に掴み鞄の中へと押し込んだ。
別にドキドキした訳じゃない。むしろゾッとした訳で…
それにきっともう会うこともない。あれはたまたまの出来事で現実的に考えれば奇跡に近い出来事だ。
「さてと…帰ったらまた勉強だ…」
あの酷い模試の結果は星花町中に広まっていたらしく…塾へ行かない代わりにあたしは馴染みの人々から勉強を教わっていた。なので金木犀は今じゃ癒しの場ではなく、受験勉強の場所…しかも皆さん結構スパルタだ。
ああ、帰りたくない…でも逃げたらきっと追ってくる…最悪待ち伏せとかされて連行されるんだ…。
カランコロン♪
「おかえり、蕾ちゃん。待っていたよ?」
「…帰ってくれてもいいんですが…」
いつもの様に金木犀に向かい、レトロな音のベルを鳴らすと紫乃さんが出迎えてくれた。いつもの素敵スマイルで。いつもの恰好で。
「ちょっと遅かったから迎えに行こうかと思ってたんだよ?あはは!」
「お願いですからそれだけはやめて下さい!!」
こんな恰好で校門…しかも名門女子校の前に立たれたら目立ちまくりだ。どんな噂が流れるか…
「うん、聡一郎さんに止められちゃって。藤桜って可愛い子多いんだって?俺ちょっと楽しみにしてたんだけど…」
「…紫乃さんはここにいても十分可愛い子が寄って来るでしょ!」
「そうだねぇ…あ、今日は静乃ちゃんも一緒なんだね?じゃあちょっと得しちゃったかな。」
「ええ、そうですね…ちょっと準備しますんでお兄さんは大人しく原稿でも書いて待っていてください。」
テーブルに広げられた原稿紙と紫乃さん愛用の万年筆…原稿はまだ真っ白である。
この人…また担当の人を困らせて…。最近何とか賞とかいう凄い賞にノミネートされたからってちょっと気抜け過ぎなんじゃないのかな。
「ん?君は初めてだね?」
静乃の陰に隠れるように立っていた苺の姿を捉えた紫乃さんは、すかさずご挨拶。
爽やか素敵スマイルを前に男嫌いの苺は…やっぱり戸惑って固まっている。いや、怖がっているんだ。無理もない…こんな怪し気なお兄さんがいきなり現れたんじゃ…
「…あ、あの…」
「初めまして、如月紫乃です。君の名前聞いても良いかな?」
「…も、桃瀬苺…です…」
ああ、あんなに怯えちゃって…
「苺ちゃんか、可愛い名前だね。」
「…そ、そんな事…」
紫乃さんに微笑まれ、顔を真っ赤にして俯いて…可愛いなぁ…
しかし、そろそろ助けねばならない…!!
「はい!そこまでです!!紫乃さん、あたしの可愛い苺先輩怖がらせないでくださいよ。」
「酷いな珠ちゃん…俺は蕾ちゃんのお友達にご挨拶していただけだよ?先輩って事は…じゃあ君も合唱部?」
「そうですよ。凄く歌上手で綺麗なんですよ~!!先輩はあたしの憧れなんです!」
「ああ、良く話していた…そっか君が…俺てっきり蕾ちゃんかと思ってたよ。」
うっ…紫乃さん、笑顔でざっくり来る事を言わなくても…
あたしだって高校へ上がる前までは合唱部で歌ってたし、珠惠もそれを知っているし『憧れの先輩がいるんだぁ!』って言われた時にはちょっと期待してたけど!!
そっか…苺の事だったんだ…は、ははは……
「さ、さぁ!紫乃さんお勉強の時間ですよ!!」
「うん。…あ、お兄さん何か奢ってあげようか?ケーキ好きだよね?」
「変な気使わないでください!!」
結局、あたしは何故か紫乃さんにケーキをご馳走され店長からのサービスだとコーヒーを無料にされた。嬉しいけど何だろう?この複雑な気持ち。
何だかんだ言いながらも何かに集中すれば気も紛れるもので…紫乃さんの解り易い説明を受けながら何とか問題をこなし時間はあっという間に過ぎて行った。
気づけばあたしは紫乃さんだけでなく色々な人から勉強を教わっていた…これもいつもの事だ。
「…あんたって本当…人の優しさで生きているわね。感謝しなさいよ?」
「うん…本当、ありがたいです…!!」
帰り際、静乃にそんなことを冷静に言われしみじみと頷いたくらいだ。
「…静乃ちゃんは相変わらず厳しいね。まぁ、それが彼女の良いところなんだけど…」
「そうですねぇ…」
「それで?あれからどうなったの?伴君とは連絡取っているの?」
「え?いきなりそんな事聞くんですか?」
「…事情を知っている者として気になるのは当然だろ?一応あの中では俺しか真実を知らないわけだし…」
金木犀を出ると、帰り道紫乃さんがいきなりそんな事を聞いて来たので蕁麻疹が再発しそうになった…気がした。
「…何もある訳無いじゃないですか…あのこと自体夢のような出来事ですし…」
「え?そうなんだ?俺はてっきり彼が蕾ちゃんの家に入り浸って仲良くなっているのを想像したんだけど…」
「なんでそうなるんですか!?変な妄想力をここで働かせないでください!!」
「ごめんごめん、冗談だよ。でも意外だな…二人とも気が合いそうだったし…」
「何かあったらこんな普通にいられませんよ!あたし、あいつに手を握られただけで蕁麻疹起こしたんですよ?何かある訳がないでしょ!!」
「え?蕁麻疹起こしたの!?…お兄さんそれ初耳なんだけど…」
「…と、とにかく!これ以上何かあるとは思えません。あれでもうお終いなんですよ。大体連絡先も知らないし…」
「…そんなもんか…何か残念だなぁ…」
「紫乃さん、あたしで楽しむのいい加減やめてくれませんかね…?緋乃がいないからって…」
「緋乃がいても俺は蕾ちゃんを見てて楽しいけどね…本当昔から何か色々やらかしてくれるから飽きないんだよねぇ~!珠ちゃんは君に似たんだね。」
「なんでそこで珠惠が…あ、そうだ。珠惠で遊ぶのもやめて下さいよ?聡一郎さん怒ると本当怖いんですから…」
「う~ん…それはちょっと無理かな…彼女は君と同じで放っておけないから。」
「ま、まぁ…確かにちょっと元気過ぎますけど……」
「大丈夫だよ。悪いようには絶対しないから…ただね、珠ちゃんみたいな子を見ると放っておけないんだよ。職業病なんだろうけど…」
「…どっちのですか?」
紫乃さんの職業は作家兼祓い屋だ。しかも実家はその祓い屋の名門らしく結構地元じゃ大きなお屋敷の格式高いお家らしいって話を昔聞いたことがある。
だからこの人の職業病と聞くと…どことなく恐ろしいような気がする。胡散臭い気もするけど。
隣を歩きながら苦笑する紫乃さんを見ると、尚更そう思わざる終えない。穏やかで優しいけど真意は分からない…それが如月紫乃という人間だ。ミステリアスと言ったら聞こえは良いけど。
「ん?見慣れない車だな…」
家の前まで来ると、紫乃さんはふと足を止めそれを見つめた…
確かに見慣れ無い車だ。黒いワゴン車?宮園家の愛車は派手好きな母専用の真っ赤なスポーツカーと父の白いワンボックスカーの二台になる。
「誘拐!?」
「こらこら…早とちりは駄目だよ。」
「…だって黒いワゴン車ですよ!?事件の匂いがプンプンじゃないですか!?」
「…いや、普通に乗ってる人もいるからね?蕾ちゃん、昨日深夜のサスペンスドラマ観てた?」
「何でわかるんですか!?」
「俺も観てたから。誘拐事件で黒いワゴン車が使われてたし…美空先生の作品にもよく同じような車種が使われているしね。影響受け過ぎだよ。」
「…じゃあなんで隠れてるんですか?」
「…蕾ちゃんが物騒な事言うからつい…ほら、ふざけてないで帰るよ?」
「じゃああの黒いのどうするんですか!?」
「別にどうもしないよ…お客さんがたまたま来ているのかもしれないし…怖い話が聞きたいなら俺がたっぷり話してあげるから…」
茂みからあたしを引っ張り出し、紫乃さんはそのまま宮園家へと引きずって行った。
というか紫乃さん…あたしの扱いが雑なのは気のせいかな?やっぱ小柄じゃないからか?
ガチャ…
「ただいまぁ…」
そっとドアを開け中へと入ると…
「…し、紫乃さん…送ってくれたお礼にお茶でも飲んでいきません?」
「怖いんだね…?いいよ、ご馳走になるよ。」
「こ、怖くないですよ?ただ…ちょっと…」
「ほら、いいから行くよ?自分の家なんだから堂々としてなさい。」
「ちょ、ちょっとそんな引っ張らなくても!!」
「君が心配している事は絶対にないから…ほら、おいで…」
またもや腕を引っ張られ、半分引きずられるように家の中へと入ると、紫乃さんは冷静にリビングのドアを開けた。
「あれ?あんた…紫乃さん?」
「…ん?」
開けたその先…ソファーには何故か我が家の様に寛いでいる有沢伴の姿が…
その隣では締め切りで追い込まれた母が、酒に酔って父にプロレス技をかけている…
「…ああ、よかった…いつもの我が家の光景…」
ほっとしてソファーに腰を下すとお茶が差し出され…
って何かが違う!何故あいつがここに!?
「蕾ちゃん…お兄さんに分かりやすく説明してくれるかな?」
「…い、いや!あたしにも何が何やら!?」
「別に隠さなくても良いんだよ?俺はただ知りたいだけだから…ね?」
いつの間にかあたしの背後に回り、肩をがっしり…恐らく凄い笑顔でいるだろ紫乃さんの声が聞こえて来た…
お、怒ってらっしゃる…これは絶対何か誤解していらっしゃる!!
「蕾さん、いきなりお邪魔してすみません。一度連絡してからと言ったのですが…」
と、申し訳なさそうに現れたのは黒沢さん…!?さっきお茶を差し出してくれたのはこの人か!?
「…蕾ちゃん?」
「ああ、あなたは確か本屋の…」
「蕾!帰って来たらカウント取って!!」
「や~、おかえり蕾…」
「やっさん、俺紅茶が良いんだけど…」
皆それぞれ話だし…
というか…何なの?いきなりまたこんなありえない展開って…
「蕾~!!カウント!」
「く、苦しいよ美空さん…ははは…」
「なぁ!紅茶何処?」
「すみません蕾さん…これには少し…」
「それ、俺も聞きたいんですけど…」
あ~!!もう!!
何なの皆好き勝手に……
「うるさ~い!!皆あたしが受験生なの忘れてるでしょ!!勉強出来ないでしょうが!!」
そうそう。ストレス騒音は受験生の敵…落ち着いた環境で勉学に励まなければ合格への道は…
ってそうじゃない!!問題は…
「なんであんたがここにいるの!?」
それだ!そう、それが一番の問題だ!!
ソファーで寛ぐ有沢伴を指さし、あたしは何とかそう言ったのだった。
「…やっさん、まだ説明してねーの?」
「今しようとした所だったんだが…」
「はぁ?じゃあ早くしろって!」
何?今度はマネージャーまで一緒に…
あたしはこの時、何故かとてつもなく嫌な予感がした。
そう、こんな空気の時の話はきっとろくな事ではない…