第26話 トキメキと真っ白

文字数 3,784文字

 心臓がバクバクして煩い…

 けど音は収まるどころか段々と速く煩くなってくる…

 自分の心臓の音を収めるのに必死で他に意識が行くはずも無いのに…

 頭に置かれた手がやたら熱く、押し当てられた体温もやたらと温かく感じる…

 あ、あたしは…一体どうしちゃったんだろう?

 というか…どうしたらいいの!?

 思いがけない展開…今までからは考えられない行動をこいつ、伴がしてきたおかげでこっちまで調子が狂いそうだ。

 う、動け自分!こんな奴からさっさと離れてぶっ飛ばしてしまいなさい!!蕾!!

 そう自分で自分を鼓舞するも、体は動かず身動きが取れないでいる…

 というか…こいつもいつまでこうしてるつもりなんだ…!

 早く離して、何事も無かったかの様にしてくれれば良い物を…

 そ、それとも…まさかあたしはまたからかわれているのか?

「…蕾?」

「…な、何?」

 だから何が『何?』なんだあたし!?

 こいつも…耳元で囁く様にあたしの名前何か呼ぶな…!!馬鹿!!

「…何かここまで大人しいお前って…新鮮だな…」

「え、え?」

「…ちょっと可愛いかも…」

 お、おおい!?

 人が身動き取れず固まっているのを良い事に…!!

 し、知らない…こんな耳元で囁く有沢伴なんて!!

 しかもこんな優しく…

 いつの間にかもう片方の腕も腰辺りに回され、完全に抱きしめられている状態になっていた。

 それなのになんでゾッとするどころかドキドキしてときめいているのあたし!?

「…お前の髪、触り心地良いな…何か猫撫でてるみてぇ…」

「!?」

 頭を押し付けていた手の力が弱まったかと思うと、次はゆっくり撫で始める…まるで髪をなぞるかの様に優しく滑らかに…

 うぉぉぉ…な、殴りたい!!

 けどやっぱりゾッとはしない…本気で殴る気も無い…

「…何かこうしてると…」

 や、やめろやめろ!これ以上何も言うな…!!

 故意か無意識か…耳元で囁き続ける伴の声を聞いていると、なんだか自分が自分ではなくなりそうな気がして恐ろしく、そして同時に何故か安心する自分がいる事に驚いた。

 耳が何かくすぐったい…!!

「…俺、お前と本気で付き合ってもいいかも…」

「…は、はぁ!?」

「…あ。いつもに戻った…可愛かったのに…」

 またまた唐突な伴の発言にやっとあたしの体が動いた。

 押しのけ、何とか身を離すと今更ながら顔が熱くなっているのを感じた…

 し、信じられない…!!こいつの気まぐれな行動でこのあたしがこんな動揺して顔まで真っ赤になるなんて!!

 心臓バクバクし過ぎて頭痛いし…呼吸も荒くなってる気がする…

「…俺、一応本気で言ったんだけど…」

「はぁ!?わ、訳分かんない!!」

「…まぁ、俺もお前が好きかどうかわかんねぇけど…」

「だったら軽はずみな言動すんな!!ば、馬鹿!!」

「だから本気だってば…てかお前も顔真っ赤じゃん。」

「あんたが変な事するからでしょうが!心臓に悪いんだよああいうの!!」

「…それってドキドキしたって事?ゾッとしたんじゃなくて?」

「ま、まぁ…ゾッとはしなかったけど…けど断じてときめいたとかそんなんじゃないんだからね!!」

「いやいや~!ドキドキって事はときめいたって事だろ~?そっかそっかぁ~!!あはははは!!」

「わ、笑うな!断じてときめきなんかじゃない!!」

 何故か伴は嬉しそうに楽しそうに笑いながら、あたしの頭をポンポン叩いていた…

 こ、こいつ…完全に面白がっていないか?あたしのこの反応を見て??

 や、やっぱりからかってる!!腹立つ!!

「あんた本当ムカつく…!!」

「照れるなって!俺は素直に嬉しいし。あの触れただけで投げ飛ばすお前がさぁ…いつの間にかこんなに可愛らしく…」

 バコッ!!

「な、殴った!?しかもお玉で!!」

「殴られるようなことをするあんたが悪い!!」

「俺…アイドルなのに…」

「それ今更言う?」

 あ~…びっくりした…そして腹立つ…

 お玉片手に乱れた呼吸とついでに心の乱れも整え、キッチンへと向かう。

 そろそろカレーが出来上がる頃だ。

 しかし…こいつ油断も隙も無いな。いや、隙ありまくりか。お腹出して熟睡してたし。

 でも、きっと…いや絶対…さっきみたいな事他の女の子達にやりまくっているに違いない!あ、あんな耳元で囁くなんて思い出すと鳥肌立ちそうな事!!

 それで直ぐにさっきみたいな調子の良い台詞言って…こいつは女なら誰でもいいのか?最低じゃん!!

 ……てちょっと待てあたし。

 なんでこんなに腹が立っているんだ?別にあからさまに馬鹿にされたわけでもないのに。からかわれはしたんだろうけど。

 だっていきなり『付き合ってもいい』って…あり得ないでしょ!?今までのあたしとあいつの関係からして!!

 それについ昨日まで馬鹿な事言ってダラダラして、殴ったり蹴ったり(あたしが一方的に)の関係だったのに…。

 そりゃ…からかって手を握ったりって事はあったけど…

 さ、さっきみたいにいきなり抱きしめられたりなんて事…!

 いや、あれはだからあいつがやっぱりからかって面白がってしたことで…!!

 それで…あっさりあたしは引っかかって…不覚にもあいつ相手にときめきかけてしまったって事?

 あのオーラ無し男に?人気アイドル様に??

「…最悪…!!イケメン嫌いが聞いて呆れる…!!」

 と、カレーの鍋と睨めっこしつつ悶々とし…

 挙句自己嫌悪に陥り頭を抱えながらぶんぶん振り回す……。

「お!美味そう~!!」

「!?」

「どれどれ…これは味見が必要だよな?」

「…食べたいだけか…」

「蕾、蕾!!はい、あ~ん!!」

「何が『あ~ん』だ!!今から可愛いアピールか!」

 母鳥からの餌を待つ雛鳥の様に口を開け待つ伴を前に、あたしは無性にまた腹が立ったのと同時、何故か力が抜けたのだった。

 そうだ…こいつは意外とかまってちゃんだった…面倒臭い!!

「…本当…何なのあんたは?突拍子もない事言ったり、かまってちゃんだったり…」

「…あ?俺はいつでも本音しか言わねぇぞ?」

「それが何か胡散臭いのよ。いつもこんなんだから!」

「そうか?てかカレーうまっ!お前本当料理は完璧だよなぁ~!!馬鹿だけど。」

「あんたにだけは言われたくないけど?」

「ああ、つい本音が…。でも俺さ、別に彼女が馬鹿でも良いと思うけど?常識的な事とかちゃんとしてれば。料理上手いとか結構ポイント高いぞ?」

「それはあんたに対してでしょうが!!……はぁ、本当さっきみたいに思いつきでなんでも口に出して言うのやめなよ?こっちもびっくりするし…よく考えてから言葉にして行動する事!!いいね?」

「それは良く言われます…って言うか!俺さっきのはマジだって!!お前信じてねーの?」

「信じられるか馬鹿。」

「え~…まぁ、お前何か重たい過去背負ってそうだしなぁ。男に対して面倒臭い偏見持ってるし?なら俺みたいな奴の言葉を信じろって言う方が無理あるか。」

「…きゅ、急に冷静に分析しないでよね!あとなんか顔近いから離れろ!!」

 急に真顔になってあたしをじっと見つめて来たので、思わずまた身構えてしまった。拳の代わりにお玉を構えて。

 こいつの真面目な顔ってやっぱり苦手だ…。

 本職がアイドルのせいかやたら目力みたいなのがあるから怖い。金縛りにあった様に動けなくなって、惹きつける変な力を感じるし。

 普段はそれを忘れるくらい、間抜けで馬鹿なんだけどなぁ…。

「…荒療治も必要か…」

「は?」

「よし…じゃあまずは…」

 ふと何を考え出したのか…伴はそう呟くと同時、あたしの頭をまたぐいっと引き寄せた。

 そして…額に感じる温かく柔らかな感触……

 あたしは一瞬何をされたのか理解出来ずに、ただ目を見開いて固まっていた。

「…口はさすがに殺されそうだしな。」

「…へ?え…?」

「…何間抜けな顔してんだよ?」

「あ…あんた今…何を…」

「キスだけど?おでこに。」

「…は!?キ…!?」

 あまりにもあっさりとそう言うので、あたしも思わずきょとんとしてしまったが…

 完全に理解出来るとすぐに伴から離れ、思わず額に触れていた…

 言葉が上手く出て来ないまま…ただ頭の中が真っ白になって行く…

「ちなみに、額のキスは親愛の意味があるらしいぞ?後は友情とか。」

「…そ、な…何を…」

 まともに動揺し、口をパクパクしているあたしを見て伴が得意げにそう言った。

 そして……

「ああ…でも…俺が今したのは、お前が可愛いって思ったからだけど。」

 と…それはまたどや顔してそう言ったのだ。

 テレビで見る様な…アイドルスマイルを浮かべて…

 それはもう楽しそうに…

 だ、駄目だ…もう限界…!!

 思考が付いて行かない…

 あたしは、頭が完全に真っ白になりながらも、顔が熱くなって行くのを感じたのだった。軽い眩暈を覚えながら。
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登場人物紹介

宮園 蕾(みやぞのつぼみ)


長身がコンプレックスの高校三年生、ただいま崖っぷちの受験生。『FORESTFLOWER』と言う花屋の一人娘。イケメン・アイドルが大の苦手(というか嫌い)で、拒否反応を起こすこともある。猪突猛進、アグレッシブで口と一緒に手(または足)が出るが人は選んでいるとかなんとか。いつも明るく元気なのでポジティブに見えるが、実はかなりのネガティブ思考者で、未だ過去のトラウマから抜け出せずにいる悩み多きお年頃の主人公。合唱部所属。演歌歌手の大御所、藤岡新之助の大ファンでファンクラブにも入っている。

有沢 伴(ありさわばん)


本名は桐原伴利(きりはらばんり)と言う。人気絶頂中のアイドルユニットAZURE(アズーロ)で、とにかく明るく前向きなポジティブ男子。思ったら即行動してしまうので、相方の時やマネージャーの黒沢に良く叱られることもある。可愛い女の子が好きなので、チャライ面もあるが実は一途な努力家だったり。人気アイドルだが、オフの時は全くそのオーラーを感じないオーラゼロ男でもある。オフの日はジャージでダラダラしている。猫とみかんが大好き。

如月 紫乃(きさらぎしの) 


妙な和装の星花町の優しいお兄さん。商店街で『青嵐堂』と言う古書店を営んでいるが、実は腕利きの祓い屋でもある。また、幻想和風を得意とした人気の若手イケメン作家東雲青嵐(しののめせいらん)でもある。蕾が幼い頃から面倒を見てきたため、紫乃の妹と同じくらい過保護な時もあるが基本蕾には優しいため、蕾もよく頼っている。時に優しく厳しく蕾を暖かく見守っている。妹ラブなちょい腹黒な人たらし。

柏崎 静乃(かしわざきしずの)


蕾の中学時代からの親友。女子高生とは思えぬ美貌と貫禄とナイスボディの持ち主で、常にネイルは欠かさないおしゃれ番長。見た目が派手で、常に理想と意識が高いため男をとっかえひっかえしているが、意外と面倒見のよいツンデレ気質。クールな現実主義者。蕾に日々的確なツッコミをしてくれる。持ち前の美貌と長身で読者モデルも気まぐれにやっているお嬢様だが、家族と折り合いが悪く家を出て知り合いの家に下宿している。紫乃の大ファンでもあり密かに恋心も抱いている。合唱部部長。よく奇抜なユニーク創作料理を生み出す。

桃瀬 苺(ももせいちご)


蕾の友人。小柄でか弱い心優しい保護欲そそるシャイガール。声も気も小さく、人見知りもするためよくいじめられたりするが、蕾や静乃がその度に助けてくれる。小学校から女子だらけの世界で育ったためか、男が苦手。声を掛けられたらまず逃げる。内気だが歌声は見事、合唱部でも常にトップで彼女に憧れる後輩も少なくはないが、本人は自信がないので全く気付いていない。お菓子作りと編み物が得意で、可愛い物が大好き。飼っているうさぎと猫と過ごす時間が癒しのひと時。三人姉妹の真ん中っ子。

九条 時(くじょうとき)


人気アイドルユニットAZURE。歌やダンスだけでなく、演技力も優れているため舞台などもこなす完璧なアイドル。本人も期待に応えるため日々努力を惜しまず、緩み切っている伴を日々叱咤している。非常に意識の高い完璧主義人間。とにかく何事も完璧にこなす。自分にも他人にも厳しく、伴には人一倍厳しいが、ちゃんと信頼と友情はある。普段は礼儀正しくにこやかだが、とにかくAZUREのためにプラスになる事はするが、その妨げになる者は容赦なく排除する冷酷な所もある。東雲青嵐の大ファン。趣味は勿論読書。年の離れた妹と祖母と過ごす時間がほっとする一時らしい。

皐月 聡一郎(さつきそういちろう)


蕾の住む星花町の商店街、喫茶店金木犀の若き店主。元は刑事だったが、金木犀を経営していた両親が亡くなったため後を継ぐことにした。イケメンで落ち着いた物腰とバリトンボイスが魅力的で、隠れファンも多い。蕾とは五年前からの付き合いで、色々と面倒をみてくれている。堅物で過保護なお兄さんの面も……。蕾の初恋の人。

皐月 珠惠(さつきたまえ)


聡一郎の妹で高校一年生。五年前、星花町に越して以来の付き合いでいまでは蕾の妹的な存在。小柄で元気いっぱいな明るい女の子だが、かなりの霊感体質なのが日々の悩みの種の一つ。紫乃が現れてからはちょくちょく相談しているらしい。猫と小鳥が好きで、家で文鳥を飼っている。小柄な割にかなりの食欲魔人。合唱部所属で、蕾とは同じ学校へ通っている。

文月 忍(ふづき しのぶ)


蕾の幼馴染みで実は結構なご近所さんでもある。長身の眼鏡(伊達)イケメンだが、中身はかなりのお子様で常に眠そうで気だるげ。放っておけば速攻眠る。ドS気質のジ●イアンだが、腐ってもイケメンなのでモテる。だが、本人は興味も示さない。退屈するのが大嫌いで、自分が楽しければそれでいい…というどうしようも無い駄目人間だが、芸術肌で絵を描くことに関しては天才的な才能を持っている。しかし、創作時はアトリエに籠り、集中しすぎて基本的な生活行動が疎かになったり、音信不通になったりしてよく周りの人間達を心配にさせる。ひ弱なもやしっ子に見えるが意外と力は強い。緋乃と如月家の縁側が大好き。

如月 緋乃(きさらぎひの)


蕾と忍の幼馴染みで紫乃の妹。見た目はか弱そうな美少女だが、中身は全く違う。兄同様かなり変わった女の子で、同じく祓い屋として紫乃を手伝ったりたまに自分一人で仕事をしたりしている。いつもにこにこゆったりとしていて幸せそうにみえるが、結構苦労している。口では兄を突き放す様な事を言っているがきっと本当はお兄ちゃん大好きなはず(紫乃談)。お嬢様口調なのは、祖母の影響かららしい。ふわもこの触感と甘い物、そしてホラーを愛してやまない。愛猫の琥珀のお腹を撫でるのが好き。めっちゃ力持ち。

日下 凛(くさかりん)


金木犀のアルバイト店員。美少女のような愛らしい容姿をしているが、立派な二十歳の成人男性。都内の洋菓子専門学校へ通っているため、お菓子作りが得意。また、愛らしい容姿は凛にとってコンプレックスなので『可愛い』と言うのは禁句となっている。もし言ったら……彼の逞しい拳が飛んでくるだろう。人懐っこく明るいので、金木犀では人気のマスコット的存在。愛らしい容姿のため、よくストーカーや痴漢に遭うが逞しく撃退している男らしい一面もある。

千石 正宗(せんごく まさむね)


星花町の治安を守る星花警察署の警部。一人娘の蛍をこよなく愛するバツイチのイケメンお父さんでもある。警部なのに常に緊張感が無くゆるふわすぎる空気を醸し出し、よく仕事と言っては町内をふらりとうろつき部下を困らせているらしいが、人望は何故か厚い。『星花署のハシビロコウ』と呼ばれている。

菖蒲 茨(あやめ いばら)


本名は立花涼花(たちばなすずか)と言う可愛らしい名前。伴の従姉で紫乃の腐れ縁の同級生。派手な髪色とゴスロリ衣装を身にまとい勇ましく振る舞う男の様な人。豪快で態度もデカく口は悪いが面倒見の良い姐さんタイプ。普段は緑泉出版と言う小さな出版社で働きながらフリーのカメラマンをしている。ウィッグ&カラコンマニア(?)なので日々髪形や目の色が違っているためたまに知り合いにあっても気づかれないこともあるとか。

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