第21話 美少年(青年)のお願い
文字数 5,071文字
友達…考えたことがなかった。ってこれは前も言ったっけ。とにかくあたしの認識ワードに『友達』なんて物は存在しなかったのだ。伴に関しては。
好きとかそんなんじゃなくて、別に一緒に遊びに行くわけでも無くてただ少しの間(?)一緒の時間を過ごして、結構言いたいことを言い合ってた仲ってだけだ。
あ、あれ?それも友情なのか??一応協力もしたし…。サインに釣られてだけど。
「…そっか、友達…。あたし考えた事なかった…」
「え!?俺…もしかしてお前の中で友達以下だったの?マジかよ…結構仲良くやってたし、良い奴だって思ってたのに…」
「ご、ごめん…けど急にそんな宣言されても正直…」
「…お前、まだ俺の事嫌いなの?」
「いや、別にそんなんじゃ…。あんた意外としっかりとした考えもってるし、苦労人っぽいし良い奴だし…一緒にいても気を使わないから楽だし…」
「…それって俺の事好きだって言ってる?」
「ばっ!か、勘違いしないでよね!!誰があんたなんか…!!調子に乗ったらぶっ飛ばすわよ!!」
「…ですよねぇ…うん、それでこそ蕾だ。でもぶっ飛ばすのは勘弁な。俺傷物になったら今ヤバいから。」
おっといけない…。いつもの癖でつい口と一緒に手も出そうになってしまった。こいつはアイドル様、忘れちゃいけない。
手を引っ込め一歩身を引くと改めて目の前に立つ伴を見てみる…
相変わらず変わり映えしないオーラの無さ…。何だろう?これが妙に安心するっていうか…親近感が湧くんだよね。
人気アイドルという近寄りがたい存在から一気に親しみやすい近所の少年って感じにレベルが下がって。
「うん、そのオーラ無し男があんたの良いところね…。」
「相変わらずそこ突くのかよ…。もう俺傷つかないからな?」
「傷ついてたの?」
「ついてたよ!!すっごくハートブレイクな気分だよ!!」
「ガラスの心なのね…」
「そうだよ!繊細なんだよ!!」
そしてこのノリの良さ…。うん、間違いなくあたしの知る伴だ。イケメンであってイケメンさを全く感じないこの感じだ。
「さてと…。紫乃さん、あたしとりあえず帰りますね。」
「え?あ、うん…。俺は緋乃と暫くここに居るよ。」
「そうですか?ではごゆっくり。」
こんな辺鄙な神社で何をするんだろう…?如月兄妹謎だ。
「蕾~、俺コロッケ食いた~い!!」
「仕方ないな…あんたの驕りなら…」
「マジかよ…ま、いいけど…」
「よし!じゃあ今日は松坂牛肉コロッケにしよう!!」
「お前…人の金だと思って…!!まぁいいけどさ…」
如月兄妹に何故かにこやかに見送られながら、あたしと伴は神社を後にし商店街へと向かって行った。
夕方になるとさすがに風が少しだけ冷たくなって来る…。早く昼間も涼しくなると良いな。
ふと前を歩く伴の後ろ姿を見ると、後ろ髪の毛先が少しだけ跳ねていて何だかそれが間抜けで彼らしい…
ああ…こいつ相変わらず仕事以外はだらけまくってるんだろうな…
暗めの茶色になった風に揺れる寝癖の付いた髪を見ながら、あたしはそんな事を思いながらぼんやりとした。
「…でもあんた良くここ来れたね?九条さんとか黒沢さんは反対しなかったの?」
「…あ~…それな。俺勝手に来た。」
「は!?」
「だって何かつまんねーんだもん…。一月前まであんなに騒がしくてドタバタしてたのに急にしんとなった様でさ…。」
「あんたAZUREめちゃくちゃ忙しそうだったじゃない…」
「それとこれとはなんか違うっつーかさ…。多分お前が居ないからなんか物足りなかったんだよな。」
「…物足りなかったって…」
それはあたしと全く同じ気持ちだったと言う事だ。伴も。
伴と出会って、そして再び会う事も無くなってから感じていた物寂しさ…それはあたし一人の勝手な気持ちなのだと思っていた。
でも…こいつもそう思っていたなんて…
「で、まぁ…我慢出来ずに来ちゃった。」
「ふ、ふ~ん…く、来るのは良いけど連絡ぐらい欲しかったんだけど…」
「馬鹿!そしたらドッキリにならないだろ!?お前のその間抜けな驚く顔見たさに敢えて何も連絡せずやって来る俺…凄くね?」
「何が…?『馬鹿じゃね?』の間違いじゃない?」
「…はいはい、照れてるんだな!分かってるって!!」
「何故そこまで自信満々に言い切れる!?ちょっと、気安く触んな!頭撫でるな!!」
「はいはい。よしよし。」
「や、やめなさいってば!キモイし!!」
「それも何か久しぶりで逆に新鮮だよなぁ…」
何なんだこいつは本当に…??腹立つな…。
楽しそうに笑いながら、あたしの頭を撫でまくるその姿は能天気で何か無性に苛立つ…。
慣れた様子で商店街を歩き、ついでにいつ顔見知りになったのか、すれ違い様の人々と挨拶を交わす伴を見てあたしは思った。
こいつ…本当馴染むの早いよな…と…
「蕾!蕾!!コロッケ!!」
「はいはい、はしゃぐなって…」
子供か…。コロッケ屋さんの前で大はしゃぎする高校生男子って…。
揚げたてホカホカのコロッケをハフハフ幸せそうに頬張るその姿は、やはりアイドルと言うより近所の親しみ易い少年だった。
いや、まぁ…イケメンであることには変わりないけど…
「蕾!蕾!!キャプテンバニー発見した!!」
「はいはい、可愛いねぇ…」
と、超ローカルマイナーアニメのキャラグッズの店の前でまた大はしゃぎし、ぬいぐるみのもふもふさを存分に楽しみ…
「蕾!金木犀寄って行こう!!」
「はいはい、皆にご挨拶しないとねぇ…」
「蕾!珠ちゃん!!」
「うんうん、久しぶりだねぇ…。でもあまり頭撫でると怒られるよ?お兄さんに…」
「蕾!忍ちん発見した!」
「うんうん、叩き起こしてやりなさい…」
金木犀に立ち寄り、偶然出迎えてくれた珠惠の頭を撫でてまたはしゃぎ…聡一郎さんに鋭い眼差しを向けられてもめげずはしゃぐはしゃぐ…。
そして寝ている忍を突いてまたはしゃぐ…物凄い迷惑そうに睨まれてもめげることなく…
だから子供か…あんたは…
「つ~ちゃん、この子誰?」
「あ、凛さん。そっか、伴に会うのは初めてなんですよね。何だかんだでタイミングずれてたから…」
一通り挨拶しはしゃぎ終わりようやく伴が落ち着くと、凛さんがレトロなベルを鳴らして現れた。しかも今日は私服だ。白い長めの袖のパーカーが彼の可愛さを引き立てている。
伴の姿を見て当然にっこり挨拶する凛さん。好奇心旺盛で無邪気なのが彼だ。成人男性だけど。
「そっか、じゃあ初めましてだ!」
「な、何蕾!?この超かわうぐっ…」
そして当然あたしは伴の口を塞いだ。禁句ワードを言いそうになったからだ。
いかんいかん…。ここで凛さんの強烈な怒りのパンチやキックをまともに食らったら大変だ。せっかくあたしが控えているのに。
「な、なんだよ…そんなに俺に可愛い女の子紹介したくねーの?」
「有沢さん、あれは美女の皮を被った愛らしい成人男性です…可愛いは禁句です。ぶっ飛ばされます…」
「なんでいきなり敬語!?てか男って!?成人男性って!?マジ!?」
ちなみに…今いる場所は金木犀のお手洗いの中。あたしが慌てて口を塞ぎ連れ込んだ。
「…マジよ…二十歳の専門学生。ちなみにスウェーデンだかどっかのクォーター…」
「ああ、愛らしい瞳が綺麗な色なのはそのせいか…髪も天然だろ?」
「ああ、あの色素の薄い柔らかい茶色の髪?多分そうじゃない?」
「柔らかいってお前触ったの!?」
「頭撫でるのは許されます…セクハラはぶっ飛ばされます。」
「そ、そうですか…」
トイレのドアをそっと開け、隙間から改めて凛さんの様子を伺う伴とあたし…。その様子をカウンターから訝し気に見つめる聡一郎さん…。
すみません…今出ます…。お手洗い一つしかないからね。
「二人してどうしたの?仲良しなんだねぇ~!!」
「いや…ちょっと作戦会議に…」
「ちょっと生命の不思議について…」
「あははは、何それぇ~!!面白い~!!」
「…蕾さん…こんな可愛いのに(小声)…」
「男です。立派な逞しい男です…」
凛さんの愛らしさと性別のギャップにショックを受けたのだろう…彼が初めてではない。
はぁ…仕方ないな…。理想は早めに崩しておくに限る。
「凛さん…すみませんがいつものを…」
「え?またぁ?いいけどさぁ…減るもんじゃないし…」
可愛らしく首を傾げ、凛さんは未だ納得出来ていない様子の伴の手を取った…。そして、それを胸元に押し当てる。
ポンッ…
「…なんもねぇ…」
「ね?俺男の子だから!納得した?」
「はい…凄く…」
「何なら一緒にお風呂でも入る?男同士裸の付き合いって言うのもいいよねぇ~!!」
「え!?い、いや!!そんな!いきなり風呂とかそんな…」
おい…何をまともに動揺してるんだ?あんたは?
笑顔の凛さんに腕に抱き付かれ、伴はなんとも複雑な表情を浮かべアイスコーヒーを飲んだ…
「詐欺だ…くそ…」
「諦めなって…。泣いた男はあんただけじゃないよ…」
「俺凄いタイプなのに…顔…」
「諦めな…あの人は女の子が好きだから…」
「そっちの気はさすがに俺もねーよ!!けど顔…!!顔が!!くそっ…スッゲー可愛い…」
「この際一緒にお風呂入ってすっきりしちゃいなよ…」
「それも何か嫌!!」
「じゃあ紫乃お兄さんにでも慰めてもらいなよ…」
「え!?紫乃さんとお風呂!?」
「なんでそこでまた動揺するの?あんた…まさかあたしに会いに来たと見せかけて紫乃さんに…!?嘘!?」
「何でだよ!確かに紫乃さん優しいけど…」
伴はそう言いつつもまだ未練がましく凛さんを見つめていた。
ああ、諦めろって…あんたは…
それにしても…凛さん一体どうしたんだろ?今日はバイトのシフトが入っていなかったはずだ。昨日『明日俺休みだ!』って言ってたし…
久しぶりに見る凛さんの可愛らしい私服姿はもう美少女以外の何者でもない。喋ればそれなりに男だけど。
カランコロン♪
金木犀で凛さんを交えお茶をし、店を出る頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。
商店街は相変わらずまだ明るく活気づいているけど…
皐月兄妹に見送られ三人揃って家路に着く…
「…そう言えば凛さんて家何処でしたっけ?」
「え?俺?えっとねぇ…隣町の
「喜島?なら従妹の住む町ですね。ちなみにFOREST FLOWERがそっちの商店街にもあるんですよ。」
「あ!そう言えば見た事あるかも~!!アカシア商店街だよねぇ!?そこのお店の奥さん凄く可愛いんだぁ~!」
「ああ、満叔母さん?確かに彼女は何年経っても可愛い…」
あたしの母方の妹、
FOREST FLOWERはもう一つある。隣の隣町に。ちなみにそこの店主が母の姉でもある良子叔母さんだ。
「え?何その可愛い叔母様の話!?蕾、是非叔母様にご挨拶に伺おう!今すぐ!!」
「はいはい、また今度ね。」
「伴ちゃん女の子好きなんだねぇ…イケメンだからモテるでしょ?」
「…そりゃもうモテまくりよね?より取り見取り選びたい放題って奴よね?」
「まぁな…でもそれは対象外だし…」
「え~!?何それ!?伴ちゃんもしかして…ホモぉ!?」
「根っからの女好きですよこいつ…」
「誤解させるような事言うなよ…確かに可愛い女の子好きだけど…。でも凛さんなら(涙声小声)…」
「え?」
「な、何でもないんですぅ~!!あ、あははは!!」
あ、危ない危ない…なんて命知らずな…!!
ちなみに、凛さんにも『アイドル志望の桐原君』で通っている。正体を微塵も感じさせないオーラの無さはさすがだ。
「でもどうしたんです?凛さんが休みの日に金木犀に来るなんて…珍しいことじゃないですけど、今日は確か『世界のお菓子展』に行く予定だったんじゃ…」
「うん…そうだったんだけど…」
そう言い掛けると、凛さんはピタリと足を止めた。
どうしたんだろう?彼らしくもなく俯いて…
「あのね!つーちゃん!!俺のお願い聞いてくれないかな!!」
「え?」
「つーちゃんじゃないと駄目なんだよ!!」
「凛さん?」
「少しの間でいいんだ…お願い!宮園家にお泊りさせてくれないかな?」
「え??」
頭を下げ、ウルウルした瞳であたしを見上げる凛さんを前に正直どうしたら良いのか分からなかった。
というか…何が何やら…という感じだ。伴と思わず顔を見合わせ首を傾げる事しか出来なかった。
凛さんの身に一体何が??