第2話 バイオレンスでアグレッシブな…

文字数 3,091文字

「わり!!やっさん!!寝坊した!!」

 料亭の一室…松の間に慌ただしく現れたのは間違いなくあの有沢伴本人だった。

 いや…本人……なのか?服装がジャージって何?しかも中途半端な猫っぽいゆるキャラが描かれたニット帽って?裸足って?私服ダサすぎだろ!?

 しかし腐っても人気アイドル…お顔は整っていて綺麗だった。鳥肌が立つくらい。あたしイケメン嫌いだから。

 だがしかし…なんていうかこうオーラみたいな物を感じられないっていうか……。

「なんだその恰好は?お前まさか寝起きのまま来たのか?」

「スマホの充電切れててさぁ!アラーム鳴らねぇし起きた時マジ焦ったわ~!!で、着の身着のままタクシーで来た。あ、やっさん充電器貸してくんね?スマホないと生きていけねぇし。」

 なんて呆れた現代っ子なんだ……!?あたしなんてスマホなしでも一週間平気で過ごせるぞ?多分。

 どうせ徹夜でゲームとかしてたに違いない。そんで寝落ちとかそんなもんだろう。

「…まぁいい。伴、今回付き合ってくれる宮園さんだ。謝罪して挨拶しなさい。」

 黒沢さんは慣れた様子でしかし呆れながらため息を吐くと、あたしを紹介してくれた。

 苦しいけど立つか……よいしょっと。

「あ、どうも!有沢伴です!!今回はお付き合い頂きありがとうございます!しっかしこんな美人な方がお相手なんて…練習とは言え得しちゃったなぁ~!!」

 と、有沢伴の態度がころっと一変。営業であろうとびきりのスマイルを浮かべ手を差し出したのは……あたしではなく母の方だった。

「あらぁ!まぁ!!私もうおばさんなのよ?旦那もいるし。」

「え!?マジですか!?残念~!!」

 と、言いつつもしっかり手を握り合う二人…それをにこやかに見守る父。完全に無視されているだろうあたしはただ呆然と立ち尽くているだけだった。

 こ、こいつ…なめてやがる…あたしを!なんかすっごく殴りたい!!そんで思い切りアイアンクロー(顔面を覆うように掴み握りつぶす技)をお見舞いしてやりたい!!

「伴、彼女が宮園蕾さん。お前に付き合ってくれる子だ。」

「え?こいつ…この子が?じゃあお母様っすか!?」

 と、ちらっと一瞥し再び母へと視線を移す有沢伴……

 もういいかな?アイアンクローくらいしても許されるかな??乙女の心を傷つけた代償として!

「すみませんね、蕾さん…悪気はないのですが…」

「い、いいえ~…」

 ほぉ……悪気ないのかぁ……へぇ……

「本当にすみません…伴!ちょっと謝りなさい。」

 わなわなと震え怒りを耐えているあたしの心中を察したのであろう。黒沢さんは本当に申し訳なさそうに頭を下げ、有沢伴の首根っこを掴みあたしの前へ引きずり出した。

 ダサいニット帽はすでに取られ、寝癖だらけの茶色い髪が露わになる…が、やっぱり綺麗な顔であることには変わりはなかった。

「…ああ、ごめんねぇ~?あんま存在感なかったっていうか…ははっ。つかでかっ!?俺とそんな身長変わんなくね!?スゲー……」

「伴!!」

「なんだよ謝ってんじゃん?つかそんなデカかったらさぁ、男引くでしょ?俺も引くわぁ……」

 何この上から目線…それにこの見下しよう!!明らかに『お前なんて眼中にねぇんだよ、失せな』って感じなんだけどぉ!?つかこの目!顔!!なんなんだこいつ??腹立つ……!!

 ふっ……いや待て。お、落ち着けあたし。殴りかかるのはまだだ…相手は不良じゃなくてアイドル様なんだ!例え自分が全く興味なくても色々と問題が……。ゴシップ記事のネタになんてなりたくない!!

 が、こいつは禁断の言葉を口にしやがったのだ。あたしの一番気にしているワードを。薄ら笑いを浮かべ馬鹿にしたように『顔も普通だし』とつ呟いたこともあたしは聞き逃しはしなかった。ううん、それは良い!!それは良いとして!!身長の事を言うなんて……しかも初対面で!!許さん!!

「つ、蕾さん?本当すみません!!伴!お前は…」

「俺嘘つけねぇし。どうせならお母さんの方とお話ししたいんだけど。長身で凡人並みの顔じゃ相手になんねーよ…何?泣いちゃった?マジ?」

 俯き無言で体だけ震わせ、拳を握りしめ怒りを堪えていると…また見下したような薄ら笑い…

 ム、ムカつく…何なのこいつ!?なんで初対面の人間にここまで言われなきゃならないの?たかがアイドル風情に…!!

 そんなあたしの様子を見ても親は親で何も言わず料理に夢中だし!!本当…どいつもこいつも頭に来る!!

 そう思った瞬間…あたしの中の何かがぷっつりと切れたのだった。

 顔を上げ深呼吸を一つ…あたしは有沢伴へ背を向け歩き出した。個室の入り口へ向かって。

「伴!!とにかく謝れ!!お前は本当興味の無い人間に対していつも…」

「トイレだろ?」

 ピタリ…

 入口…襖の前まで歩くと足を止め、あたしは勢いよく振り返りそのまま走り出し…飛んだ。

「己の性格一度悔い改めて出直せ!クズ野郎!!」

「は?」

 自分でもよくわからない台詞を叫び、足を伸ばす…そして、有沢伴めがけて……はい!ドロップキーク!!

 ドカッ!!バシャーン!!

「うぉっ!?」

 あたしの放った怒りの右足……それをまともに正面から受けた有沢伴は、開け放たれた中庭へ続く窓を飛び越し、乳白色の鯉が泳ぐ池の中へと落ちたのだった。

「綺麗に決まったわねぇ…さすが私の娘。」

「元気なところも美空さんにそっくりだねぇ…ははは。」

 そんな娘の様子を見ても慌てず騒がずむしろ感心する両親…唖然とする黒沢さん…

 あたしはそんなのお構いなしに着物を捲りツカツカと大股で落下した方へと歩き出した。

「お、お前!!いきなり何すんだよ!俺を誰だと思ってんだ!!」

「知るか!あんたなんか興味ない!!アイドルだかなんだか知らないけどあんた何様のつもり!?人にどうこう言う前に自分の性格見直して出直して来な!!このオーラゼロ男が!!」

「なっ!?お前それ気にしてんのに!!」

「うっさい黙れ!あんたが先に喧嘩売って来たんじゃない!!年頃の乙女の心を傷つけた代償は払ってもらうよ!!」

「これでチャラだ!年頃の乙女がいきなりドロップキックするなんて聞いたことねぇし!!この凶暴女!!」

「黙れ無男(なしお)!!あんたなんかオーラゼロ・無男って今日から名乗ればいいわ!!」

「売れない芸人みたいな名前付けんな!!」

「あたしにネーミングセンスは無い!!」

「いばるな!!」

「いいから黙ってアイアンクローさせなさい!それで勘弁してあげるから!」

「なんでそんな技知ってんだよ!?つか駄目に決まってんだろ!?商売道具に傷つける気か!?訴えんぞ!!」

「じゃあコブラクラッチ(絞め技の一種)させろ!!」

「それも無しだ!!つか何で全部プロレス技!?」

 こうして、あたしと有沢伴…二人はその後二時間もこんな感じで激しい言い争いを続けていたという。

 ちなみに、あたしはその時何を言ったのか全く記憶にない。多分彼も同じだろう。本能的に浮かぶ言葉を言い合って罵り合っていたのだから。

『こいつ最悪!!』

 と、これが最後の言葉となったことだけは覚えている。

 とにかくそれが有沢伴との出会い。最悪最低な出会いだったことだけは言える。

 本当、散々な一日だった。あたしの貴重なゴールデンウィーク初日を返せ!!


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登場人物紹介

宮園 蕾(みやぞのつぼみ)


長身がコンプレックスの高校三年生、ただいま崖っぷちの受験生。『FORESTFLOWER』と言う花屋の一人娘。イケメン・アイドルが大の苦手(というか嫌い)で、拒否反応を起こすこともある。猪突猛進、アグレッシブで口と一緒に手(または足)が出るが人は選んでいるとかなんとか。いつも明るく元気なのでポジティブに見えるが、実はかなりのネガティブ思考者で、未だ過去のトラウマから抜け出せずにいる悩み多きお年頃の主人公。合唱部所属。演歌歌手の大御所、藤岡新之助の大ファンでファンクラブにも入っている。

有沢 伴(ありさわばん)


本名は桐原伴利(きりはらばんり)と言う。人気絶頂中のアイドルユニットAZURE(アズーロ)で、とにかく明るく前向きなポジティブ男子。思ったら即行動してしまうので、相方の時やマネージャーの黒沢に良く叱られることもある。可愛い女の子が好きなので、チャライ面もあるが実は一途な努力家だったり。人気アイドルだが、オフの時は全くそのオーラーを感じないオーラゼロ男でもある。オフの日はジャージでダラダラしている。猫とみかんが大好き。

如月 紫乃(きさらぎしの) 


妙な和装の星花町の優しいお兄さん。商店街で『青嵐堂』と言う古書店を営んでいるが、実は腕利きの祓い屋でもある。また、幻想和風を得意とした人気の若手イケメン作家東雲青嵐(しののめせいらん)でもある。蕾が幼い頃から面倒を見てきたため、紫乃の妹と同じくらい過保護な時もあるが基本蕾には優しいため、蕾もよく頼っている。時に優しく厳しく蕾を暖かく見守っている。妹ラブなちょい腹黒な人たらし。

柏崎 静乃(かしわざきしずの)


蕾の中学時代からの親友。女子高生とは思えぬ美貌と貫禄とナイスボディの持ち主で、常にネイルは欠かさないおしゃれ番長。見た目が派手で、常に理想と意識が高いため男をとっかえひっかえしているが、意外と面倒見のよいツンデレ気質。クールな現実主義者。蕾に日々的確なツッコミをしてくれる。持ち前の美貌と長身で読者モデルも気まぐれにやっているお嬢様だが、家族と折り合いが悪く家を出て知り合いの家に下宿している。紫乃の大ファンでもあり密かに恋心も抱いている。合唱部部長。よく奇抜なユニーク創作料理を生み出す。

桃瀬 苺(ももせいちご)


蕾の友人。小柄でか弱い心優しい保護欲そそるシャイガール。声も気も小さく、人見知りもするためよくいじめられたりするが、蕾や静乃がその度に助けてくれる。小学校から女子だらけの世界で育ったためか、男が苦手。声を掛けられたらまず逃げる。内気だが歌声は見事、合唱部でも常にトップで彼女に憧れる後輩も少なくはないが、本人は自信がないので全く気付いていない。お菓子作りと編み物が得意で、可愛い物が大好き。飼っているうさぎと猫と過ごす時間が癒しのひと時。三人姉妹の真ん中っ子。

九条 時(くじょうとき)


人気アイドルユニットAZURE。歌やダンスだけでなく、演技力も優れているため舞台などもこなす完璧なアイドル。本人も期待に応えるため日々努力を惜しまず、緩み切っている伴を日々叱咤している。非常に意識の高い完璧主義人間。とにかく何事も完璧にこなす。自分にも他人にも厳しく、伴には人一倍厳しいが、ちゃんと信頼と友情はある。普段は礼儀正しくにこやかだが、とにかくAZUREのためにプラスになる事はするが、その妨げになる者は容赦なく排除する冷酷な所もある。東雲青嵐の大ファン。趣味は勿論読書。年の離れた妹と祖母と過ごす時間がほっとする一時らしい。

皐月 聡一郎(さつきそういちろう)


蕾の住む星花町の商店街、喫茶店金木犀の若き店主。元は刑事だったが、金木犀を経営していた両親が亡くなったため後を継ぐことにした。イケメンで落ち着いた物腰とバリトンボイスが魅力的で、隠れファンも多い。蕾とは五年前からの付き合いで、色々と面倒をみてくれている。堅物で過保護なお兄さんの面も……。蕾の初恋の人。

皐月 珠惠(さつきたまえ)


聡一郎の妹で高校一年生。五年前、星花町に越して以来の付き合いでいまでは蕾の妹的な存在。小柄で元気いっぱいな明るい女の子だが、かなりの霊感体質なのが日々の悩みの種の一つ。紫乃が現れてからはちょくちょく相談しているらしい。猫と小鳥が好きで、家で文鳥を飼っている。小柄な割にかなりの食欲魔人。合唱部所属で、蕾とは同じ学校へ通っている。

文月 忍(ふづき しのぶ)


蕾の幼馴染みで実は結構なご近所さんでもある。長身の眼鏡(伊達)イケメンだが、中身はかなりのお子様で常に眠そうで気だるげ。放っておけば速攻眠る。ドS気質のジ●イアンだが、腐ってもイケメンなのでモテる。だが、本人は興味も示さない。退屈するのが大嫌いで、自分が楽しければそれでいい…というどうしようも無い駄目人間だが、芸術肌で絵を描くことに関しては天才的な才能を持っている。しかし、創作時はアトリエに籠り、集中しすぎて基本的な生活行動が疎かになったり、音信不通になったりしてよく周りの人間達を心配にさせる。ひ弱なもやしっ子に見えるが意外と力は強い。緋乃と如月家の縁側が大好き。

如月 緋乃(きさらぎひの)


蕾と忍の幼馴染みで紫乃の妹。見た目はか弱そうな美少女だが、中身は全く違う。兄同様かなり変わった女の子で、同じく祓い屋として紫乃を手伝ったりたまに自分一人で仕事をしたりしている。いつもにこにこゆったりとしていて幸せそうにみえるが、結構苦労している。口では兄を突き放す様な事を言っているがきっと本当はお兄ちゃん大好きなはず(紫乃談)。お嬢様口調なのは、祖母の影響かららしい。ふわもこの触感と甘い物、そしてホラーを愛してやまない。愛猫の琥珀のお腹を撫でるのが好き。めっちゃ力持ち。

日下 凛(くさかりん)


金木犀のアルバイト店員。美少女のような愛らしい容姿をしているが、立派な二十歳の成人男性。都内の洋菓子専門学校へ通っているため、お菓子作りが得意。また、愛らしい容姿は凛にとってコンプレックスなので『可愛い』と言うのは禁句となっている。もし言ったら……彼の逞しい拳が飛んでくるだろう。人懐っこく明るいので、金木犀では人気のマスコット的存在。愛らしい容姿のため、よくストーカーや痴漢に遭うが逞しく撃退している男らしい一面もある。

千石 正宗(せんごく まさむね)


星花町の治安を守る星花警察署の警部。一人娘の蛍をこよなく愛するバツイチのイケメンお父さんでもある。警部なのに常に緊張感が無くゆるふわすぎる空気を醸し出し、よく仕事と言っては町内をふらりとうろつき部下を困らせているらしいが、人望は何故か厚い。『星花署のハシビロコウ』と呼ばれている。

菖蒲 茨(あやめ いばら)


本名は立花涼花(たちばなすずか)と言う可愛らしい名前。伴の従姉で紫乃の腐れ縁の同級生。派手な髪色とゴスロリ衣装を身にまとい勇ましく振る舞う男の様な人。豪快で態度もデカく口は悪いが面倒見の良い姐さんタイプ。普段は緑泉出版と言う小さな出版社で働きながらフリーのカメラマンをしている。ウィッグ&カラコンマニア(?)なので日々髪形や目の色が違っているためたまに知り合いにあっても気づかれないこともあるとか。

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