第52話 フラグと制服とトキメキと

文字数 3,748文字

「『いっけな~い!!遅刻遅刻ぅ~!!』ってあるじゃん?」

「あ~……一昔前の少女漫画の……」

「そうそれ!」

 午後十時。如月家の居間にて。

 ボーンボーンと十時を知らせる古臭い木製の振り子時計が鳴る。

 あたしはいつもの様に紫乃さんと受験勉強真っ最中。そして隣にはジャージ姿のあんにゃろうがちゃかり座って一緒にお勉強をしていた。

「…俺さぁ、ちょっと憧れてたんだよなぁ。朝のハプニングフラグイベントってさ。」

「あはは、何それうけるぅ~……」

「うっせ。分かってんだよ!!今時食パン咥えたセーラー服姿の美少女があんな風に慌てふためいて走ってなんかこないんだって!!」

「うぁ~……セーラー服とか指定してるし。引くわぁ……」

「うっせ!こういうイベントは制服!女子ならセーラー、男子なら学ランって決まってんだよ!!」

「…まぁ、学ランも良いけど……」

 実はあたし、ブレザーより学ラン派である。正直、紫乃さんがまだあたしくらいの時のあの制服姿は目の保養になっていた。何せあの人、あの時は儚げな感じの美少年って感じだったし。爽やかなのは変わらないけど。

「だろ!?セーラー服良いよなぁ……」

「詰襟良いよねぇ……」

「あの風に揺れる感じがまた…」

「夏服の白シャツもまた……」

 二人して妄想を膨らませていると……案の定、あの人のにこやかで冷ややかな視線を感じた。

「お~い…戻っておいで?」

「あ!紫乃さんは!?紫乃さんはブレザー派っすか!?それともセーラー服!?」

「あのね……。はぁ……そんなキラキラした目で見ないでくれないかい?怒るに怒れないよ……」

 あ、それ何かあたしも気になるかも……

 伴の押しに負けたのか、紫乃さんはため息を吐くとしばし考え……

「どっちかって言うと…伴君と同じかな。」

「やっぱ!?ですよねぇ~!!」

「…ついでに言うと、俺は学ラン派では無くブレザー派だけど……」

 伴の次の質問を察したのか、紫乃さんは素早くそう言うと勉強を再開しようと試みた……

 が……

「え!?紫乃さんなんで学ランじゃないの!?超似合いそうじゃん!!」

「…食い付くなぁ。俺、詰襟ってなんか息苦しくて嫌いなんだよ。」

「普段ハイネックなのに!?」

「なんかそれとこれとは違うんだよ。」

「どこが!?」

「何となくね……」

 困った様に笑うと次こそは再開……と思いきや……

「…でも俺、中高どっちもブレザーなんだよなぁ……。ドラマとかでも制服って言えばそっちばっかだし。」

「いいじゃないか。俺はむしろ憧れだったけど?それに伴君イケメンなんだから。なんでも似合うだろ?」

「そう言う問題じゃないっすよ!!俺は……俺は……学ランが着たい!!」

「あはは、蕾ちゃん。伴君にセーラー服貸してあげなよ。」

「セーラーじゃなくて学ラン!!」

「はいはい。心配しなくても今のままの伴君でも恰好良いよ。」

 あ。投げたなこの人。

 笑顔なのにこの心のこもっていない言葉……

 如月紫乃!!恐ろしい人!!

「…仕方ないわねぇ…あたしので良けりゃ着る?」

「え!?」

「やっぱやめた。何か変態的な臭いを感じた。」

「そ、そんな事ねーよ!!」

 そこは速攻断って欲しかったぞ。あたし。

「あ、紫乃さん!!どこ行くんですか!?」

「…伴君の願いを叶えるためにちょっとね。その間二人仲良くお勉強してなさい。」

「え!?まさか紫乃さんがセーラー……」

「成人したお兄さんのそんな姿、本当に見たいかい?」

「え!?う、う~ん……凛さんとか……?」

「それは似合い過ぎて怖いよ。」

 確かにそれは怖い。ある意味。

 紫乃さんも怖いけど……見たい様な……

 笑顔で去って行ってしまう紫乃さんを見送りながら、あたしと伴の二人残された居間は急にしんと静まり返った。

 そう言えば……忘れてた…わけじゃないけど……

 こいつ今日、あたしに告白して強気な発言までしたんだよね………

 今の所普通だけど……。遠慮しないって…どう出るつもりなんだろう??

 真面目に勉強している伴をちらりと盗み見ると、少し忘れかけていた今日のあの出来事を思い出し今更ながら恥ずかしくなって来た。

 今日は忍は自分の家だし、緋乃はむめ乃さんの所だし……。なんかこんな時に限って都合が良いのか悪いのか二人きりって。

「あ……」

「な、何?」

「消しゴム。俺忘れて来たわ。」

 急に伴が顔を上げたので、目がばっちり合ってしまったのが気まずい……

「はい……どうぞ。」

「サンキュ。お前全然進んでねーじゃん!紫乃さんに怒られても知らねーからな!!」

「!?」

 こ、今度は急に顔を近づけてくるし……!!

 いや…別にやましい意味じゃなくて、ただ単に勉強の進み具合を見ただけなんだけど……

 この距離ってやっぱ……近い!!

 伴の柔かい髪が微かに鼻先に当たって、何か良い匂いまで……

 か、勘弁してくれ!!黙れ心臓!!顔、赤くなるな!!

「…しかもお前ここ間違ってるし!仕方ねーな……ここはさ……」

 さ、更に距離が縮まってしまった……

 あたしに身を寄せ、間違った問題の解説をしてくれるのが良い奴だ。しかも意外と解りやすい。

 けど…それよりも今は……

 昼間の告白の事を思い出してしまったせいか、変に伴の事を意識し過ぎて落ち着かない。

 心臓がバクバクだし、なんか酸素薄くなってない??こいつの周りって高山地帯なの??

「聞いてる?って聞いてねーな……ふざけんなよマジで。俺がせっかく真面目に……」

「き、聞いてる聞いてる!!わ、わぁ~!!わかりやす~い!!」

「…何かムカつくんですけど。」

 ちっ……せっかく人が手を叩いて可愛らしく感謝アピールしてやったっていうのに。

「…あの、教えてくれるのは有り難いんだけど……もっと距離を保って欲しいと言うか……」

「え?嫌だ。」

「なんでよ!?」

「だって俺お前の事好きだし。だからこうやって偶然装って近づいてる訳だし。だから無理。」

「そこをなんとか……」

「嫌だ。言っただろ?遠慮しないって。」

「だからってそんな……きゅ、急に近づくとか……」

「これでも抑えてる方だけど?」

「お、抑えるって……」

「理性?ま、お前の場合…うっかりがっつり行くと俺の身が危ないし……」

「…わかってるじゃない。」

「かと言って今まで通りにはいかないし。多少の生傷は覚悟しないとお前とは向き合えないだろ? ちゃんと俺の気持ちを知ってもらう為にも。」

 真面目な顔してまたそんな事言って……

 言葉に戸惑っていると、また顔が近づいて来たので思わず身を引こうと後ずさろうとした……

 が…それを押し止める様に逆に身を引き寄せられてしまった。伴の方へ……。

「駄目。逃げるの禁止な。」

「身の危険を感じたら逃げるのは本能なんじゃ……」

「お前の場合、逃げたらずっと逃げ続けるだろ?俺がいくら捕まえようとしてもそれじゃ捕まえられない。」

「捕まえるって……」

「お前。身も心も丸ごと全部。」

「あ、あたし…?」

「他に誰が居るんだよ?」

 い、今さり気なく凄い事を言われた気がするんだけど……

 ドラマの台詞の様な言葉をこんな真面目に面と向かって言う奴は初めて見た。

 けど……それだけ本気ってことで……

 いやいや!!流されるなあたし!!あたしはまだこいつの事が好きだと確信してもいないんだ!!

「…殴らないの?」

「…殴られたいの?」

「…いや…出来れば遠慮して欲しい…です……」

 じゃあ聞くなよ……。こいつひょっとしてMなのか?

 好きかはまだ分からない……確信はないけど……

 けどどうしてだろう。ほんの少し前のあたしなら、こんな事されれば速攻殴り飛ばしていたのに。

 今は……そんな気がしない。不思議なくらいだ。あのイケメン嫌いなあたしが。

 激しい動悸はするものの、これは拒否反応とは違う。

 その激しい動悸は……

 この胸の鼓動の煩さは………

「…トキメキ……?」

「は?」

「え!?い、いやいや!!なんでもない!!」

「…何?お前今俺にときめいてくれたの?マジ!?」

「いやいやいや!!気のせい!!気のせいだった!!」

 しまったぁ!!ついうっかり言葉に出してしまった!!

 しかも……今のこいつの顔と来たら……

 うっ……な、なんか凄く嬉しそうに笑ってる……

 眩しいくらいに輝いて、直視したら眩暈がしそうだ。

「そっかそっかぁ!!よし!蕾、俺もっと頑張るから!!」

「が、頑張らなくていい!!」

「照れんなよぉ~!!可愛いなぁ!!」

「く、くっつくな!!暑苦しいわ!!」

 否定しまくるあたしなど関係なし。伴は嬉しそうに笑って浮かれまくった声でそう言いながら……

 どさくさ紛れにあたしを強く抱きしめたのであった。苦しいくらいきつく。

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登場人物紹介

宮園 蕾(みやぞのつぼみ)


長身がコンプレックスの高校三年生、ただいま崖っぷちの受験生。『FORESTFLOWER』と言う花屋の一人娘。イケメン・アイドルが大の苦手(というか嫌い)で、拒否反応を起こすこともある。猪突猛進、アグレッシブで口と一緒に手(または足)が出るが人は選んでいるとかなんとか。いつも明るく元気なのでポジティブに見えるが、実はかなりのネガティブ思考者で、未だ過去のトラウマから抜け出せずにいる悩み多きお年頃の主人公。合唱部所属。演歌歌手の大御所、藤岡新之助の大ファンでファンクラブにも入っている。

有沢 伴(ありさわばん)


本名は桐原伴利(きりはらばんり)と言う。人気絶頂中のアイドルユニットAZURE(アズーロ)で、とにかく明るく前向きなポジティブ男子。思ったら即行動してしまうので、相方の時やマネージャーの黒沢に良く叱られることもある。可愛い女の子が好きなので、チャライ面もあるが実は一途な努力家だったり。人気アイドルだが、オフの時は全くそのオーラーを感じないオーラゼロ男でもある。オフの日はジャージでダラダラしている。猫とみかんが大好き。

如月 紫乃(きさらぎしの) 


妙な和装の星花町の優しいお兄さん。商店街で『青嵐堂』と言う古書店を営んでいるが、実は腕利きの祓い屋でもある。また、幻想和風を得意とした人気の若手イケメン作家東雲青嵐(しののめせいらん)でもある。蕾が幼い頃から面倒を見てきたため、紫乃の妹と同じくらい過保護な時もあるが基本蕾には優しいため、蕾もよく頼っている。時に優しく厳しく蕾を暖かく見守っている。妹ラブなちょい腹黒な人たらし。

柏崎 静乃(かしわざきしずの)


蕾の中学時代からの親友。女子高生とは思えぬ美貌と貫禄とナイスボディの持ち主で、常にネイルは欠かさないおしゃれ番長。見た目が派手で、常に理想と意識が高いため男をとっかえひっかえしているが、意外と面倒見のよいツンデレ気質。クールな現実主義者。蕾に日々的確なツッコミをしてくれる。持ち前の美貌と長身で読者モデルも気まぐれにやっているお嬢様だが、家族と折り合いが悪く家を出て知り合いの家に下宿している。紫乃の大ファンでもあり密かに恋心も抱いている。合唱部部長。よく奇抜なユニーク創作料理を生み出す。

桃瀬 苺(ももせいちご)


蕾の友人。小柄でか弱い心優しい保護欲そそるシャイガール。声も気も小さく、人見知りもするためよくいじめられたりするが、蕾や静乃がその度に助けてくれる。小学校から女子だらけの世界で育ったためか、男が苦手。声を掛けられたらまず逃げる。内気だが歌声は見事、合唱部でも常にトップで彼女に憧れる後輩も少なくはないが、本人は自信がないので全く気付いていない。お菓子作りと編み物が得意で、可愛い物が大好き。飼っているうさぎと猫と過ごす時間が癒しのひと時。三人姉妹の真ん中っ子。

九条 時(くじょうとき)


人気アイドルユニットAZURE。歌やダンスだけでなく、演技力も優れているため舞台などもこなす完璧なアイドル。本人も期待に応えるため日々努力を惜しまず、緩み切っている伴を日々叱咤している。非常に意識の高い完璧主義人間。とにかく何事も完璧にこなす。自分にも他人にも厳しく、伴には人一倍厳しいが、ちゃんと信頼と友情はある。普段は礼儀正しくにこやかだが、とにかくAZUREのためにプラスになる事はするが、その妨げになる者は容赦なく排除する冷酷な所もある。東雲青嵐の大ファン。趣味は勿論読書。年の離れた妹と祖母と過ごす時間がほっとする一時らしい。

皐月 聡一郎(さつきそういちろう)


蕾の住む星花町の商店街、喫茶店金木犀の若き店主。元は刑事だったが、金木犀を経営していた両親が亡くなったため後を継ぐことにした。イケメンで落ち着いた物腰とバリトンボイスが魅力的で、隠れファンも多い。蕾とは五年前からの付き合いで、色々と面倒をみてくれている。堅物で過保護なお兄さんの面も……。蕾の初恋の人。

皐月 珠惠(さつきたまえ)


聡一郎の妹で高校一年生。五年前、星花町に越して以来の付き合いでいまでは蕾の妹的な存在。小柄で元気いっぱいな明るい女の子だが、かなりの霊感体質なのが日々の悩みの種の一つ。紫乃が現れてからはちょくちょく相談しているらしい。猫と小鳥が好きで、家で文鳥を飼っている。小柄な割にかなりの食欲魔人。合唱部所属で、蕾とは同じ学校へ通っている。

文月 忍(ふづき しのぶ)


蕾の幼馴染みで実は結構なご近所さんでもある。長身の眼鏡(伊達)イケメンだが、中身はかなりのお子様で常に眠そうで気だるげ。放っておけば速攻眠る。ドS気質のジ●イアンだが、腐ってもイケメンなのでモテる。だが、本人は興味も示さない。退屈するのが大嫌いで、自分が楽しければそれでいい…というどうしようも無い駄目人間だが、芸術肌で絵を描くことに関しては天才的な才能を持っている。しかし、創作時はアトリエに籠り、集中しすぎて基本的な生活行動が疎かになったり、音信不通になったりしてよく周りの人間達を心配にさせる。ひ弱なもやしっ子に見えるが意外と力は強い。緋乃と如月家の縁側が大好き。

如月 緋乃(きさらぎひの)


蕾と忍の幼馴染みで紫乃の妹。見た目はか弱そうな美少女だが、中身は全く違う。兄同様かなり変わった女の子で、同じく祓い屋として紫乃を手伝ったりたまに自分一人で仕事をしたりしている。いつもにこにこゆったりとしていて幸せそうにみえるが、結構苦労している。口では兄を突き放す様な事を言っているがきっと本当はお兄ちゃん大好きなはず(紫乃談)。お嬢様口調なのは、祖母の影響かららしい。ふわもこの触感と甘い物、そしてホラーを愛してやまない。愛猫の琥珀のお腹を撫でるのが好き。めっちゃ力持ち。

日下 凛(くさかりん)


金木犀のアルバイト店員。美少女のような愛らしい容姿をしているが、立派な二十歳の成人男性。都内の洋菓子専門学校へ通っているため、お菓子作りが得意。また、愛らしい容姿は凛にとってコンプレックスなので『可愛い』と言うのは禁句となっている。もし言ったら……彼の逞しい拳が飛んでくるだろう。人懐っこく明るいので、金木犀では人気のマスコット的存在。愛らしい容姿のため、よくストーカーや痴漢に遭うが逞しく撃退している男らしい一面もある。

千石 正宗(せんごく まさむね)


星花町の治安を守る星花警察署の警部。一人娘の蛍をこよなく愛するバツイチのイケメンお父さんでもある。警部なのに常に緊張感が無くゆるふわすぎる空気を醸し出し、よく仕事と言っては町内をふらりとうろつき部下を困らせているらしいが、人望は何故か厚い。『星花署のハシビロコウ』と呼ばれている。

菖蒲 茨(あやめ いばら)


本名は立花涼花(たちばなすずか)と言う可愛らしい名前。伴の従姉で紫乃の腐れ縁の同級生。派手な髪色とゴスロリ衣装を身にまとい勇ましく振る舞う男の様な人。豪快で態度もデカく口は悪いが面倒見の良い姐さんタイプ。普段は緑泉出版と言う小さな出版社で働きながらフリーのカメラマンをしている。ウィッグ&カラコンマニア(?)なので日々髪形や目の色が違っているためたまに知り合いにあっても気づかれないこともあるとか。

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