第9話 人間だからアイドルも変わらない
文字数 6,169文字
『兄貴!!こっちに来るな!!』
グサッ…
人気のない雑居ビルの中、薄明りに照らされた隆仁は黒ずくめの怪しげな男に背後から刺され崩れ落ちる……
そんな彼に駆け寄る兄…桜庭。彼はこの弟と年季の入ったボロアパートに住む敏腕刑事である。今日も少しくたびれたスーツが良く似合う。
『隆仁!隆仁!!』
『兄貴の役に立てたらって…ずっと思ってた…けど…ごめん…』
『もういい!何も話すな!!』
『ははっ…情けない顔してんじゃねーよ…馬鹿兄貴…あんたは俺の憧れなんだぜ?』
『…馬鹿が…』
敏腕刑事の腕の中で静かに目を閉じる弟隆仁…涙にくれる男、桜庭刑事…そして流行りのJポップが流れ出す……
画面に文字が流れ出し、そこに現れる有沢伴の文字。しかも弟、隆仁として。
あたしは今まで人気急上昇のドラマ『桜庭刑事物語』を手に汗握りながら夢中になって観ていた。
そして、隣には…今人気急上昇の超人気アイドル、有沢伴本人が座って我が家の如く寛いでいた。先ほどの迫真の演技をしていたアイドルとは思えない格好で…
「…もうちょっと間を置くべきだったか…」
「あんた死んだんだ…そっかぁ……」
「俺が死んだみたいに聞こえるんだけど…」
「別にそれでもあたしは…てか一回死んでその顔直して来ればいいのに。」
「…まだ根に持ってんのかよ…」
バリバリ…
次回予告を見ながら、ソファーでダラダラしつつ揃ってせんべいを齧る有沢伴は当然テレビで見るようなキラキラオーラなんか全くなくて、ついでにジャージ姿だった。
またゴムウェストか。お腹見え掛けてるし…髪の毛ちょっとぼさぼさだし…なんなんだこいつは?
しかし、ドラマの隆仁と同一人物とは思えないこのオーラゼロアイドルは腐ってもアイドルであることには変わりなかった。顔はやぱり綺麗だ。こんなだらけきった恰好と雰囲気を醸し出してもなお。それがムカつく。
ああ、気持ち悪いよ~…ぞっとするよ~…!!
と、いつものあたしなら隣に座っているだけで耐えきれず殴る蹴る等の暴行を加える訳だけど…
「…お前何だかんだ言って慣れて来たよな?」
「…そう?まぁ…こう毎日来られて我が家の如く隣で寛がれてたら嫌でも慣れるわよね…」
「あからさまに嫌な顔すんな!ああ…ここまで長かったぜ……。俺どんだけ見えない場所に痣作った事か…」
「どーもすみませんでした……」
「ま、おかげで反射神経良くなったけど…。顔回避するのにささっと避ける技が身に付いた!すごくね?俺?」
「なんていうか本当申し訳ない…」
バリバリ…
反省ゼロ、せんべいを齧りながら同じくダラダラするあたしを見つつ、有沢伴は何か言いたそうにしていたがそのまま黙ってテレビに目を向けた。
本当、イケメンアイドルお断りのあたしだけど頑張った…!触られるのは無理だけどこうして近くにいることには慣れたらしく…蕁麻疹は勿論悪寒も鳥肌も立たなくなっているから凄い。
慣れって怖いな…こいつこのままずっと宮園家に居座ったりして…
有沢伴の最強叔母さん光代さん対策として、お互いの譲れない願いの為協力することとなって以来…彼は飽きずに毎日の様に宮園家を訪れ怖いくらい馴染んでいった。本当怖いくらい。
最近じゃあたしが商店街で買い物をしているといつの間にか付いて来ては、図々しい事に商店街名物の牛肉コロッケをねだられる…
そしてあたしのオアシスの喫茶店『金木犀』。そこにも付いて来る。そしてまた恐ろしい勢いで馴染んでいった。勿論『アイドル志望の桐原君』としてだ。誰も未だに気づいていない。彼の正体に。
「…そういや紫乃さんて作家なんだよな?名前なんて言うの?」
「…え?あんた知らなかったっけ?」
そしてこの状態…。リビングで寛ぎ普通に他愛ない会話を交わす一般女子高生と人気アイドルの図って…しかもジャージ姿でせんべい齧ってお茶なんか飲んでいる。
「何?そんな有名な人?」
「うん。あんたも知ってるよ。てか多分知ったら大はしゃぎすると思う…」
「マジ!?誰々!?」
「東雲青嵐。今人気急上昇中の和風幻想怪奇小説家先生。」
「…マジ!?ああ……でもあの人ならなんか納得かも。雰囲気あるし……祓い屋なんだろ?」
「うん。紫乃さん…と言うか如月兄妹の怪談百話はマジで洒落にならないくらい怖いから…」
「…あ~…分るわぁ…緋乃ちゃんに語られても無理だわ俺。絶対眠れなくなる…」
「緋乃の方がまだましだよ…。紫乃さん、いつものあの調子で喋るから余計怖いのよ……あの爽やか好青年スマイルで締めてね…あれ絶対わざとだね…。」
「…あの人の笑顔はタチ悪そうだよな…」
「本当タチ悪い上黒いのよねぇ…」
ズズ…バリバリ…
本人がいないのを良い事にあたし達はだらだらしながらも好き勝手なことを言いまくった。お茶とせんべいをお供にしながら。
まぁ、その本人。今は締め切り前の修羅場真っ最中で家から一歩も出て来ない。いや、担当さんが見張っていて出れないのかもしれないけど。絶対そうだな。
「…で、緋乃……あんたはいつまで家に隠れてるの?」
我が家に馴染むもう一人の人物…リビングの椅子にちょこんと座りにこにこしている茶髪の美少女…緋乃に目を向けた。
彼女は何故かすぐ紫乃さんの元に帰ろうとせず、まるで身を隠すように宮園家に居候しているのだ。さっさと帰ってあげた方が良いのに…。
「兄様、今はお仕事忙しいでしょう?私が行ってもお邪魔になるだけですわ。」
「…確かに…」
「それに…私がちゃんと見張っていないと!伴ちゃんが変な気起こして私の可愛いつーちゃんに良からぬことをしないように……ね?うふふふ。」
「そんな気ないと思うけど…」
「あら?分からなくってよ?つーちゃん可愛いもの…ね?伴ちゃんもそう思わなくって?」
相変わらずなゆったりのほほん口調ににこにこ笑顔。この顔、本当兄妹そっくりっていうか嫌な笑みだ。
「あるわけねーだろ?緋乃ちゃんならまだしも…こいつ長身な上に凶暴だし…ちょっと触っただけで拳振り回すし…昨日なんて俺急所狙われたんだぜ?信じられる!?女が男の急所狙うなんてありえねーだろ!?」
「あらあら、まぁ…つーちゃんたらそれはいけなくってよ?」
「だろ!?緋乃ちゃんもっと言ってやって!!」
「狙うなら確実に狙わないと仕留められなくってよ?ふふ、狩りの基本ですわ。」
「仕留めるって!?狩りって!?緋乃ちゃん何やってんの…?」
「え?普通の女子高生以外の何者に見えて?ただちょっと幽霊さんとかと仲良しなだけですわ。うふふ。」
「…そっか。緋乃ちゃんて紫乃さんの妹か!?……ってことは……!!」
「はい。祓い屋さんです。これでも立派なプロですのよ?でも私、兄様みたいに和風をこよなく愛せませんの…西洋かぶれと良く忍ちゃんにも言われますけど…」
緋乃はアナログ大好きな紫乃さんとは違い意外と現代っ子だ。パソコンは勿論使えるし携帯もスマホである。古き良き『和』を愛する紫乃さんとは正反対に緋乃は古き良き『洋』を愛するのだ。
ただし…ロココ調の高級家具やアンティーク調のランプが好きとかでは無く…いや、好きは好きだけど。とにかく洋風のホラーを愛するのだ。十字架やら髑髏やら洋風の棺やら古めかしくおっかない雰囲気の洋館なんかを。
「…あんた祓い屋って名乗る代わりにエクソシストって名乗ってたわよね…」
「ええ、お札や護摩ではなく十字架と聖水でお祓いするから。と言うか兄様式は色々と面倒臭いもの。」
「紫乃さんそれ聞いたら泣くよ……」
「兄様は考え方が古すぎますわ。今時パソコンも使えない若者なんて…格好悪すぎますわ。」
「それも聞いたら泣くよ…」
「うふふ、それも見て見たいですわね…久しぶりに…」
顔に似合わず本当に言いたいことをズバズバと口にする。本人がいてもお構いなしに同じような事を言うのだろう。それが緋乃だ。
いかにも鈍くさそうに見えて運動神経良いし(ただし
「…ほどほどにしなよ?」
「ええ、気が向いたら…。では、私はこれで。おやすみなさい。」
そしてこの笑顔も紫乃さんそっくり…本当兄妹揃って怖いんだから…
緋乃が客間へと消えて行くとあたしと有沢伴、二人きりになった…。母は修羅場なので仕事部屋に、父も仕事の方が立て込んでいて連日職場に泊まり込み。多忙な両親なのである。
「…本当お前の周りにいる人間って面白いよなぁ。」
「変人揃いって言いたいのね?否定はしないけど。」
「そして意外と美男美女揃い!緋乃ちゃん黙ってれば可愛いだろ?かなり。モテるだろ?」
「…さぁ?あの子中身隠さず我が道を生きてるから…忍も同じようなもんだけど…。それで周りが引いちゃって遠巻きに見守られてるって感じじゃない?」
「ああ。凄い納得!」
「…てかあんたもそろそろ帰らないとじゃない?黒沢さんは?」
「やっさんは今日は家族サービスデーなんだよ。俺一人で帰る。」
「家族って…黒沢さん結婚してたの!?」
「可愛い娘と息子に美人な奥さんがいるぞ。写メ見る?」
「見る見る!!」
と、有沢伴からスマホを受け取ると確かにそこには幸せ家族の様子が映っていた。まだ幼い女の子と男の子…それに控えめな可愛らしい女性…そして幸せそうに笑っている黒沢さんの姿。こう見るとなんだか優しそうな男性に見える。
いや、実際そうなんだけど。元の顔がちょっとちょい悪なだけで…。
「可愛いんだけど…」
「夏と春?それとも美香さん?」
「全部。あんた不祥事起こしてこの幸せ一家の平和をぶち壊すんじゃないわよ…」
「しねーよ!!…やっさんは俺の父親みたいな人なんだよ。小さい頃から色々面倒見てくれててさ…本当良い人だよ。」
「小さい頃って…あんた昔から芸能界入りしてたの?」
「まぁな。俺にはこれしかねーから。歌って踊るのも好きだし、芝居も嫌いじゃねーし…そんな俺を見て誰かが元気になったら良いよなって、そんな純粋な理由があったんだよな。今もそれはかわらねーけどな?」
そんな話をする有沢伴は少し照れ臭そうだった。演技ではない素の有沢伴だ。恰好も何も付けていない普通の同年代の男子って感じで何故か少しだけ親近感が湧いた。
幼い頃から芸能界という特殊な世界で育って来た彼と、そんな世界とはまるで無縁のあたしとでは何から何まで比べ物にならない…積み上げて来た物、進んで来た道自体が根本的に違い過ぎている気がする。
あたしが忍や緋乃と悪戯して駅長さんに追い掛け回されている間に、彼は彼でそんな暇なんかないくらいやりたい事に没頭して打ち込んで来たのだろうか…。
幼い頃の想いや夢を隣で語る有沢伴を見ていると、なんだか今の自分が酷く惨めで嘘くさく思える…
あたしは、今やりたい事をして心から楽しんで充実した日々を送っているだろうか?何かの蕾を花咲かせて達成して来たことなんてあっただろうか?悔い無く正直に生きて来ただろうか?
いや、そんな事は何一つ出来てはいない。多分…あたしの人生はあきらめと後悔ばかり…偉そうな事を言っても自分自身何一つとして何かを花咲かすことなんてしていないんだ。
それは今も同じで…逃げてばかり…今もずっと……
それに比べて隣のこいつは…夢に向かって今でも尚輝こうとしているのだ。常に前を見て生きている…何かを花咲かせる為に常に突き進んでいる。そんな力強い意志というか、エネルギーを感じる。
「あんたって凄いんだ……」
「今頃気づいたか?」
「…そうじゃなくって…なんて言うか…なんでそんなに突き進んで行けるの?怖くないの?失敗したらその後どうしようとか…」
あたしだって昔はそうだった。突き進んで突き進んで、納得行くまで全力で頑張って成功し、自信や称賛を手に入れて来た。
あの時までは…努力すればなんでも報われるって思っていた。
けど…一度全身が震えるような粉々に砕けそうな失敗をしたら全てが怖くなった。もう今までと同じように突き進む事なんか出来なくなって気が付いたら逃げ出していた。
こいつだって一度同じような失敗をしたら折れるに決まってる…
でも……折れて欲しくないと思ってしまうのはただの押し付けだろうか?自分がそうなったから、たまたま身近にいる彼にはそうなって欲しくなという身勝手な。
「…失敗したらまたやり直せばいいだけだろ?何で悩む必要あるんだよ?」
「…必ず立ち直せるとは限らないじゃない。」
「けど絶対無理とは限らない。だったら俺は突き進むだけだ…てか俺結構失敗してるんだぜ?それで落ち込んだりもするけど…」
「逃げたいって思わないの?」
「…なんで?逃げるって事は負けって事だろ?俺負けるの嫌いだし。それに逃げたら絶対後悔するだろ?戻りたくても怖くなって逃げる癖もつくし…だったら俺は後悔しない生き方を選ぶ。絶対逃げない。勝つために……お前だってそうなんじゃねーの?」
あたしの抱いていたもやもやした重苦しい気持ち…そんな言葉を気まぐれにぶつけても、有沢伴は悩むどころか自信満々にそう言い放ったのだった。
キラキラしてるな…こいつ…。根っからのアイドル気質なんじゃ…オーラゼロ男だけど…。
でも、あっさりとこんなにもはっきりと簡単に言い切られてしまうと腹が立つことも忘れるくらいで、逆にスッキリするのは何でだろう?
必ず立ち直れるとは限らない…それは絶対無理とは限らない…か…。確かにそうなのかもしれない。
「…何?俺が良い事言ったから惚れたとか?」
「馬鹿じゃないの?」
「いやぁ…スゲーきょとんとした顔で見つめてくるからさぁ?」
「…そりゃさぞかし間抜けな顔だったでしょうよ…笑いたきゃ笑えばいいわ…は、ははは…」
やけくそ気味にそう言い捨てると、先ほどまで出かかった言葉を飲み込み代わりに笑って見せた。
『やっぱり根っからのアイドルなんだ…』そんな言葉聞いたらすぐ調子に乗って騒ぎだしそうだし。
アイドルもイケメンも嫌いだけど、あたしはこいつが嫌いじゃないかもしれない。触られたら投げ飛ばすけど、速攻。
この恐ろしくポジティブで前向きなアイドルを見て、あたしはふとそう思ったんだ。
勿論、それが好きとか嫌いとかいう恋愛感情とは全く別な物だけど。
あたしにつられてか、隣で馬鹿みたいに笑う有沢伴はテレビの中で見るどんな彼よりも人間らしく自然で好感が持てたのだった。
なんだかその様子が凄く凄く眩しくて、羨ましくて……そしてほんの少し元気をくれる。