第34話 花は咲くまで気長に待つべし
文字数 6,476文字
いや、はっきりとしていないらしいが……
とにかくあたしはそいつから言われたのだ……
『付き合って欲しい』みたいな事を……
言っておくが、これはあたしの妄想物語とかでは全くない。全てがノンフィクション!現実で起こっている事だ。
イケメン・アイドルお断りのあたしが、現役のしかも超人気絶頂のアイドル様にそんな事を言われたら速攻断って殴り飛ばしていた所だろう。
今までの…いつものあたしならば……
けど、そう出来ずにこんな風にらしくも無く頭を悩ませている…そんな自分に驚いた。
そしてそれは…多分……
あたしもあいつの事をそれなりに意識してしまっていると言う事なのかもしれない……
あり得ないし、絶対に認めたくはないけど。でもこうして悩んで悩んで近所の頼もしいお兄さんに相談までして解決策を見出そうとしているのだ。
もう絶対に恋なんて…イケメンなんて好きにはならないと誓ったのに……
誰かを好きになるのは疲れる。恋とは心身とも浪費するとてもとてもパワーが必要とされる事の訳で…
あたしはそれに破れ傷つきもううんざりしていた。
なのにどうしてこんなにも悩んで……
また傷つくかもしれない、そしたら今度こそ立ち上がれないかもしれない…あんな思いは二度としたくは無い。
そう思って恐れていたからこそ、あたしはこの年で恋愛に全く興味を示すことなく過ごして来たのだ。
今も…そしてこれからもずっと……そのつもりだったんだ。恋なんてしないって、男なんぞに頼らず一人で生きてやるとまで決めていた。
だから異性…ましてイケメンのアイドルにトキメキもしなければ夢中になったりもしない。むしろ見る度に嫌悪し、気持ち悪くなる程の拒否反応を示していた。
それは今も変わってはいない…いないけど…
あいつは違ったんだ。いつの間にかやって来て、いつの間にか隣に居座って…そしていつの間にかあたしも馴染んでいってしまったんだ。
何度あたしに蹴られようとも、殴られようとも懲りもせず我が家に上がり込み当然の様にあたしの隣に座って…そして我が家の如く寛いで……
そして気づけば妙な事を言いやがり…いや…変な発言をしてあたしの心をかき乱し、そして忘れかけていた何かを蘇らせて行った。
それは認めたくは無いけど事実で……
今あいつ…伴と過ごす時間は決して苦痛でも退屈でも無く、楽しく心地の良い…と思っている自分がいる事も事実で確かなのだ。
だから…正直一緒に居て悪い気はしない。
しないけど……!!
付き合うのはまた別の次元の事で、あたしは自分の気持ちがふわふわしたまま流されるのは嫌だ。あいつもまだはっきりと分からない状態みたいだし。
だからあたしは……
ここは思い切って………
「…有沢さん、ちょっと……」
「な、何ですか蕾さん?」
再び『付き合って欲しい』と言われた朝…の夜……
伴は当然の如く我が家…宮園家へやって来て夕飯を食べ、我が家の如くリビングのソファーで寛いでいた。
いつもと違うのは…片手に台本らしき物と、もう片方の手に炭酸水のペットボトルを握っていた事くらいだ。オレンジジュースではなく。
「…えっと…蕾さん?」
「……」
「蕾ちゃ~ん??つーちゃん??おーい??」
隣で急に正座し見つめるあたしの様子を見て、伴もつられてか姿勢を正し向き直る……
何を言おうか…?いや、何を言うのか大体決まっているけど……
こうしていざ本人を前に対峙すると……
き、緊張するな…手に変な汗が出て来た…!!
戸惑い無言のまま正座で固まるあたしを見て、伴も戸惑い顔を覗き込みついでにあたしの目の前で手を振って見せる…
「…ここじゃ何なので…あたしの部屋に…」
「は?何で急にお前の部屋?」
「い、いいから!!さっさと付いて来な…」
「姐さん!?」
戸惑う伴を引っ張り上げ、そのままあたしの部屋へと引き摺る様に連行する……
こいつ、無駄に背だけは高い…忍と一緒で…。
なんか腹立つなぁ……ちょっと殴っても良いかな??
なんて思ったが、本当にそうしたらまた話が前に進まない気がする……
仕方ない…我慢我慢…!!
パタン…
部屋に入り、静かにドアを閉める……
当然、振り返ったあたしの目の前には伴がいる。
相変わらず戸惑っている……かと思いきや…
「おお!?こ、これ!!藤桜の冬服セーラーじゃん!!」
と、クリーニングから帰って来たばかりの冬服制服に飛びつきやがった。
こ、こいつ……どんだけ好きなんだよ!!藤桜!!
い、いや…こいつはこんな奴だ。可愛い女の子が大好きなお馬鹿でオーラーゼロな……
「…そんなに好きなら着てみれば?」
「ま、マジで!?俺超似合うぞ!?」
「自信満々だなおい…」
「あ!?で、でも…俺お前より背でかいから超ミニサイズになっちゃう…恥ずかしい!!」
「乙女か!!内股やめろ!気持ち悪いわ!!」
「それに肩幅とかも…お前意外と華奢だし…胸は無いし…」
「殴り飛ばされたいのか?」
「…い、いや!俺別に巨乳が良いとかそんなつもりで言ったんじゃねーし!!」
「いや、聞いてねーよ。」
「お、お前にはお前の良さがあってだな…!!ほら!綺麗な黒い髪とか!!俺黒髪ストレート女子好きだし!!」
「ふ~ん……」
「あ…でも…緋乃ちゃんみたいな薄い茶色でも…つか緋乃ちゃんみたいな子でも…可愛いし…」
「ほ~……」
「ああ!でも女王様(静乃の事)でも!!でもでも珠ちゃんみたいな小さくて元気な子でも…」
「……」
あたし…こいつに何を言おうとしてたんだっけ??
てか……なんて言われたんだっけ??
もう殴って蹴って窓から捨てて終わりにしようか??
あたしの心が一気に冷めていく…ついでに冷たい目で浮かれる伴を見つめてやった。
「…って言うのは冗談で!!」
「ふ~ん…冗談ねぇ…」
「怖いお兄さん付きはちょっと…」
「そっちか!?」
「ま、まぁ…見た目の話であって…俺、ちゃんと中身で人判断するし。今はお前が好きだし。」
「…かもって事でしょ?」
「…ま、まぁ…そうだけど……けど俺は本気でお前と付き合って良いなって思ってるんだからな?今朝言った事忘れんなよ?」
「わ、わかってるよ…!!だからあたしもその事について話そうと思って……」
「…え?マジで??」
な、何このきょとんとした顔は…??
なんか『予想外です』(かなり古い言葉)って語ってそうな目なんですけど……
こいつ、またあたしにはぐらかされたと思ってたのか??あんな雰囲気でここまで引っ張って来たのに??
「…よし、じゃあ話せ。」
「偉そうね…」
「お話しお聞かせ下さいませんかねぇ?蕾さん?」
「低姿勢過ぎるわね…」
「だぁ~!!いいから!!もうどうでもいいから!だから気が変わらないうちに話せよ!!」
「…忍耐力の無い男ね…はぁ…」
耐え切れず頭を抱え腰を下すと、伴は隣をポンポン叩いて座るよう促したのだった。
しかしまたなんで正座してるんだ??まぁいいけど。
お互い床に座り向かい合って正座…と言う何だか妙な図になっているがこの際どうでも良い。
紫乃さんは『待たせちゃえばいい』って言ってたけど…
この忍耐力の無さで本当に待っていてくれるのか…
これで駄目ならそこまでの男って事か……
紫乃さんの受け売りだけど……
「…あたしは正直…あんたと一緒に居て悪い気はしないし、嫌悪感も感じなくなった訳で……」
「それは知ってる…俺が知りたいのはその先。」
「わ、分かってるってば!今話そうとしてんでしょうが!!」
「…すみません…だから絞め落とそうとしないで下さい……」
「はっ!?あたしったらつい!?」
気づけばあたしは…無意識のうちに伴にスリーパーホールドを決めかけていた。
いかんいかん…この調子じゃまた先に進まなくなってしまう…!!
思い立ったら即行動!!A型らしい慎重さには欠けるけど、これがあたしなのだ。
「…あたしは…あんたの事が好きかどうかなんてわからないし、正直恋愛なんてしたくない。」
「…それから?」
「そ、それから…特に無いんだけど……もし、あんたに忍耐力とか備わってたら…」
「…俺気は長いぞ?」
嘘くさいなぁ…。さっき思い切り急かしてたくせに。
気を取り直し、あたしは俯きかけた目を再びなんとか伴へと向け真っすぐ見た。
伴も既にあたしを見つめている…同じ様に真っすぐ…
「…その…あたしはこんなだし…その…あんたの言った通り過去に嫌な事があって闇を抱えてる訳よ。」
「…それって…イケメン嫌いの原因の話?それとも歌えなくなった原因?」
「両方…。と、とにかく!あたしはあんたが思っている通り凄くネガティブだし、本当は人の目とか凄く気にするしデリケートだし…」
「う、うん……」
「曖昧!!」
「…ご、ごめん……なんか……」
「目は口ほどにモノを言うって知ってる?」
ああ…なんでこう、真面目な話をしようとするとすぐ話がどうでも良い事に反れて行くんだろう??
もうこの際どうでもいい。ツッコミを入れたらまたどんどん話が反れて行くこと間違い無しだ。
「と、とにかく!!あたしは…自分の気持ちがふわふわしたまんま結論を出すのは嫌なのよ。」
「俺だってまだはっきりとは…」
「それよ!!あたしはあんたのそのはっきりとしない気持ちも嫌いなのよ!!それで付き合おうとかそんなふわっとした感覚が嫌なの!!」
「……まぁ、確かに気持ちは分かる。悪かったよ…」
素直だな……
あたしに人差し指を突き付けられ、伴は暫し考え込むと以外にも素直に頷き謝った。
こいつ…悪い奴じゃないんだよな…本当に……
「…俺もはっきりとしない気持ちのままいるのは嫌だ。だからはっきりさせるためにも付き合いたいって言ったんだけど?」
「それは嫌。」
「…うん、わかった。」
「納得したの!?」
「…お前が嫌だって言うのに無理やり迫るのも…」
「じゃあなかったことにするって事?」
「それは出来ない。言っただろ?俺はお前が別の男と付き合うのは嫌だって…なんか台詞違うかもだけど…まぁ、そんな様な事言っただろ?」
「…言った様な…言わなかった様な……」
「言ったんだよ!!…まぁ、忘れたならそれでもいいけど…。何度だって言うから。」
「…何度だってって……」
「その言葉の通りだけど?まぁ…とにかくだ!俺はお前が別の奴と付き合うのは嫌なんだよ。それってさ…まぁ…つまり…他の奴に渡したくないって事な訳。分かる?」
「…はぁ……」
「マジで分かってるのかよ……。だから、それってつまり独占欲みたいなもんで…だから俺は蕾が好きなんじゃないかって思ったんだよ。正直、紫乃さんとお前が仲良く二人で話してる時とか…前にふざけてだけど抱きしめられてたりしてただろ?あれ、なんか嫌だったし。」
「何故そこで紫乃さんが…??紫乃さんは近所の頼もしいお兄さんであって紫乃さんは紫乃さんでしかないよ。」
「いやそうなんだけど!!なんて言うか…そこは複雑なんだよ。恋する男心って言うか…嫉妬だよ嫉妬!焼きもち!!」
「…あんた紫乃さんと張り合うつもり?」
「…あの人に勝てる自信はない。」
「だよねぇ…ははは…」
「はははじゃねーよ!!なんか腹立つ!!」
あたしの乾いた笑いがリビングに響き、伴がすかさずツッコミを入れた。
珍しく頭をど突かれたのがなんか納得いかない…
「…だ、だから…その…俺は独占欲とか嫉妬心とか湧くくらいは好きだって事だよ。お前の事が。」
「…それは思い違いじゃ……」
「俺だって初めはそう思ったよ。お前って俺の好みじゃねーし…A型なのにがさつだし、凶暴だし…男前だし…なんか根暗っぽいし……」
「うっさい!!」
「…けどさ、一緒に居てこんなに楽しくてありのままって言うか…飾らず楽にいられるのはお前しかいないんだってそう思う。そりゃ、出会いは最悪だったし…印象も最悪だったけど…」
「お互い様だよ…」
「…だな。でもあれがなかったら俺はお前に会ってなかった。だからさ…あれは運命的な出会いだったんじゃないかって…」
「確かに衝撃的ではあったけど……」
「それは俺も一緒だ!!」
「あはは、確かに!!」
そうだ…忘れかけていたけど、始まりはあの時だったんだ。
なんやかんやで見合いをさせられ、実はそうじゃなくて…。
AZUREの有沢伴の名前を聞いてさすがにあたしもちょっと驚いたっけ。第一印象は本当に最悪だったし。
今思い出すとずっと昔の様に思えて懐かしい。そして何処か笑えて来る。
「…確かに、運命的だったのかもしれない……」
あんな出会い方する人なんてそうそういない。
人気アイドルと崖っぷちの受験生の女子高生が出会うなんてこと…それすら奇跡に近いのだから。
「俺はお前と出会った事感謝してるんだぜ?そう思う様になったのは最近だけど…」
「あっそ…。」
「そこは『あたしも』とか言えよ!!」
「絶対嫌。」
「うんそれがお前だ……」
このままじゃ駄目なのかな?
こうして隣に並んでどうでも良いくだらない会話をして笑って、言い合って……
この先に進んだとしたら…
あたし達は何か変わって行ってしまうんだろうか?
この関係が何か……
「…で?お前結局どうしたいの?」
「へ?」
急に伴が真面目な顔をしてあたしを見つめて来たので、一瞬何を言っているのか分からなかった。
そうだ…あたしはこいつに話さなければいけないことがあったんだった。
「…俺の気持ちはお前よりはっきりしてると思うけど?」
「…あたしは…まだ正直前には進めない…」
「そっか…ま、それも仕方ないか……」
「…でも…あんたの気が長いって言うなら…待っていてくれても良い…けど……」
「…は?それってお前の気持ちがはっきりするまで待ってろって事か?」
「い、嫌ならいい……」
当然伴は訝し気な顔をしてあたしを見て来た…
ああ、やっぱり無理か……
気が長いって自分で言う奴に限って短いんだよね。
「…わかった。じゃあ待っててやるよ。」
「へ?」
「…俺は気が長いって言っただろ?だからお前の気持ちが…蕾が出来るまで待つよ。」
「…蕾って…あたしはまだ……」
「大丈夫だって!後は俺が水やって光を当ててやればいいんだろ?そう言うの得意だし?俺アイドルだから。」
「…枯れたら笑うから。」
「…俺は中途半端な事はしない。だから最後まで責任持って育てる。」
「最後って…あんたね……」
それって…花が咲くまでじゃなくて……
枯れるまで面倒見るってこと??
何か色々な意味が詰まっていそうで怖いんだけど…
「…俺がお前の花を咲かせてみせる。だから、お前はゆっくり考えろ。」
「…いつになるのか分からないけど……」
「しまった!?俺じいさんになってるかも!!」
「そこまで待つの!?」
あたしの花はまだ咲かない……
けど…こいつがこんなに自信満々に咲かすと言うなら…
それに期待して任せるのも悪くは無いのかもしれない。
その時、ほんの一瞬だけそう思っていた。
こいつの……
伴の笑顔があまりにも眩しく輝いていたから……