第55話 逃げたら負けだからたまには立ち向かおう!
文字数 5,437文字
しかも我が家ではなく、近所のとてもお世話になっている幼馴染み(正確にはそのお兄さん)の家で。あたしもそこんとこはウィルスと同じく図太いと思う。
そして……紫乃さんの原稿が出来上がった頃、あたしの風邪も治った。
宮園蕾、完全復活!!よぉ~し!!今日からまた頑張って頑張って突っ走るぞ~~~!!
と、やたら朝からテンション高く学校へと向かい……そして厳しい現実の壁にぶち当たった。
「ゾノぉ~~~!!よかったぁ~!間に合ったか!!」
登校するなりあたしまっしぐら。駆けつけ抱きつくのはクラスの元気印ことにっけであった。
「お、おぅ…安心してよ!今日から本番に向けてまた頑張っちゃうからさ!!」
ちなみに、にっけも同じ合唱部員である。
抱きつくにっけの細い肩を叩き、その言葉に応えるよう胸を張って見せたのだが……
「明日が本番だけどね……」
「え、ええ!?ま、またまたぁ~!!」
「本当よ…。これを見なさい。」
暑苦しいあたしとにっけの横を通り過ぎるは…涼し気な静乃。残酷かつ冷静な一言を言い残し去ろうとしたので、あたしは慌てて彼女の腕を掴んだ。
そして……突き付けられる現実。学園祭のポスター。
そこには……あ、明日の日付が……!?
「マジか……」
「だ、大丈夫だよ!ゾノは本番で上手くやっちゃう子だから!!」
「いや…むしろ本番に弱いタイプだよ……」
がっくり肩を落とし膝から崩れ落ちるあたし……
その姿は…某スポコン漫画の主人公が灰になる姿並に壮絶であったに違いない。
こ、これはアカン奴だぜ……あたしよ……
熱で寝込んでた自分にドロップキックをお見舞いして喝を入れてやりたい!!
「…もう無理。あたし無理。駄目。」
「諦めてんじゃないわよ。なめてんの?」
「…だ、だって……!!練習もままならず本番とかって……絶対無理だって!!」
「強力な胃薬用意してあるから安心しなさい。」
「そう言う問題じゃない!!」
「冗談よ。」
「あんたが言うと冗談に聞こえない!!」
「…はぁ……。ちょっと胸ぐら掴まないでよ。殴られたいの?」
あたしはついうっかり、静乃の胸ぐらを掴み上げていた……
その時の静乃の表情は……氷の様に冷たく、しかし笑顔であった。
当然、すぐさま手を離しましたとも。マジで殴られる五秒前(古い)どころか三秒前だった。
「…あのね。あんたまた逃げる気?これを機に過去のトラウマを滅するんでしょ?」
「は、はい……」
音楽室に引きずられたあたしは、何故か正座していた。仁王立ちする静乃を前にして。ちょっと離れた場所で苺がはらはらふるふる…まるで怯えた子ウサギさんの様に見守っている。
ああ…唯一の癒し……!!
「ここでまた『駄目でした』って逃げてみなさい?どう思うかしらね……」
「な、何が誰が……?」
「そうね……。例えば紫乃さんとか?あんたが逃げたって知ったらどうするか……」
「やめてやめて!!怖い!!」
「それに…皐月も…がっかりするでしょうね?あの子昔からあんたに憧れてたし。その憧れの逞しいカッコいいお姉さんが…ねぇ?怖くなって逃げたって知ったら……」
「そ、それも嫌!!」
「それに…緋乃や忍君も……」
「わぁ~~~!!何かもう想像するのも嫌になって来た!!」
静乃の無の攻め攻め攻撃に対し、あたしはただただ叫んで恐怖の妄想に頭を抱える事しか出来なかった。
何でこの子はいつも無表情で淡々と攻めるかなぁ。本当じわじわ攻めるのが好きな子なんだから。
「…し、静乃ちゃん……!!蕾ちゃんをそんなに追い詰めたら……」
「苺……!!」
「大丈夫だよ、蕾ちゃん。私も静乃ちゃんもちゃんとフォローするし……そ、それに…私は信じてるから。」
「え?」
遠慮がちに苺はあたしの手を取ると、そっと握って目をキラキラうるうるさせ……
「蕾ちゃんは私の憧れでもあるから…ちゃんとやるときはやるって……」
「うっ!?」
ドスッ……!!
あたしは苺の汚れ無き美し過ぎる瞳と、発せられた一生懸命な言葉を見て聞き……心のど真ん中にとてつもなく太くて鋭い矢が刺さった……気がした。
苺に悪気はない。まして責めて追い詰めようなどと言う静乃の様なドSな魂胆もない。悪魔で純粋なのだ。
だからこそ…尚更刺さるこの言葉……。お、重いです……!!
「…苺…あんたが止めを刺してるわよ。」
「え、ええ!?そ、そんな……わ、私はそんなつもりじゃ……!!」
「あんたも逞しくなったわね……何か感動したわ。」
「し、静乃ちゃん!!」
あんたは苺のお母さんか……
慌てふためき顔を真っ赤にする苺を見ながら、静乃は本当にしみじみとした表情でそう呟いたのであった。
いや……気持ちはわかるけど……
「…それにね。伴君よ。彼が聞いたら何て言うか……」
「……!?」
「…がっかりするでしょうね。それに…後からなんて言ってからかわれるか……それも一生……」
「一生ってあんた……結婚するんじゃないんだから……」
つかまだ付き合ってもいないし……
というか今はそれどころじゃないし!!
ああ……でも……
静乃の言う事は最もだった。伴はあたしがまた歌う決心がついた事を知ってあんなに喜んでくれたのだ。それを無下に出来る程、あたしだって薄情ではない。
好奇心……?確かにそれもあるかもしれない。あいつがあたしの一生懸命になって何か成し遂げるところを見てみたいと言う……
そんなの恰好悪いし、絶対に見せたくない。以前のあたしならそう思っていた。逃げるの何て簡単なのだから。
けど……テレビでも見た事の無いような眩しい笑顔をあたしに向けてくれたのだ。しかもまぁ…抱きしめて告白するくらい喜んで……。
そりゃ……いくらイケメン嫌いのあたしでも…悪い気はしない。それは伴が人気のアイドルで、誰もが振り向くくらいのイケメンでキラキラしている…からでも勿論ない。
あたしが知っている伴とは…オーラが全く無くて、ジャージでダラダラしてて、お調子者で女好きで………あれ?あいつ駄目な奴じゃん??
いやいや!そ、そうではなくて!!そう言う所もあるけど、ちゃんとした仕事に対する誇りと責任…情熱を持った奴なのだ。だからこそあんなにも人前で輝き魅了するのだろうと思う。
まぁ…あたしはいつものお馬鹿な伴の方が好きだけど……
何かに真摯に向き合い常に全力を注いでいる姿は見ていて当然悪い気持ちにはならない。過去のどんなことがあろうと、それを悲観せずにむしろプラスに持って行くところも凄いと思う。
そんなところを知ってしまったから。だからこそそんなあいつの期待にも応えたい……
いや、人のためではなくて…あたしのためにも……
なのにあたしはまた逃げようとした。くだらない事で逃げ腰になって……
そんなんじゃ駄目だ!!強くあれ自分!!一度決めたらそれを最後までやり通せ!!
「…冗談に決まってるじゃない。あたしはやるって決めたらやるんだから!!」
「……」
「必ず成功させてトラウマも取っ払って…あいつにもぎゃふんと言わせて跪かせてやる!!」
「…それは言い過ぎよ。」
と、冷静な静乃のツッコミ……
ま、まぁ……別にあいつを打ち負かすとかそんなんじゃないしね。うん。
「…それならいいわ。まだそれくらい元気があるなら……」
「う、うん!蕾ちゃんは…やっぱり蕾ちゃんだもんね。」
なんじゃそりゃ……??
苺の言葉にツッコミたかったが、二人の嬉しそうな表情を見ると何も言えなくなった。
二人してそんな顔されたら照れるし……!!
とにかく!勝負は明日!!
あたしはもう逃げない!!何が何でもやってやる!!
*****
「お!復活したな!!」
「復活したよ!」
その夜、伴はいつもより早い時間に宮園家へとやって来た。
いつも通り元気そうなあたしの顔を見るとにかっと笑い嬉しそうにその一言。あたしもそれに応え元気よく笑顔で返してやった。
「いやぁ……一時はどうなるかと……。あの蕾がまさか三日も寝込むとは……。最近の風邪菌ヤバすぎだろ…」
「あたしも一時はどうなるかと……。あたしの風邪菌を盗んだあんたが今度は寝込むんじゃないかと……」
「人を風邪菌泥棒みたいに言うなよ!てかなんだそれ!?」
「いや、あんたが勝手に言ったんだよ?」
「そうだ俺か!?」
ああ……やっぱりこの感じ。うんうん、馬鹿っぽさが全開でむしろ和みすらするわ。
「あ、今日はお父さん特製のビーフシチューだけど食べる?」
「食べる食べる~!!」
「よ~しよしよし、落ち着け~。ビーフシチューは逃げないぞ~?」
宮園家父、律の特製ビーフシチューは絶品だ。これはあの料理上手の聡一郎さんや紫乃さんも絶賛するほど。父はこれであの猛獣の様な母の心を掴んだに違いない。
父特製ビーフシチューに興奮する伴を宥めながら、あたしも漂うその香りにうっとりする。このアロマオイル、あったら欲しいくらいだ。
「蕾、後で紫乃君と緋乃ちゃんにもお裾分け。持って行きなさい。」
「あ、うん。あの二人もお父さんのビーフシチュー好きだもんねぇ~!」
「うんうん。みんな笑顔で美味しそうに食べてくれるから嬉しいよ。でも…まぁ…美空さんが喜んでくれるのが何よりなんだけどね?ははは!」
「ああ、うん。そうだねぇ……」
父はいまだ母一筋の愛妻家である。この穏やか過ぎる仏の様な性格の父とあの破天荒で荒ぶる神のような母がどのように知り合い惹かれあったのか…本当に謎だ。
勝手にのろけ勝手に照れる父を見て、少しだけ可愛いなと思い少しだけ恥ずかしくなった。
「律さんって本当良いお父さんだよなぁ!俺好き!」
夕飯も済み、何となくソファーに座りテレビを観ていると、伴は目を輝かせそう言った。
「こらこら、あたしのお父さんだぞ?」
「いずれ俺のお義父さんになるし……」
「気が早いぞ~……てかまだ付き合ってもないし。」
「それは時間の問題だから。大丈夫。」
「いやいや何が?第一あたしはまだ……」
「わかってるって。ま、今日はこの話無しな。お前は明日の為に心穏やかにしてなきゃだしな。」
「わかってんじゃん……」
なら言うなって……
隣に座る伴を見ると、いつも通りだ。ジャージに着替えオフモード全開、セットしていた髪も若干くしゃっと崩れているのが残念だけど彼らしい。
「…ま、まぁ……ここまでこれたのもなんていうか……」
「…あ?」
一応明日が来る前にお礼は言っておこう。あたしがこうして一歩踏み出せたのは…やっぱりこいつが隣でポジティブ過ぎる言動をしてくれたおかげでもあるってことを。
間抜けな表情と声……ついツッコんで茶化したくなるけど我慢我慢。
「…ありがとうね。一応…あんたのおかげっていうか……あたしがこうして前にちょっとでも進もうって気持ちになったのはさ……」
「…別に俺は何もしてねーよ。」
「あ、あんたにとってはそうかもしれないけど!!あたしにとっては……」
「俺はただ隣で勝手に好きな事言ってただけで、お前が決めた事だろ?凄いよやっぱ。只者じゃないとは思ってたけどな?」
そう言って微笑む伴は本当に嬉しそうだ。あたしの目をまっすぐ見て……
いつもそうだ。伴の言葉には嘘はない。下手に取り繕う事をしない。いつでも真っすぐで、たまに茶化して馬鹿にもするけど……たまに嬉しい言葉をくれる。
「だからさ、これはお前の力なんだって。」
「そ、そうかな……」
「そうそう!だから失敗しても胸張って堂々としてろよ?」
「失敗とかやめろ…」
「あはは、悪い悪い!でもさ、どっちにしろ俺は格好良いと思うぜ?今の蕾。ちゃんと逃げずに向き合おうとしてんじゃん。」
伴は笑うと、片膝を立て手を組むと、下からあたしの顔を覗き込む様にして見つめて来る……
おおっ……な、なんか何かのCMに使えそうなカットだ……ジャージで髪若干跳ねてるけど……って茶化すなあたし!!
けど……なんか茶化さないとまた心が持って行かれそうな気がする……
この言葉とポーズはこいつの打算なのか…天然なのか……いや、多分打算じゃない……
「あ、ありがとう……」
「素直でよろしい。いやぁ~、いつもこうだとマジで可愛いいんだけどなぁ……。いや、でも逆に気持ち悪いのか?それ……」
「あ、あんたね……人が珍しく素直になったら……」
「だって、こうでもしねーと駄目だろ?俺がここで本気になったら……お前明日絶対歌えなくなるし。」
「は、はぁ!?」
「まぁ、気にすんなよ。」
いやいや有沢さんよ……何を笑顔でさらっととんでもない事を??
気にすんなよって……。そう言われると余計気になるわ!!