第44話 思い付きで行動しても何とかなることもある
文字数 4,465文字
九条さんの顔を見るなり、静乃は案の定嫌そうな顔を前面に出してそう言った。
どうでも良いけど。今日は珍しく縁側に忍の姿が無い。
さてはあいつ、またアトリエに籠って無茶な創作活動に没頭しているな。後で生存確認にでも行ってやろう。
「…成り行きだ。別に俺は好きで来たわけじゃない。」
「そうよね……と言う事は……ゾノ。あんたが無理矢理こいつを引っ張り出して連れて来たのね?」
睨み合う二人を見ながら、擦り寄って来た琥珀(黒猫)を撫でようとしたら突然静乃に名前を呼ばれ、思わずびくっと肩が震えた。
ついでに琥珀も一緒になって全身を震わす……
こ、怖いよぉ……。
た、確かにあたしが無理矢理引っ張って来たんだけどさぁ。なんもそんなおっかない顔して責めなくても良いじゃないのさ。
「…だ、だってこのままじゃあんたいつまで経ってもこっから動かなそうだし……と言うか!このままここに住み付きそうな気がしてさぁ……は、ははは!!」
「だからってなんでこいつを連れて来るのよ。逆効果よ。」
「そ、それは……まぁ…成り行きで……」
「成り行きってどんなよ?まぁ……想像は付くけどね。どうせゾノ、あんたが無理矢理馬鹿時生を引っ張り出してここまで連れて来たんでしょう?殴り飛ばさん勢いで……」
「い、いや!それ違うから!!無理矢理転がり込んで来たのは九条さんのほ…むぐっ……」
ついうっかり事の成り行きを口に出しかけてしまうと、横から口をしっかり塞がれた。勿論、九条さんの手によってである。
見れば九条さんは『言っちゃったね』って感じの呆れた様な少し怒った様な表情を浮かべてあたしを見ていた。
ひぃぃ~!!こ、こっちもこっちで怖い!!助けて紫乃さん!!緋乃!!
しかし如月兄妹は、仲良く縁側でまったりティータイムなんかしている。こっちはそっちのけでのほほんと。
「兄様、大福の粉…また口に付けてみっともなくってよ。」
「え?ああ、ごめんごめん。ははは!」
「もう、しっかりして下さいな。」
なんてのほほんほんわかな会話をしながら……
うう…ず、ずるい。あたしも混ぜてくれても良かったのに……!!大福あたしも食べたいよ!!なんかお腹空いてきたし。
「…なんであんたがゾノの所に転がり込んだのよ?まさかあんた……ゾノみたいな子が好きなの?確かに面白いし…まぁ…黙っていればそこそこ……」
「なんでそこに辿り着くんだよ。確かに蕾ちゃんは面白いけど……」
「ほら!」
「違う!!と、とにかく…丁度良いから帰るぞ。これ以上東雲先生達を巻き込むな。迷惑だから。」
九条さんはいつもの冷静な表情を浮かべると、静乃の腕をぐいっと引っ張り立たせた。
おお……意外と力あるなぁ……
が……ここで大人しく帰るような静乃ではない。当然、その腕を払い除けた。そして再び腰を降ろし、お茶を一口……。
表情はこちらも変わらず冷静だが、九条さんに向ける静乃の目はひんやりと冷たく、その場を氷漬けにしてしまうには十分だった。
さ、寒い……そして怖いよぉ……
膝に乗っている琥珀も耳をぴんと立て緊張状態の様だ。そしてあたしも。
「静乃。自分勝手に行動するのもいい加減にしろ。下宿の皆だって心配してるんだよ…それにばあちゃん…
「それは悪いと思っているわ…けど、これは私の問題なのよ。どうせ知っているんでしょう?何があったか……あの人来たんでしょう?」
「…ああ、来たよ。
「それであの人に頼まれたって訳?私を説得して家に帰る様に?そんな事で私が言う事を聞くとでも思ってるの?」
「思ってないしそうするつもりも無い。」
「じゃあ何よ?どうするつもり?」
「だから…お前を連れ戻しに来たんだ。」
「一緒じゃない!!」
「話を最後まで聞けよ!」
「何よ!?」
「俺はお前を説得するつもりで来たのは事実だ。けど、それは実家に帰れと説得するつもりじゃないし、そんな気は全く無い。」
「…は?じゃあ何処に連れ戻しに……??」
激しい言い合いになるかと思ったその時だった。
九条さんの予想外の言葉に、静乃がらしくも無くぽかんと呆けた表情を浮かべ聞き返したのは……
確かに九条さんは『
静乃を連れ戻しに来た
』と言っていた。けど…そうか…別に何処へとは言っていなかった。まして『実家に連れ戻す
』なんて事は一言も。じゃあ……九条さんは一体……
「帰るんだよ。下宿に。そこが今のお前の家だろ。」
「か、帰るって…じゃあ、あんたは下宿先に連れ戻す為に来たって事??あの人に説得されて私を実家に追い返す為じゃなくて??」
「俺はお前を実家に帰すつもりは無い。だから礼二さんが下宿先…家を訪ねて来た時そのつもりは無いって言ったんだよ。あの人を追い返すつもりだったし。」
「…なんでよ?」
「な、なんでって…それは……!!じ、自分で考えろよ。」
「……?」
「…意外と鈍いなお前……まぁ、今はそれでいいけど……」
まだ呆けて首を傾げている静乃から目を背けると、九条さんは少しだけ頬を赤らめ小さく呟いた。
あれ??これは…まさか……??
あたしでも分かってしまった。そして恐らく縁側でお茶を飲むふりをしながらしきりに聞き耳を立てていた如月兄妹も……。
な、何この展開??なんかあたしまで恥ずかしくなって来るんですけど。む、むず痒い!!
「…と言う事で……帰るぞ?」
「何がどうなって『帰るぞ』なのよ?」
「いいから…!!ほら、先生と妹さんにもちゃんと謝れよ。蕾ちゃんも…何かごめんね。」
「…ゾノ?あんた何照れてんのよ??」
再び静乃の腕を掴み立ち上がらせると、九条さんは縁側に座る如月兄妹に頭を下げ、ついでにあたしに目をやり固まった。面白いくらい一瞬で。
そして何かを釘刺す様に唇に人差し指を当て『内緒だよ』と無言のサインと圧力を掛けて来たのであった。
多分…『伴には絶対に言うなよ』と言っているのだろう。
「い、いやぁ…な、何か暑いなぁなんて…は、ははは…」
「…こらこら。蕾ちゃんやめなさい。」
「へ?え?えぇ?あたしは別に何も……!!」
「君は顔に心の声が出るんだよ……。お兄さんもちょっと暑いけど……」
冷静に穏やかにあたしを諭しつつも、紫乃さんの顔もほんのり赤くなっていた。緋乃なんか蹲って笑いを堪えている様だ。琥珀が不思議そうに見守っているのが可愛い。
「まぁ…そう言う事なら。静乃ちゃん。せっかく時君が迎えに来てくれたんだ。帰りなさい。」
「え?で、でも……私…やっぱり迷惑でしたか?」
「いやいや、俺は全然。緋乃も楽しそうだったし、俺も家の中が華やかになって楽しかったよ。」
いつの間にか用意していたのか。紫乃さんは静乃の鞄を差し出し優しく微笑んだ。
その後ちらりと意味ありげに九条さんにも微笑み掛けるのが紫乃さんらしい……
「…
あの
時君がここまでして君を迎えに来たんだ。彼の気持ちも考えてあげても良いんじゃないかな?」「…なんですか?それ??」
「…いや、いいんだよ。気にしなくて。ほら、時君。これ静乃ちゃんの荷物ね。しっかり手握って帰るんだよ?今度は逃げられない様にね。」
そう言うと、紫乃さんは微笑みを浮かべたまま鞄を九条さんに渡すと労う様にポンポンと軽く彼の頭を撫でたのであった。
勿論、その後九条さんに『子ども扱いしないで下さい!』と怒られたけど……
いやぁ…紫乃さんの楽しみがまた増えてしまったな。これは……。そっとしておいてあげてくださいね?紫乃さん?
「…紫乃さんがそう言うのなら……お世話になりました。色々とお騒がせしてすみません。」
「いえいえ。またおいで。」
暖かな眼差しで静乃を見つめ微笑むと、今度は彼女の頭を撫でる紫乃さん。この人にとってあたしも静乃も…そして九条さんも一緒に見えるのかもしれない。
つまり…『まだまだ可愛い少年少女』である。勿論、緋乃も忍も…伴も当然その中に入る。
「もう来させませんよ。と言うか…もうあなたの傍には近寄らせませんから。」
「え~?寂しい事言うなぁ……。時君は俺のファンなんだろう?」
「それとこれとは別です。」
「…そっか。まぁ、頑張りなさい。お兄さん応援してるから。」
「結構です!!帰るぞ静乃…」
「あはは、時君も可愛いなぁ……」
「あなたのそう言う所……正直言って嫌いです。けど、あなたの才能は尊敬してますから頑張って下さい。ファンである事は変わらないので。」
「そうかい?それは嬉しいなぁ!!光栄だよ。じゃあまた頑張っちゃおうかな!」
「なんかその言い方もイラっと来る…うっ!!」
再び紫乃さんの挑発(?)に乗っかろうとした九条さんの後頭部に落とされた真っ赤なヒールの踵……静乃の長い脚が地に着くと同時、九条さんもその場に頭を押さえ蹲った。
そんな彼を冷たい目で見下ろす女王様静乃……。紫乃さんは堪らず口を押え笑いを堪えた。
「紫乃さんに失礼なことばっか言ってんじゃないわよ。時生の癖に。」
「…お、お前な……その口より先に手やら足やらが出る癖治さないと本当……うぐっ…」
「…何よ文句あるの?喉潰すわよ?」
「…や、やめろ……ごほごほっ……喉と顔はやめろ!!」
静乃の手刀が九条さんの喉に見事に決まり、再び蹲り咳き込む……
はぁ……九条さん…気の毒に……
が、頑張れ!!君の明日はきっと明るいさ!!
「では、失礼します。また今度。」
「はい。いつでもどうぞ。」
ズルズルズル……
静乃に引きずられながら去って行く九条さんの姿を見つつ、あたしはなんだか涙が出そうになった。
あれがあの超人気アイドルの九条時の姿とは……
い、いや……あいつよりはマシか……。
こうして、なんやかんやで巻き込まれたが無事に解決したようだ……
したのか??これ??
「……何?これ??」
その夜、伴がいつもの様に宮園家にやって来たので、あたしは彼がリビングに入って来るなりそれを差し出した。
「…九条さんのお泊りセット。忘れて行っちゃたから返しておいて。」
「え?何それ??あいつ何があったの??てかもう帰ったの!?」
「……秘密。」
「何だよ!!教えろよ!!」
「ははははは!!」
「おい!笑ってないで教えろって!!俺だけ仲間外れとか寂しいじゃねーか!!」
当然、あたしは笑って誤魔化し伴には言わなかった。
だってねぇ?言ったら何言われるか……
怖いもん!!