第41話 人には何かしら意外な繋がりがある事もある
文字数 7,100文字
「わぁ~!!うさねこのキーホルダー可愛い~!!」
「う、うん…!私、こっちのピンクのお洋服の子が好きだなぁ~!!」
「あ!苺はそれ選ぶと思ったんだぁ!!ピンクが本当似合う子だよあんたは!」
「そ、そんな事ないよ…つ、蕾ちゃんはこっちのオレンジの子とか似合いそうだよ?」
うさねこの売り場を前に、あたしと苺は女子高生らしくきゃっきゃとはしゃいでいた。それを冷静に見守る静乃は、興味深そうにそれを手に取り見始めた。
うさねこは今女子の間で大人気のゆるキャラで、その名の通り猫が様々な色のうさぎの着ぐるみ風洋服を着た猫好きにもうさぎ好きにも堪らない愛らしいほんわかしたマスコットである。
「あ~…このふわふわな感触!つぶらな間抜けな表情が堪らんですなぁ~…うふふ…」
「本当、可愛いよねぇ~!!私これ大好き!」
「…これが今話題のね……」
いつものはにかみスマイルとは違う、無邪気な笑顔を浮かべ目を輝かせる苺に癒されつつ…まだ物珍しそうに手近のうさねこを手に取りじっと見つめる静乃を見てちょっと可笑しくなった。
いくら流行に敏感な静乃でも、キャラクター物はあまり好まないのでこっちは少し疎いらしい。うさねこの腹部辺りを押したら急に間の抜けた音が出たので少し驚いた様子なのがまた…。
そう!うさねこは鳴くのだ!!腹の辺りを押すと『プキュ~』って感じの間の抜けた声で。伴が一時期それにハマり、あたしが押すたびに大笑いしてたな。あの時のあいつの顔の方がよっぽど面白い。
「…可愛いわね……」
「そうでしょ?静乃ちゃんもお揃いで買おうよ?」
「あ!お揃いいいねぇ!じゃあこっちの無地の着ぐるみの色違いは?」
「私、花柄が良いな…」
「私はこっちのラメの入った子じゃないと嫌よ。目立たないじゃない。」
遠慮がちに主張する苺とは正反対に、静乃は有無を言わさず紫色のラメ入り着ぐるみのうさねこを手に取ると、あたしと苺に似合いそうな色を見繕い出した。
さすが静乃様……この女王様っぷり…
柏崎先生…お兄さんの事でちょっと元気がないかと心配していたけど…するだけ無駄の様だ。
「…やっぱりゾノはビタミンカラーね…オレンジか黄色か……」
「黄色でお願いします。」
「オレンジね。苺はやっぱり……」
「他人の意見を取り入れるのも大事ですよ、静乃さん。」
「苺はパステル系の……」
「聞いちゃいねぇな。分かってますよ…ふふふ…」
うん、これが静乃だ。冷静沈着…そして絶対独裁女王様!!『
それに従うあたしもあたしなんだけど。なんだ?あたし実はM気質とか??いや!断じて違う!!
それぞれを手に持たされ、レジに向かう女子高生三人…
ちなみに、苺のうさねこさんはパステルピンク(ラメ入り)の中々可愛らしい色合いの物に決められた。
そういや…うさねこって言えば…伴があたしから一匹奪って行ったんだよな。『何これ超可愛いんですけどぉ~♡』とか女子高生ノリの口調で目を輝かせながら。
確かあいつが奪って行ったのは…オレンジの柄の着ぐるみのうさねこだった。どんだけみかん好きなんだ?あいつ?
「…はぁ…あいつ乙女趣味だったりして……」
「伴君の事?」
「え!?あたし口に出してた!?やば…」
あの時のやり取りを思い出し、うんざりしたのかつい口に出ていたらしい。心の声が。
気付けば静乃だけならず苺まであたしを見ていた……
「…いや、別に本当大したことじゃないし。気にしないで。」
「何よ?気になるじゃない?」
「蕾ちゃん何かされたの!?」
「いや。全くまんじりたりともそんなことは。」
「そうよね…何かあったら紫乃さんに泣きつくだろうし…」
「…そ、そうなの?紫乃さんって確かあの…喫茶店で会った人だよね?や、優しそうな人だったよね…ちょっと恰好良かったし……」
「なんだ苺も紫乃さんなの?も~…皆あの人の表の爽やか仮面に騙され過ぎだよ。大体あの人いい年して未だに妹離れで出来て無いし、離れるどころかべったり…と言うかもう過保護なお母さんかお父さんみたいだし。意外とじじ臭い趣味してるし…腹黒だし…猫たらしの人たらしだし…腹黒だし…胡散臭いし…」
頬を赤らめる苺の背中を突いてやると、あたしは思いつく限りの紫乃さんの短所を口に出していた。
本人が聞いていたら恐ろしいけど……こんなヤングの集まる都心にあの浮世離れした人が居る訳がない。ましてここはファンシーショップの真ん前だ。
「あんた腹黒いって二回言ったわね…」
「だって本当だもん。」
「そこも良いんじゃないの。」
「どこが!?静乃、あんたの趣味って本当分からない!」
「私もあんたの好みは理解できないわよ。あの演歌界のドンのおっさんの何処が良い訳?枯れ専じゃないでしょ?」
「あの深みのある渋カッコいい声と紳士的かつ堂々としたダンディーな佇まい……素晴らしい歌詞…何を取っても最高じゃない!!」
「ただのオヤジじゃない…」
「新様はオヤジじゃない!おじ様よ!!おじ様!!」
「同じよそれ……」
「違う!!」
「…大体…紳士的かつ堂々とした佇まいって言ったら紫乃さんも同じじゃない。ゾノ、あんた良く紫乃さんに惚れなかったわね?もしかして初恋相手とか?」
「まさか!!やめてよ!!そりゃ紫乃さん大好きだけど…優しいしお菓子くれるし穏やかだし…普通にしてれば。でも新様とは全然違うね。」
「…そう?でも……」
「なんつーの?格が違う?いや…積み重ねて来た人生の重みからして根本的に違うっていうか…あの人胡散臭いお兄さんだし?あはは!!」
「ゾノ…後ろ見なさい。」
「え?何よ?」
静乃が笑顔であたしの背後を指さすので、あたしも仕方なく振り返ると……固まった。
「…やあ、胡散臭いお兄さんがお迎えに来たよ?」
「…し、紫乃さん………」
「酷いなぁ…蕾ちゃんそんな風に思ってたのかい?ははは、まぁ分かってはいたけどね。」
振り返ればそこには『胡散臭いお兄さん』事…紫乃さんが笑顔で立っていた。固まったあたしの肩をがっしり掴んでそれはそれは爽やかに。
*****
「…紫乃さん、お迎えって…あたしのスマホにGPSでも付けてるんですか?」
「俺にそんなハイテク技術能力は無いよ。ただの偶然。たまたま蕾ちゃん達を見かけたから声をかけちゃっただけだよ。」
と…笑顔で話す紫乃さんの前には…あたしと苺と静乃の女子校生三人組が……
何故か半分無理矢理連れて来られた喫茶店に仲良く並んで向かい合っている……
そしてもう一人……
「あははは!!あんた面白いねぇ~!!この際だ、もっと言ってやんな。この爽やか仮面先生にさ。」
紫乃さんに負けず劣らずの個性的な恰好をした女性が一人。いつぞや青嵐堂で出会ったあのゴスロリ美女だった。
「蕾だっけ?確か?あたしは
「え?あ、どうも……」
あたしの名前…ちゃんと覚えてたんだ。と言うか名乗った覚えは無いんだけど。
ゴスロリ美女…茨さんはご丁寧にあたしだけでなく、静乃と苺にも名刺を差し出すと…戸惑っているあたし達の様子を面白そうに見つめながらニッと不敵な笑みを浮かべた。
前も思ったけど…この人やっぱり派手だなぁ……。萌える…いや燃えるような緋色のロングストレートヘアに病的なまでに白いゴスロリメイクにゴスロリスタイルって。
しかもスカートは踝丈だ。絶対昔もこんな長さのスカート履いていたに違いない。スケ番的なポジション確保して。
「…ちょっと茨さん…余計な事しないでくださいよ。」
「なんだい?別に良いじゃないか。あたしのモデルにぴったりなんだよこの子達。皆美人だしね?やっぱ胡散臭い笑顔浮かべた作家先生撮るより、若くて可愛い女の子達撮る方が良いねぇ~!!潤いが生まれるって言うかさ。」
「悪かったな…気持ちは分かるけど…」
「だろ?でもアイドルとかモデルとかは駄目だね。カメラ慣れし過ぎて逆に不自然だ。笑顔もポーズも嘘っぽい…リアリティがないのさ…」
「そんな我儘ばっかり言ってるから妙な噂ばっか立つんでしょ。腕は良いけど性格は悪魔だとか魔女だとか……外れて無いけど…」
「大きなお世話だ。言いたい奴には勝手に言わせておけばいいんだ。あたしは別に気にもしない。先生だってそうだろ?」
「まぁ、気にしてたら負けだよね。俺も俺の書きたい事を好きに書いていきたいし…ああ、ごめんね。蕾ちゃん達。いきなり呼び止めて、喫茶店なんか無理やり連れ込んじゃって…本当この人は……」
「あたしのせいかい?あんたが初めにこの子達に声かけたんだろう?」
「はいはい……」
とても今日初めて会ったばかりには見えないこの二人…紫乃さんは敬語を使っていたりするけど…何だろう…中々付き合い長そうな感じだ。
と言っても…何と言うか…男と女の色っぽい仲には全く見えない。女性に優しい紫乃さんは言い方に少し棘があるし、茨さんは美人で女性なんだけど…
あたしの隣にドカっと座る茨さんの様子は、お淑やかな女性と言うよりは豪快な男性の様だ。歩いてる時も大股だったし、笑い声はデカいし…喋り方もなんか男前だ。
とても紫乃さんが好みそうにない女性…だと思われる。
じゃあこの二人って一体………??
ちらりと静乃の様子を盗み見ると、彼女はいつもと変わらぬ冷静沈着な無の表情を浮かべ涼し気にアイスコーヒーを飲んでいた。
「それで?一体何してたの?女の子三人で仲良く寄り道かい?」
「えっとまぁ…気分転換です。と言うか紫乃さんこそ何してたんですか?こんな都会で…こ、こんな美人さんと一緒に……」
ちらっと茨さんを見ると、彼女はまた面白そうに笑い始めた。結構豪快に大口を開けて。
「あはは!!美人さんってあたしの事かい?嬉しい事言ってくれるじゃないか!ははは!!本当面白いね~!!」
「茨さん…声大きいですよ。あとね…蕾ちゃん。この人は知る人ぞ知る魔女であって決して美人な女性ではなくてね…」
「魔女ってあんた…まぁ、間違っちゃいないけどね。この子に変な事吹き込むんじゃないよ。」
「それはこっちの台詞だよ。もう、帰って下さいよ。あなたと一緒に居ると目立ちまくるんで。」
「…あんた自分の恰好見てから言いなよ。」
そりゃそうだ……紫乃さんの恰好も十分目立つ。
そんな騒がしいやり取りの中でも、静乃は全く動じず微動だにしないのが逆に怖い。そして苺は苺でやっぱりびくびく怯えちゃっているし。
「…そ、それで紫乃さん…一体何の用で……」
「え?ああ…別に大したことじゃないよ。」
「何隠そうとしてるんだい?雑誌の撮影だって素直に教えてやんなよ。」
「え!?し、紫乃さんついにグラビアに!?」
「茨さん…余計な事を…。後、蕾ちゃん。君ちょっと誤解してるよ…ただの対談の撮影だから。君のお母さんとの。」
なんだ…そっか…前に言っていた『美月美空(母の作家名)と東雲青嵐のミステリー対談』って特集のあれか。ついに紫乃さんも受ける事にしたのか。
じゃあこの茨さんって……
あたしはふと名刺に目を落とすと……
「
「そ。驚いたかい?」
「そ、そりゃもう!!」
名刺の肩書と目の前の茨さんとを見比べ目を白黒させるあたしの様子を見て、茨さんは心底楽しそうにそう言うと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
こう見ると何か…格好良いっていうか…ちょっと可愛いかもしれない。
「…菖蒲茨……聞いたことがあるわ…確か凄腕の個性派の謎のカメラマンって…」
「あはは!あたしそんなミステリアスな存在になってるのかい?綺麗な顔して真面目に面白い事言うね~!あんたも!!」
あたしと同じく静乃も驚いたのか…名刺を握りしめ、まじまじと茨さんを見つめ呟いた。
「依頼は星の数…その大半は断られてるって……」
「仕事は自分で選びたいんだ。」
「誰の専属にもならない自由奔放な性別不明のカメラマンとも……」
「一応この先生の専属ともう一つ。性別は…女だよ。あんたと同じだ。ほら。」
「い、いきなり何を…!!」
「性別不明だなんて失礼な事言うからだよ。まぁ…良く間違われるけどね。」
静乃の手を掴み、茨さんは自分の胸元にそれを押し付けたので驚いたのだろう。静乃は珍獣でも見るかのように茨さんを見つめ呆気に取られていた。
その様子を見て、茨さんはまた心底楽しそうに笑い…ついでに紫乃さんも笑いを堪えていたりする。どっちがツボに入ったのか知らないけど。
「先生の専属…ってことは紫乃さんの?」
「そうだよ。この先生も我儘でね…初撮影の時迷わずあたしを指名してきやがったんだよ。ま、昔の好みで受けてやったけど…そしたら次もその次も…勿論報酬はたっぷり頂いてるけどね?」
我に返った静乃が問いかけると、茨さんは面倒臭そうに紫乃さんを見た。
当の本人は笑顔でコーヒーなんか飲んでいるけど……
「俺は馴染みのある人じゃないと駄目なんだよ。本業は祓い屋だし…人前に出るお仕事ではないしね。意外と人見知りなんだよ、俺も。」
「人見知り……」
「蕾ちゃん…疑り深い目でお兄さん見るのやめようか?」
「だって紫乃さんが人見知りとか訳分かんない事言うから!!人たらし…誰とでも仲良くなっちゃう爽やか好青年のくせに!!」
「ははは!それは蕾ちゃん…君が俺の事をまだよく知らない証拠だよ。仕方ないなぁ…この後ゆっくり教えてあげよう!」
「知りたくないんで結構です。」
「…蕾ちゃん、最近お兄さんに冷たくないかい?」
「被害妄想も大概にして下さい。」
バンッ!!
あたしと紫乃さんのお馴染みのやり取りが続いていると…
突然、静乃がアイスコーヒーのグラスを思い切りテーブルに置いたのだった。
おかげで隣の苺が更に怯え、ついでにあたしのパフェのスプーンが床に落ちてしまった……
「あの…話逸らさないでくれますか?」
『す、すいません……』
と、何故かあたしも紫乃さんと一緒になって謝罪……
こ、怖い……!!静乃のこの冷たい目!!眼前にある全ての物を凍りつくしそうなこの絶対零度感!!
「…それで?昔の好と言うのは?」
「…え?ああ…俺、この人と同じ高校で大学までも一緒だったんだよ。ついでに同じクラスで同じ学科…何処に居ても何かしらの偶然が重なってばったり出会う羽目になってさ…本当嫌な縁だよねぇ~。」
「…腐れ縁の仲なんですね?」
「まぁ、そうかな。」
「…成程…今はそう言う事で納得しておきます。」
「え?静乃ちゃんまで何を疑ってるんだい??」
「別に……」
満足したのか…静乃はちらりと紫乃さんを見やると、再び冷静さを取り戻し涼やかにアイスコーヒーを飲み始めた。
一同がしんとして見守る中…平然として……
「…実はね、あたし…先生以外にも専属してる奴がいてね……」
そして気を遣ってくれたのか…空気を読まないだけなのか……
気まずい沈黙を破る様に、茨さんが口を開く……
「AZUREって知ってるだろ?そいつらの専属でもあるんだよねぇ…凄いだろ?」
「え!?茨さんAZUREの専属だったのか!?聞いてないぞ!!」
「聞かれてないから言ってない。」
まずそれを聞いて驚いたのは意外にも紫乃さんだった。
しかしあたしは………
「なんだい?あんた達AZURE好きじゃないのかい?女子高生ならキャーキャー言って盛り上がる所だろ?」
予想に反したあたし達の反応に不満だったのか、茨さんは詰め寄る紫乃さんを鬱陶しそうに押しのけ怪訝そうに首を傾げた。
驚く??盛り上がる??このあたしが??静乃が??
そんな訳ないでしょうが!!
「…ま、またあいつかよ!!」
「え?何この反応??」
「…蕾ちゃん、落ち着こう!!静乃ちゃんもスプーン曲げようとしないの!!」
思わず立ち上がりツッコむあたし…そして無言であたしの落ちたパフェスプーンに力を入れる静乃……そしてそれを慌てて止める紫乃さん、怪訝そうな茨さんに怯える苺。
ここでまたもやあやつの名前が出るなんて……
いや、そんな憤慨する事でもないけど…けど!!
「…お前は何処までかまってちゃんなんだ!!」
「蕾ちゃん…混乱した勢いで伴君に電話するのやめなさい…って遅かったか…」
「…紫乃さん、呪術のやり方とかご存じですよね?教えて頂けます?出来れば地味に苦しむようなの……」
「静乃ちゃんまで何言ってるの!?」
混乱と怒り…そして怯えと疑念…様々な思いが交錯する中、あたしは着信に振るえるスマホを握りしめ、紫乃さんに宥められ茨さんに大笑いされたのであった。