第33話 花は咲くまで時間がかかる
文字数 3,501文字
九月のとある休日の朝、あたしは紫乃さんと並んで窓辺に座っていた。
宮園家は花屋を営んでいると前に説明したが、そのせいか我が家の庭にも季節の花々が咲き乱れ、小さめのこの庭を彩っている。
そんな宮園家の小さなお庭が見える窓辺…窓を開ければ木製のデッキに出られ、そこにレジャーシートでも敷けば春にはお花見気分(宮園家には桜の木もある)を味わえる。
今は簡易な木製ガーデンセットが設置されているが…
「…悩んでいるって言うか…正直戸惑っているんです。」
「うん…そうみたいだね…」
開かれた窓から夏の終わりと秋の始まりが混ざったような風が吹き込み、穏やかに頷く紫乃さんの髪を揺らし…ついでにあたしの髪も撫でて行く。
九月とは言え暦は秋…夏に近い日々が続いているが、たまに思い出したかの様に秋の涼しい気候になる…
今日の様に……
「あたしは…あいつと付き合いたいとか思ってないし…と言うか好きとかそんなの全く考えた事ないし…むしろ恋とかそんなのはしたくないって言うか……その気持ちは今でも変わらないけど……」
「うん…」
「…あいつが最近やたらと『好きかも』とか『付き合おう』とかふざけた事ばっかり言うもんだから…なんか…あたしまでおかしくなって来たって言うか……」
そうだ。何がきっかけで伴があたしにそんな気持ちを抱いたかは知らない。
その気持ちの何処までがはっきりとしていて、あの言葉の何処までが本気なのかも……
いや…そう考えるとあたしも何だけど……
「…普段は本当ああだし、馬鹿だし…みかん馬鹿だし…なんて言うか……馬鹿だし…」
「蕾ちゃん…」
「す、すみません…だって思い出すと本当あいつって…」
「蕾ちゃんも似た様なものだろ…?君と伴君は何処か似通った所があるよね。だから俺も見ていて楽しいんだけど…」
「紫乃さんやっぱり楽しんでたんですか!?」
「それは勿論。俺は蕾ちゃんと伴君が楽しそうに馬鹿…他愛ない会話をして笑ってる光景を見ると嬉しいから。だから楽しいのは当然だよ。」
「今馬鹿って…」
「初めに馬鹿って言ったのは蕾ちゃんだよ?…とにかく、それはどうでも良いとして…そんな二人の姿を見ていると、お兄さんの荒んだ心も和むわけだよ。」
「…はぁ…?」
いつもと変わらぬ爽やか素敵スマイルを浮かべあたしを見つめると、紫乃さんは本当に楽しそうにそう語り出した。
「…けどね…俺は蕾ちゃんが大切だし、傷つく姿は見たくない訳だ……」
「は、はぁ…??」
「…だからね…もし伴君が君を傷つける様な事をしたら許さないし、二度と近づけたりはしない…」
「し、紫乃さん目が怖いんですけど…」
笑顔の好青年から急に変わる鋭く冷たい表情…一瞬だっだけど、その様子からして紫乃さんは本気で言っているに違いない…。
「ああ、ごめんごめん。」
「……」
「…まぁ…そんな保護者の気持ちもあって…伴君に釘を刺しておいたんだよね?『蕾ちゃんを傷つけたら許さない』って…」
「そんな事言ったんですか!?」
「…まぁまぁ。伴君はそんな事する子には見えないし…一応だよ。これも俺の役割みたいなものだから。」
この人…にっこり笑顔でなんてことを…!!
やっぱり紫乃さんは怖い…そして腹黒い……
「それで?蕾ちゃんは伴君の事どう思っているんだい?」
「え?そ、それは…その…正直自分でも良く分かりません…」
「…そう言うと思ったよ。」
「わ、分かってるなら聞かないで下さいよ!!」
本当良い性格してるんだから…!!
隣で爽やかに微笑む紫乃さんを見て、あたしは彼の脇腹辺りをど突いてやりたくなった。
「…じゃあ質問を変えようか。蕾ちゃんは伴君と一緒に居てどう思った?」
「え、ええ?あいつと一緒に居て…ですか?別に普通ですけど……」
「…う~ん…じゃあもっと解かり易く言おうかな…。伴君と一緒に居て楽しい?嫌な気持ちにはならない?」
「…そう来ますか……」
あたしの顔を覗き込む紫乃さんの顔は実に楽しそうだ…
この人…本当にど突いてやろうかな…??
「…そ、それは…まぁ…別に嫌な気持ちには……なりませんけど……」
「うん、それで?」
「え、ええ!?それでって…別に……まぁ…ちょっとは楽しいですけど……」
「うんうん。」
「…ま、まだ聞くんですか!?もう質問には答えたじゃないですか……」
相槌を打ち頷く度、紫乃さんが近づいて来るのがまた怖い……。
しかもにこにこ笑顔で楽しそうに暖かい眼差しなんか向けて……
「…き、嫌いでは無い…と思います……」
「うん。」
「す、好きか嫌いかどっちかで答えろって言われたらですよ!?か、勘違いしないで下さいよ!そこ本当大事ですから!!」
「…それで?他には?」
「も、もう無いですよ!!しつこいです!!」
迫る紫乃さんの肩をグイッと引き離しながら、あたしはようやく彼から解放された…
本当この人は……
「…まぁ…今の蕾ちゃんはここまでが限界かな…」
「何勝手に推し量ってるんですか!?本当失礼な人ですね…殴り飛ばしますよ…」
「あはは、ごめんごめん。確かにしつこかったかな。反省します。」
「その笑顔で何をどう反省するんですか…」
「うん、でも大体分ったよ。蕾ちゃんの気持ちが何となく。良く出来ました。」
「…頭撫でないで下さいよ…子供じゃないんですから…」
今のでどうあたしの気持ちを理解してしまったのか……?
紫乃さんは何故か満足そうに微笑みながら、あたしの頭を撫でている…
昔からこの人はそうだ。人の頭を良く撫でる。
いや…あたしが年下で彼がお兄さんだからかもしれないけど…。
良い事をした時は勿論、何かを誤魔化す時も……
こうやって笑って撫でて……
「…紫乃さんてあたしの事未だに小学生だと思ってません?」
「え?そんな事は無いよ?蕾ちゃんは立派な女性だよ?」
「…胡散臭いなぁ……」
「それが俺だからね?あははは!」
あ…また笑って誤魔化したな……
本当この人は……
「…良いんじゃないかな?急いで自分の気持ちを知ろうとしなくても…。蕾ちゃんは焦るとロクな答えを出さない気がするし…」
「失礼ですね…否定はしませんけど…」
「…良いんだよ、言っただろ?ゆっくり前に進んで行けば良いって。だから焦らずゆっくり向かい合って行けば良いんだよ。自分にも、伴君にもさ。」
「…でもあっちはそう思っていないかも……」
「待ってもらえば良いんだよ。初めに好きになった方が弱いって言うだろ?惚れた弱みって奴だよ。だから蕾ちゃんの気持ちの整理が付くまで待たせてしまえば良いんだよ。」
「…紫乃さんなんかそれ女子の様な意見なんですが…」
「俺は女の子の味方ですから。それに俺なら気長に待つだろうなって…そう思ったからだよ。」
「…確かに紫乃さんは気が長そうですけど……」
というかそのまま曖昧にして、のらりくらりと交わして逃げそうなんですけど……。
「…けど…あいつもそんな気が長いとは……」
「ならそこまでの男だって事だよ。」
「厳しいですね…」
「男の子にはお兄さん厳しいからね。」
「…はぁ…確かに……」
「大丈夫だよ。きっと答えは見つけられるし、伴君も待っていてくれるんじゃないかな?」
「…何を根拠にそんなズバッと言い切れるんですか…?」
「それは…俺の勘だよ。良く当たるからね?知ってるだろ?」
「…そ、そう言えば……」
「だから安心してゆっくり考えなさい。大丈夫だから。君の花はきっと綺麗に咲くから。」
穏やかにそう言うと、紫乃さんは再び微笑んであたしの頭を撫でたのだった。
これは…いつもの様にまた適当に誤魔化されたのか…
それとも本当に何か確信があって言ってくれているのか…
それはあたしには分かり兼ねる。
けど……不思議な事に信じる気になってしまうのだ。
この人のちょっと胡散臭い言葉を……
そして悔しいけど、安心してしまうのだ。
そんな事は絶対本人には言わないけど。
あたしの花……
それはまだきっと蕾すら出ていない…
ほんの小さな芽が顔を出したくらい……
そんな芽吹いたばかりの花が綺麗に花咲くのはいつになるんだろうか…。