第40話 女同士の相談事は大抵最後は脱線するが綺麗にまとまる時もある
文字数 4,531文字
「紫乃さんのご厚意に甘えてよ…」
「いや、あんたが強引に押し切ったよね!?それ絶対!!」
翌朝、静乃から昨日の成り行きを聞かされ一気に目が覚めた。
昨日あたしが九条さんにあんな相談されたことは勿論言っていない。当然だ。
「…あのねぇ……静乃、あんた何があったのよ?」
「別に…ゾノが心配する様な事じゃないわよ。ただの家庭内事情。私が家に帰る気がしないだけで…」
「それ何かあったからでしょうが!!言いなさいよ!」
まぁ大体分かってるけど……。
九条さんから静乃の相談をされ、受験勉強に勤しみ…ただでさえ疲労困憊気味だって言うのに。ついでに昨日はあまり眠れてもいない。色々考えすぎて。
も~……これ以上あたしの心配事を増やさないでくれよぉ…。紫乃さんなら安心って気持ちもあるけどさ。
「…何怒ってるのよ?あんたこそ何かあったんじゃないの?」
「日々色々あるよ!ってあたしの事はいいんだってば!!」
「…そう言えば……あんた伴君とはどうなってるの?彼、あれからずっと家に通ってるんでしょ?何か進展無い訳ないわよね?」
うっ………!?
クールビューティーでほぼ毎日無に近い表情の静乃だが、この時ばかりはにっこりと微笑みを浮かべていた。そりゃもう絵になる程美しい。
そう言えば……あたし、伴の事は静乃に話してないんだよなぁ…。あのみっちゃんの一件以来何も。
いや…そもそも言う必要あるのか?何だかんだで紫乃さんに相談しちゃったけど、その後また何だかんだで解決して今は普通に過ごしてる訳だし。
でもなぁ…如月家に居るってことは…紫乃さんついうっかり話しちゃう(面白がって)かもなんだよなぁ~!!あの人は本当……!!
「…別に無いよ……」
「何かあった顔ね。何?告白でもされた?それともそれすっ飛ばして襲われでもした?」
「そんな事ある訳ないでしょうが!!……まぁ、告白はされた様な気もしなくないけど……それはなんつーか…ちょっと違うっていうか…ごにょごにょ……」
「何よ?どっちなの?」
静乃の表情はいつも通りの冷静沈着、クールビューティー顔に戻っていたが、今は少し呆れている。
ため息を短く吐き、前髪を掻き上げながらじっとあたしを見つめ言葉を待っている……
話せと??やっぱり??そうですよね!!
「…こ、告白っていうか…正確には『好きかも』って感じで……」
「へぇ…それで?」
「そ、それでって…!!あ、あたしも良く分かんなくて…今もそれは同じなんだけど……でも何かそう言われて悪い気はしないって言うか……」
「…嫌悪感は無いのね?」
「それは…まぁ……悔しいけど全然。」
「むしろ一緒に居て落ち着く?楽しい?」
「…は、はい……」
「なら付き合っちゃいなさいよ。ゾノと彼…合っていると思うけど?紫乃さんは何て?」
やっぱり…静乃はお見通しらしい。あたしがまず迷って紫乃さんに相談したと言う事を…。
「焦らずゆっくり…待たせても良いんじゃないって……自分の気持ちがはっきりするまで存分に…」
「…それもありかもね。それであんたは待たせてるのね?」
「…うっ!?そ、そうだよ…悪い?」
「別に……良いんじゃない?あんたの場合、焦って無理矢理答え出そうとすると余計ややこしくなるだろうし…。良いじゃない。ゆっくり自分と向き合って行けば。」
「う、うん……」
意外だ……静乃がこんな事言うなんて。
あたしはてっきり『何悠長な事言ってんのよ。さっさと付き合ってみれば分かる事じゃない』とかズバッとサラッと言うと思っていたのに。
もしかして……やっぱり……静乃、実は相当弱ってるんじゃないだろうか?何があったのかなんて詳しく知らないけど。昔から家族とは揉めてたし。
「…あんたはどうなのよ?」
「何が?」
「…別に言いたくないなら良いけど……家族とは?上手くやってるのかなぁ…とか…ちょっと……」
「…あんた聞いてたのね。それで……」
「べ、別に盗み聞きした訳じゃ!!」
「…分かってるわよ。」
あ~…あたしの馬鹿!!いくら気になるからってそんな直球に聞いて…!!
しかしそれで怒らずさらっと流すのが静乃流だ。冷静に川の流れの様にサラサラと涼やかに…。
今もそんな風に、表情を全く変えず窓の外を真っすぐ見つめていた。涼し気な様子で凛として。
「…どうしても帰りたくないのよ。」
「…え?」
静かに語り出した静乃の表情からは、やはり何を考えているのか分からない……
このポーカーフェイスめ……!!
「…家にも…下宿先にも。」
「下宿って確か知り合いのお祖母さんの?」
「そうよ。…あいつのお祖母さん…そこには当然あれも居るのよね。そう考えたらなんだかね…」
「あいつって…九条さん?」
「それ以外誰が居るのよ…。あいつとは私は昔から何かと張り合ってぶつかって来た…犬猿の仲って奴ね。今もそれは変わらないけど……」
「…けど?」
目を閉じ、深呼吸を一つ……
静乃は暫く間を置き再び口を開いた。
「…私が追い越そうとすればする程、追い付こうとすればする程あいつは一歩また一歩先へ進むのよ。もう今じゃ追い付けないくらいね……」
「…まぁ…あっちは人気アイドル様だし……」
「そうなのよ。昔から無駄に色んな才能持て余してたからね…本当嫌な奴よ。何をやらせても成功して…挫折なんてした事無いんでしょうね。だからやたらプライド高くて、人を見下して…何でも知った様な口を利くの。」
「…それは何となく分かる様な……」
まぁ…見下してはいない…と思うけど。勉強教えてくれた時は凄く丁寧だったし。九条さん。
「…だから嫌いなのよ。何でも出来る優等生って。人はね、何かしら一つ欠陥してた方が面白いし可愛げがあるものでしょ?」
「…まぁ…ありまくりなあたしに言われてもなぁ……」
「…いいのよ。ゾノはそのままで。だから私は私らしくいられるし…楽なのよ。あんたと居ると。だから無理して変わらなくて良いの。」
「…い、いやぁ…そ、そんな…何嫌だ照れるぅ~!!」
「調子に乗ってんじゃないわよ。」
「すみません……」
だってだって!静乃に褒められるなんて滅多にないし!!それは舞い上がって照れて調子に乗っちゃうって!!
まぁ…今の冷たく射抜く様な目で言われたらゾッとして固まっちゃうけど。氷漬けにされた様にピシッと。
「私も割と完璧でしょ?だから『こいつより私の方が優れてる。負けるはずない』ってつい張り合ってしまうのよ…プライド高いでしょ?私?」
「うん、知ってる。」
「…まぁ……だからつい…あの顔を見るとイラッとするのよね。まともに話した記憶があったかどうか……」
「そんなに!?どんだけ仲悪いのよ!!」
「…それだけ仲が悪いのよ。基本的に合わないのよ。きっとあいつも同じだと思うわ。」
……そうだろうか?
あたしは口には出さなかったがふとそう思った。
静乃が今話した様な気持ちだとしたら…わざわざあたしに相談しに来るだろうか?あの九条さんが。
あの時…静乃の事を話す時の九条さんの様子は、少なくとも違う。仲の悪い幼馴染に対しての不満では無く、心から心配していることが伝わって来た。
そりゃ、あたしも初めは意外だったけど……
でも、彼は彼なりに何だかんだ言いながらも静乃の事を気にかけているのだと言う事はわかった。建前だけでは無い、本気で…心から心配しているのだと。
それを静乃が知ったら…どんな顔をするんだろう?
「…とにかく、あの時の話を聞いていたなら大体何があったか想像つくでしょ?」
「へ?」
「…あんた途中から聞いてなかったでしょ?」
「ご、ごめん……」
「…はぁ…もういいわ。話してあげない。」
「ええ!?ちょっと静乃さ~ん!!そりゃないでしょ!!そこまでじらしておいて!じらしプレイか!!」
「好きじゃないの?」
「いつ言った!?」
「…はぁ…」
「ため息吐きたいのはこっちだよ…」
いつの間にか漫才染みた掛け合いになり掛け、あたしと静乃は気を取り直す様に同時に息を吐き、窓の外を見つめ黙り込んだ。
ああ…外は平和だなぁ……焼き芋食べたいなぁ…
「…とにかく、今こんな状態のままあいつと顔を合わせたら、きっと私は理不尽に当たり散らすから…だから今は帰れない。帰りたくないの。」
「…それで大好きな紫乃さんの所へ逃げ込んだと?」
「…そうね。何となく、こうなる事を期待していたのかもしれないけど……紫乃さんは優しいでしょ?だから私がああ言ったらきっと許してくれるんじゃないかって…」
「狡い女……」
「そうよ…私狡いのよ。きっとそれも知ってる…あの人なら…。それを分かった上でああ言ってくれたのよね。だからつい甘えてしまう…気持ちを振り切ろうとしても、決心が揺らいでしまうのよ。」
「…何?それって紫乃さんの事諦めようとしてたって事?」
「…そうよ。だってあの人…いつも違う何かを見てるんだもの。」
「…そりゃ…まぁ…祓い屋だし…一応本業は。」
「…それもあるけど…あの人本当は誰か想う人が居るんじゃないかしら?って…何となくそう感じる時があったから…」
「はぁ!?そりゃないって!!あの紫乃さんが!!」
静乃がいきなり可笑しなことを言い出すので、あたしは思わず吹き出してしまった。
確かに紫乃さんは女性に優しいし、紳士的だ。いつも別の何かを見ていると感じるのも納得がいく。
けど…あの紫乃さんに特別な女性がいるとはどうも思えない。強いて言うなら緋乃くらいだろう。
ああ…静乃ったら…相当疲れているんだろうな……
「…居たとしたら奪っちゃうとか?」
「…それは出来ないわよ。何となく、私に勝てそうに無い気がする。」
「え!?ちょっと…あんた…静乃さん!?何そんな弱気に……マジで大丈夫??」
いつも何に関してもしたたか…特に恋の勝負には人一倍貪欲な癖に何だこの気弱な発言は??
いや……やっぱり実際弱ってるのか……
仕方ない!!こりゃあ、あたしが何とかしないと!!
宮園蕾!親友の為にちょっと人肌脱いじゃうか!!
「…ゾノ、余計な事したら怒るわよ?」
「…へ?あ、はい…すみません…しません……」
やはり静乃には全てお見通しらしい…
あたし、そんな分かりやすいのかなぁ……
でも……まぁ……
ズバッと釘を刺す静乃の表情は、冷たい言葉とは裏腹に少しだけ柔らかく穏やかだった。
今だけでも…気持ちが晴れればいっか……
でも何かあったら絶対に……!!
あたしはひっそりと心の中で誓うと、静乃の華奢な肩を思い切り叩いて笑ってやった。
勿論凄く冷たい目で射抜かれました…はい…。