第56話 時には愛嬌、時には根性!それも女
文字数 6,076文字
学園祭当日。あたしはその前日まで珍しく体調を崩したせいで寝込んでいた。
ああ……なんてこったい……!!
後悔とプレッシャーで押しつぶされそうになり、感傷にずっぷりと浸りたくなるところだけど……神様はそれを許してはくれない。現実とは本当に残酷だ。
「ねぇねぇ!!AZUREのライブ観に行くよねぇ~!?」
「あたりまえじゃん!!」
「あたしもあたしも~!!あ、でも……」
「うん…うちらのクラスってさぁ……」
まだ始まらぬ学園祭の当日の朝。すでに舞い上がって大はしゃぎのクラスメイト達は『残酷な現実』を思い出しすぐに黙ってため息を漏らした。
「なんでお化け屋敷なんかにしちゃったかなぁ~!!」
「だってみんなお化けコスしたいってノリノリだったじゃん!!」
「何よぉ~!!もとはと言えば言い出しっぺはあんたじゃん!!」
と……何故か責任の擦り付け合いに発展した。女の争いは怖い。たかが人気アイドルのライブの為に……。
「ま、まぁまぁ!!ライブたってやるの大体育館でしょ?チケット制じゃないにしろ全員入りきるわきゃないし…あぶれた子達で店番すりゃいいじゃん!!」
と、ナイスなフォローを入れたのはもちろんあたしだ。
全く。アイドル如きで醜い争いを繰り広げようとするんて未熟な乙女達だ。あたしなんて全く興味ないし?店番する気満々だったし?
そ、それに……今はそれどころじゃないし……。合唱ステージのぶっつけ本番が気になって気になって…ああ、マジで帰りたい。逃げたい。そして胃が痛い。
「ゾノは興味ないからそんな事言ってられんのよ!!」
「そーよそーよ!!今時イケメン嫌いとかマジ女として終わってるし!!」
「アイドル嫌いとか信じらんない!!」
なんであたしみんなに責められてるの??いいじゃん人の勝手じゃんそんなの……。
「…わかったわかった。じゃああたしが店番するからあんた達みんなで『人気アイドル様』とやらを拝み崇めに行ってりゃいいじゃん!!勝手にしなさい!もう!!」
『お、お母さん!?』
「あんた達はも~!!結局お母さんが肝心な事はするんだから…ってこんな娘達持った覚えないわ!!」
ああ、いかん……ついノリツッコミしちゃったわ。みんなの拍手が鬱陶しい。
とにかく、そんなこんなで…とりあえず学園祭は始まってしまった。
全く!最近の若い子達はも~!!
「…うらめしや~…」
『きゃ~~~!!』
あ。なんかめっちゃ驚いて怖がってる。
学園祭が始まり、真っ暗な教室の中…あたしは真っ白なワンピースに自前の長い黒髪を武器にし床を這いつくばり恨みつらみの籠った声で定番の台詞を呟いた。
したらこれだ。この反応。ご想像の通り…あたしは某有名な幽霊さん風のコスをしていたのだが……。これが大当たりだったらしく、始まって間もないが来客達を恐怖のどん底へと突き落とすことに成功していた。
ふふ…まさかあたしにこんな才能があったなんて……。これなら紫乃さんにも悲鳴の一つや二つあげさせられるかもしれない。
朝メールで(紫乃さんは未だにガラケー愛用者)報告があった。『今原稿書いてるけど絶対行くからね!』と。
そして準備している途中にも『今家を出たからね。』とか暫くして『今校門の前にいるよ』とか。あれ?何この細かすぎる接近報告?
そ、そういえばさっきも…『今教室の前にいるよ』って報告が……
え?何これ??もしかしてあれ??なんだって…バリーさんじゃなくってモリーさんだっけ?マリーさんだっけ??違う!メリーさん!!
ブブブ……
「!?」
そして再び震えだすポッケの中のスマホ……。恐る恐る取り出してみると新着メールが一件。
『…あれ?蕾ちゃんのクラスって一組だっけ?』
辿り着けてない!!辿り着けてないよこの人!!迷ってるし!!
ブブ……
再びメールが届くと……
『三年の教室に辿り着いたんだけど…蕾ちゃんのクラスってメイド喫茶だったけ?』
ちっがぁ~う!!それは隣の隣のクラスです!!何このたどり着けないメリーさん!?じゃなくて紫乃さん!なんか心配になって来た。
しかしあたしにはここで待ち伏せて客を恐怖に突き落とす役割が……!!けど迷子のお兄さんも心配だ!!あの恰好で校内をウロウロされては困る!!
ブブ……
『なんか違うクラスだったみたいだね。女の子達が是非ってキラキラした目で集まって来たからてっきり蕾ちゃんの気遣いかと思ったよ。』
いやいや、そんな気遣いしませんて。それはあなたが目立ちしているだけですって。
『よし、じゃあ今度こそ会いに行くからね。』
……大丈夫ですか?紫乃さん??
この人…ワザと迷ってるんじゃないんだろうか??いや、でも本来紫乃さんは目立つの嫌いだし。あんな恰好だけど。
「……とりあえず…紫乃さんを驚かすためにっと……」
あたしは気を取り直し、再び近づいて来る足音に耳を傾け幽霊になりきる準備をした。
見るがいい…リア充共(あたしの偏見)!!これがお化け役のあたしの実力……
「あ、蕾ちゃん!よかったぁ~!やっと会えた!!」
「………」
メール報告無しでいきなり現れたよ、この人。しかも極上の微笑みであたしの手なんか握りしめて。
ちっ、やっぱり驚かないか…。さすがプロだわ。
「…紫乃さん一人で来ちゃったんですか?」
「いやいや、さすがにそれは。緋乃が一緒に行くって…あ、ついでに忍も。それで一緒に来たのはいいんだけどね。屋台付近であの自由人二人がおおはしゃぎしちゃってさ……」
「緋乃の大好きなチョコバナナとか甘味処とか沢山ありますからね。つまり、置いてかれちゃったんですね?放置?」
「まぁそんなところだよ。寂しいから蕾ちゃんの顔でも見ておこうかと思ってさ。」
「寂しいから報告メールしてたんですね?」
「…うん。ごめんね。」
「…いいですよ。無事辿り着けたから。」
この人こんな寂しがる人だったっけ?伴のかまってちゃんが感染したんじゃないだろうか?
「…ところで蕾ちゃん。その恰好だけど……」
「●子ですよ。似てるってクラスで評判で。」
「うん、似てるけど…君はそれでいいのかい?」
「結構怖がってくれるのでまぁ……」
「楽しいのは何よりだけど……せっかくのお化け屋敷だ…。もっと面白くしたくないかい?」
「紫乃さんの言う『
面白い
』ってなんか凄く恐怖を感じるんですけど……」懐中電灯の灯りに照らされた紫乃さんの微笑みは爽やかこの上なかった。いと恐ろし。
「何ですか?一緒にお化け役でもやってくれるんですか?それとも…ま、まさか本物の幽霊でも呼び寄せて……」
「そんなことしなくてもこういう場所には自然と……。コホン……。俺がそんなことする訳ないだろう?酷いなぁ!!」
「い、いるんですか!?何かが!?」
「ははは、怖がりだなぁ!蕾ちゃんは!!」
「いやいや普通は怖がりますよ!?」
「あ、誰か来たみたいだよ?ほら…しっかり仕事しないと。」
「わっ…ちょっと紫乃さんまで……!!」
美術部員の沢井さんことさっちの力作『呪いの井戸』の陰に押し込まれ、あたしは何故か紫乃さんと一緒に暗闇に身を潜める事となった。
ちょっと大雑把な足音が近づき……
「うらめしや~……」
「…あんた、蕾かい?」
「え?…い、茨さん?」
それは驚くこともせず、冷静にあたしの正体を見抜いた。
この闇に溶け込みそうな真っ黒いロングなゴスロリ衣装に、緋色の髪。そこに立っているだけで蝋人形と間違えそうなくらい不気味で綺麗な茨さん。不健康な色白過ぎる肌がまたその雰囲気に拍車をかけている。
「…先生も何してんだい?まさか変な事考えて……ねーな。うん。」
「何故そこですぐに納得するんですか……。ないですけど。」
と、これはあたしのツッコミだ。この人もこの人で相変わらず口が悪い。
「茨さんこそなんで…ああ、伴君達の?」
「ああ、仕事だよ。写真撮って欲しんだってさ。社長からお願いされちゃね。」
「社長ってどっちの?」
「どっちもだよ。うちの馬鹿社長とあっちの。」
「あはは、それは大変だ。」
「嬉しそうだねあんた……」
そう言えば…茨さんって確かカメラマンでもあり、出版社の編集さんでもあるんだっけ。じゃあ『馬鹿社長』ってもしや雇い主の??凄い言われようだ。
「仕事ほったらかして『乙女の園の学園祭行きたい~!!』って駄々こねて大変だったんだよ。黙らせ……宥めるのにね。」
「ああ、それで一仕事終えて来たんですね。」
「そう言うこと。可愛い女の子達は目の保養になるからね?いつもむっさい男共と仕事してると特にね。」
「いい男揃いじゃないですか。あそこは。」
「冗談だろ……?まぁ、顔だけなら。先生と同じだ。」
まぁ…確かにこの藤桜はレベルの高い乙女達が多いけど。
というか…何普通に会話しちゃってんだろう、この人達。ここは教室であってしかもお化け屋敷の真っ最中なのに……。
「で?なんで先生まで一緒に隠れてたんだい?女でも物色してんのかい?さすがロリコン……」
「茨さん、蕾ちゃんに誤解させる様な発言は控えて下さいって言ってるでしょう。俺の守備範囲は成人以上ですよ。」
「ふ~ん、意外だねぇ……。ま、あんたの守備範囲なんざどうでもいいんだけどね。」
「この際不名誉な誤解は解いておいた方が良いかと思って言ったんですけどねぇ……。ちなみに茨さんは?」
「なんだセクハラかい?そうだね…男でも背が高すぎるのは気に入らないね。見下ろされるのは嫌いだ。むしろあたしが見下ろせるくらいの……」
「…人の事言えないじゃないですか。」
「身長の話だよ。気持ちの悪い勘違いすんじゃないよ。」
「…はいはい、すみませんね。」
ああ…また始まったよ。もういいや。なんやかんやで客足途絶えて来たし……
それに…運命の時は刻々と近づいて来ている……
「…し、紫乃さん…祓い屋でしたよね?」
「え?そうだけど…どうしたんだい?」
あたしは茨さんと言い争って(?)いる紫乃さんの横顔を見てふとひらめいた。
そうだ……この人……
「あの…折り入ってご相談が……」
「歌の上手い幽霊を憑依させ欲しいとか?」
「まぁ、なんと察しが良いことで……」
「…駄目だよ?」
さすが紫乃さん。あたしの考える事は全てお見通しの様で…笑顔でポンと肩を叩いて首を振った。
「これは君の試練だ。蕾ちゃんが自分で決めて選んだ事だろう?なら、ちゃんと立ち向かわないと意味がないよ。」
「…そうなんですけど……」
薄暗くても分かる。今の紫乃さんは真面目な顔をしている。真っすぐにあたしの目を見て。
「大丈夫だよ。蕾ちゃんはやればなんだって出来る子だから。」
「……」
「俺はこういう時まで嘘を言ったり適当な事を言って茶化したりはしないよ?知ってるだろ?」
「ま、まぁ……はい……」
「君は今まで沢山悩んで来た…それを乗り越えるために十分頑張って来たんだから。あとはいつも通りやるだけだ。違うかな?」
「はい……」
「うん、大丈夫大丈夫。俺もちゃんと見てるから。きっと伴君もね?期待に応えろなんて偉そうな事は言わないけど、楽しんでやってみれば良いんじゃないかな。そう身構える必要はないよ。」
「…そんな簡単に……」
「ほら、またそうやって追い詰めるから…もっと自分に自信を持ちなさい。肩の力を抜いて挑むくらいが丁度いいんだよ。ね?茨さん?」
ポンポン……
いつもの様にあたしの頭を撫で、笑顔を浮かべる紫乃さんは…悔しいけどいつもよりちょっとだけ頼もしく大人に見えた。
別にあたしは紫乃さんの事を特別な感情で見た事はないんだけど……物心ついた時から『近所の優しいお兄さん』だったし。ちょっと胡散臭いけど。けど、違う見方で紫乃さんの事を見ていたら気持ちも変っていたんだろうか?
いやいや、それはないな。だって紫乃さんは紫乃さんだし。
「まぁ、あんたに何があったかは知らないけど。あんま根詰め過ぎると駄目になるよ?力み過ぎたってロクなことにはならないってことだ。いいじゃない、失敗したって。はじめっから上手く行くなんて奇跡だよ?」
ニッと笑うと、今度は茨さんに思い切り背中を叩かれた。かなり痛い。
「失敗したら笑って受け流せばいい。堂々と胸を張っていればいいんだよ。周りに何を言われたってさ『うるせーばーか』って心の中で受け流しとけ。自分を作るのは自分自身だ。他人じゃない。」
「…強いんですね…茨さんは……」
「はは!まーね?でも、間違った事は言ってないだろ?大事なのは『どう見られるか』じゃなくって『自分がどうしたいか』だ。違う?」
「…それ、何か伴も同じ様な事言ってました……」
「ははは、やるねぇ~!あいつも!!じゃ、あんたも負けてられないじゃないか。」
負ける……あたしがあいつに?いや、そもそも勝負とかしてないし。勝負しようにも土俵が違い過ぎるし。
けど……そうか。あたしがこうやってうじうじ悩んでいる間にもあいつはあいつでどんどん先へ進んで輝いている訳で……
追い付きたい?いや、そんな追いかける程の闘争心とかないし。けど……
「…勝てますかね…あたし……」
「女は強いからね。」
「はぁ……」
「女は根性ってね?」
「それは男なんじゃ……」
「いいんだよそんなのどっちでも。で?あんたはどうしたい?」
「あたしは……」
言葉が詰まり、ふと紫乃さんの顔を見た…。いつもと変わらず穏やかで暖かい表情だ。
「が、頑張ります……」
「お?いいねぇ!」
「あ、あたしはもう逃げたくないです!!」
「そうそう!その調子だよ!!」
「い、茨さん…ありがとうございます!!何かちょっと気が楽になった気がします!!」
がしっとしっかり茨さんの白く華奢な手を握りしめると、あたしは真っすぐその強くて綺麗な瞳を見つめ頷いた。
「そうですよ…女は根性です!!」
「そう!根性だ!!」
「もうこうなったら当たって砕ける勢いでやってきます!!」
「え?あ、ああ…全力でやってきな!!」
「はい!!」
こうしてあたしと茨さんは、薄暗いお化け屋敷化した教室の中…手をしっかりと握り合い熱血ドラマの一場面の様な台詞を言い、しっかり頷きあったのであった。
なんだか乗せられた気もするけど……いざ行かん!!最初で最後の舞台へ!!