第42話 決意すれば行動力は絶大である
文字数 5,029文字
「え?何よいきなり??」
奇妙なお茶会の夜の事であった。我が家にいつもの様にやって来た伴が、あたしの姿を見つけるなりいきなり抗議しやがったのは。
はて……??何を言ってるんだこいつ??ついに仕事が忙し過ぎておかしくなったのか??はぁ、困ったちゃんだなぁ。
あたしはすっかり忘れていた。混乱と勢いに任せ、伴に電話を掛けたことを。もう綺麗さっぱり。
「『どこまでかまってちゃんなんだ』って一方的に言って勝手に電話切りやがって…!!ちょっと気になって俺あの後仕事に集中出来なかったんだぞ!!激辛ラーメンの食レポとかもうグダグダな感じだったんだからな!!」
「…それはあんたの実力の問題じゃないの?てかあれって…?ああ!!あれかぁ!!何かうっすら思い出したかも……」
「うっすらじゃなくてはっきり思い出せよ!!それかその手に持ってるオレンジジュースよこせよ!!」
「…え?まぁいいけど……」
何なんだこいつは本当に??あたしが偶然手に持っていた(決して伴の為に買って来たのでは無い)オレンジサイダーを指さし要求するとは……
別にもういいやと思っていたので、優しいあたしはそれを大人しく荒ぶる伴に差し出してやった。
「…俺、また何かした?」
「何かって?別に?」
「じゃあ何であんな電話掛けたんだよ?」
「…え、あ、ああ……あ~っと…あれは……その…ノリと勢いかなぁ…は、ははは!ごめぇ~ん♪」
「それだけ?本当に??」
「なんでそんな気にすんのよ?それだけだって。」
急に真面目な顔をしてズイッとあたしに顔を近づけて来たので、思わず身構えてしまいそうになる。
こいつたまにこんな顔して接近して来るからなぁ…心臓に悪いからやめて欲しい。
茶化すあたしから目を離さずじっと見つめて来る伴は、何だかいつもの馬鹿ばっか言ってるお茶らけた奴には見えず違和感がある……
こう…あたしまでじっと見てしまうと言うか……むず痒くなるって言うか……
「…ん?」
「何??」
「いや…この名刺って……お前、姐さんに会ったの?」
ふとあたしの肩越し…リビングテーブルの上に目をやると、伴はそこからある物を手に取った。
今日、紫乃さんと一緒にいた謎のゴスロリ美女こと菖蒲茨さんから頂いた名刺だ。
そっか…茨さんはカメラマンでAZUREの専属でもあったんだっけ。それなら伴が反応してもおかしくはない。むしろ普通だろう。
「…あ、あ~…そ、そうそう!!聞いてよ!その茨さんと紫乃さんて高校からの腐れ縁なんだって!今日も偶然一緒に居る所に出くわしちゃってさぁ~!!あの二人が並んだ時の違和感と来たら…ふふ…」
「マジで!?紫乃さん姐さんと知り合いなの!?つーか何その組み合わせ!!俺も見たかった~!!」
よし…食い付いたか……
別にだからと言ってどうと言う事はないんだけど……
「なんでもさ、腐れ縁らしいよ?何だかんだ言って仲悪そうには見えなかったけど……」
「うわぁ~!!見たかったぁ~!!」
そう言いながらやたら悔しがる伴を見ているとやっぱり面白い……
こいつ、本当表情がころころと変わって飽きないなぁ…
でも九条さんだったらきっとこんな風に感情露わになったりしないんだろうなぁ……
「…ん?もしかしてお前…姐さんからAZUREの専属だって聞かされて…その勢いで電話したんじゃ……」
「そうだけど。」
「あ~!成程!!やっぱりかぁ~!!……ってそんなノリで掛けてくんなよ!!俺の今日の失態どう責任取ってくれる!!」
「だからそれはあんたの実力とプロ意識の問題だって!九条さんだったらきっとそんな事あっても冷静に爽やかにやってたよ。うん。」
「…うっ……ま、まぁ…そうだろうけど……いきなり俺とあいつを比べんなよなぁ……」
「…で、伴君はお仕事の後みっちり九条さんに絞られたと……かわいそー…」
「他人事みたいに言うなよ!!説教してる時のあいつ超怖いんだからな!目とか全く笑ってないんだからな!!声とか淡々として部屋の空気とか一瞬で凍らすんだぞ!!」
「…う~わ…それ静乃が怒った時とそっくりじゃん!」
「マ、マジか!?あ…でも何か納得。あの二人似てる感じがするつーか…同じ匂いがするよな?」
「あ~!!するする!!無表情に相手を見つめる氷の様な表情とかそっくり?」
「そうそう!俺あれ見る度にゾッとするんだよなぁ~!!紫乃さんのにっこり笑顔くらい!!」
「あ~!!分かる分かる!!」
今日に限って紫乃さんが宮園家に居ないのが幸いである。
流石に静乃を家で預かっているからか、最近は家にも寄らずに真っすぐ我が家に帰る事が多いのだ。いつもの様に金木犀であたしの勉強を見てくれてはいるけど。
「…時と言えば…あのさ、お前またあいつに何か言われた?何か最近やたらと『蕾ちゃんはどう?』みたいな感じでお前の事聞いてくんだけど。」
「え?九条さんが?静乃の事じゃなくて?」
「は?なんでそこで静乃ちゃんなんだよ?確かにあの二人幼馴染みらしいけどさ…険悪そうだったじゃん?」
「そ、そうだけどさぁ…」
九条さん…ひょっとして本当はあたしの事じゃなくて静乃の事を気にして遠まわしにそう言ってるだけなんじゃないだろうか?探りを入れているって言うか……
静乃の事を相談されたのも意外だったけど、あの時の九条さんの表情はもっと予想外だったし。
八つ当たられて迷惑しているって言うよりは身を案じていると言った方が良いくらい……それくらい感情が顔に出ていたのだ。あたしでも分かるくらい。
「…あ、そうだ。今静乃色々あって紫乃さんの家に居るんだけど…もし九条さんが知らなかったら教えてあげてよ。」
「なんでまた紫乃さんの家!?」
「だからちょっと色々と乙女の事情があるんだって…とにかく、ここは男らしく何も聞かず…九条さんに速やかに教えてあげて。」
「…はぁ?まぁ…いいけど……って良くねぇよ!!気になる!!」
「…ノーコメントでお願いします。」
「取材拒否かよ……仕方ねぇな…とりあえず時に連絡しといてやるよ。今。」
「え!?べ、別にそんな急がなくても……」
「お前が『速やかに』って言ったんだろ?…あ、時?俺俺……だから伴だよ。お前の相方の!」
暫く納得いかない表情を浮かべていた伴だったが、その後気を取り直したかの様にポケットからスマホを取り出し慣れた手つきで九条さんへと電話を掛けた。
俺俺なんて言うから…きっと警戒されたんだな……
いやぁ…本当面白いな…AZUREの会話って。
「…で、まぁ…そんな訳で静乃ちゃんは紫乃さんの家に居るから……あ?紫乃さんって誰って…お前の大好きな東雲青嵐先生の本名だよ。」
どうやら九条さん…紫乃さんの名前を知らなかったのか、忘れていたのか……伴が面倒臭そうに説明している。
「え?今からこっち来る!?なんで!?」
「え?九条さんこっち来るの?」
「何かそうみたいだぜ?…で?こっち来てどうすんだよ?……ってオイ…切れてるし…!!」
「え?切れたの??」
「うん……何なんだよあいつ…冷たい奴……」
「ガチで落ち込むなよ…みかんゼリーあげるから。」
虚しい通話音が響いた光沢のある真っ赤なスマホを片手に…伴は何処か寂しそうに立ち尽くしていた。
あたしからみかんゼリーを差し出されても、しょんぼりしたまま……
寂しがり屋さんかお前は……
「あ!紫乃さんにも連絡した方が……」
「俺がするよ。てか今から紫乃さんの家行ってくる。そんでもって慰めてもらう。」
「あんたがかい。もう…どんだけ傷つきやすいアイドルなのよ……」
「じゃあお前慰めてくれるのかよ?この傷ついた俺の心を……!!」
「嫌だよ面倒くさい。」
「慰めろよ!!」
「嫌だ。断る。」
「お前…俺に対してたまに塩対応だよな……」
「そのうち本当にお塩投げるかもね。ごつごつの岩塩とか。」
「せめて粉末!!」
こうしてあたしと伴はいつもの様なくだらない言い合いをしつつ、結局九条さんが来るまでそんなやり取りを続けていたのだった。
そして現れた九条さんは相変わらずイケメンでオーラが半端なかった。伴と正反対で。
「…遅くにごめんね。蕾ちゃん。伴がいつもお世話になってます。」
「いや、もうそれはこの際良いんで…諦めてるんで。」
玄関のドアを開けるなり、丁寧な対応をし頭まで下げる九条さんは本当真面目っていうか…しっかりしている。
あなたの相方はみかんゼリー食べながらいじけているのに全く……
「とりあえず中へ……」
「お邪魔します。蕾ちゃんの家に来るのは二回目になるかな…」
「そう言えば……何かもっと来ているような気がしますねぇ…あいつが毎日の様に居るからか?」
「本当うちの子が……」
「いえいえ。」
あたしに導かれ、九条さんは申し訳なさそうに再び詫びたので軽く手を振って見せた。
そしてリビングへ入ると……その先に広がる光景は……
「お~、来たかぁ…」
「!?」
我が家のリビングのソファーで寛ぐ伴の姿…あたしにとっては既に日常的な光景になってしまったが、九条さんにはちと衝撃的だったらしい……
お笑い番組なんか観つつ、呑気に笑っているその姿を暫し唖然と見つめる九条さん……
お~い??大丈夫ですか??
「…蕾ちゃん……本当うちの馬鹿が…」
「いやいや、いつもの事なんで。もういいっす。」
「でもこれは…なんで人の家でこんなオフモード全開で寛げるんだ?あいつは??信じられない……!!」
「いやいや、変に畏まられても…てか紫乃さんの家でもこんな感じなんで。」
「東雲先生の家にも!?あいつ本当……俺あの人に合わす顔が無い……」
がっくりと肩を落とし、あたしに勧められた椅子に力無く座り込むと…九条さんはそのまま額に手を当て深いため息を漏らした。とても同年代の男子とは思えぬくらいの疲労感を漂わせながら。
「まぁまぁ、紫乃さん細かい事は気にしない人なんで。腹黒いけど…まぁ、基本優しいので。腹黒いけど。年下には特に優しいんですよ。腹黒いけど…」
「蕾ちゃんは東雲先生の事が好きなの?嫌いなの?」
「え?好きですよ?いつも勉強見てくれるし、美味しいお菓子とか差し入れしてくれるし、紳士的で面倒見の良い優しいお兄さんだし…怒ると怖いけど…」
「…そうなんだ。にしては腹黒いって三回くらい言ったけど……」
「だってあの人あたしが怖い話嫌いなの知ってて笑顔で『気分転換にお兄さんがお話ししてあげよう』って……あ~…思い出しただけで怖い…あの夏の日の夜の……」
本当に思い出したらぞくっとして来た……
あの『お兄さんの体験したお話しなんだけどね…』と笑顔で穏やかに語り始める紫乃さんの楽しそうな姿を思い浮かべるだけで……
伴も思い出したのか(途中から伴も参加させられた)ビクッと肩を震わせたのをあたしは見逃さなかった。
しかし…ここでツッコミを入れていては話が先に進まないだろう。我慢我慢。
「…それで?お前、急いでここまで来て何しに来たんだよ?」
いつの間にか九条さんの隣に腰を下していた伴は、意外にも真面目な顔をしていた。
「…決まってるだろ。静乃を連れ戻しに来た。」
「連れ戻しにって…お前な…何があったかは知らねぇけどやめておいた方が良いんじゃね?絶対お前の説得で戻るはず無いって…」
「だろうな…だから俺も…暫くお世話になろうと思ってさ。蕾ちゃんの家に。」
「はぁ!?」
……はぁ!?な、何故にいきなりそんな展開に!?
にっこり笑顔を浮かべ…玄関に置かれたトランクケースを転がして来る九条さん。
「安心しろ。ご両親には了承済みだ。」
『いやいやいや!!そう言う問題じゃなくって!!』
九条さんの言葉に、見事にハモリ、ツッコミを入れるあたしと伴……
飛び切りの笑顔を浮かべて何言ってんだこの人??やっぱり相当疲れていておかしくなったのか??